Q.
もしもマッチ売りの少女の中身が現代日本人であったら?
金城マコトはエリートである。小学生の頃から神童と呼ばれ、難関私立中学に悠々と合格、高校ではトップの座を維持し続け、天下の東京大学にも文科一類に一発合格。
合格発表には行かなかった。なぜなら、受かっていることは確実であったからである。
彼は東大の文学部へと進む。現在大学4年生の彼は卒業論文を書いていた。
「さて、あらかたテーマと参考文献も決まってきたしそろそろ書き始めるか」
マコトは一人暮らしの下宿先でマックを開きワードを立ち上げる。
「とりあえずタイトルは......」
ブラインドタッチでキーボードを叩き、彼はページの一番上にタイトルを書き込んでいく。
『マッチ売りの少女に見る悲劇と幸福の連関』
どうやらこれが彼の卒論の題材らしい。彼は慣れた手つきでその後もリズム良くタイピングしていく。その手が止まることはほとんどなく、マコトが優秀な人間であることがうかがわれた。
そのまましばらく論文を書いていたマコトであったが、ふと何かに気がついたように手を止める。
「ん、なんだ?」
変化は突然現れる。彼のパソコンから白い煙がもうもうと湧き出てきた。
「は?今時のマックがそんな壊れ方するのか?俺は何もしてないぞ!」
愛用のパソコンから謎の煙が出てきたことに動揺を隠せない彼は立ち上がり、上着で勢い良くパソコンを扇ぐ。だが、まるで効果はなく煙は部屋じゅうに広がるばかり。
「おいおい、データが吹っ飛んだらメンドくさいってレベルじゃないぞ!」
マコトのパソコンには彼の今までの研究データがごっそりと入っているのである。もちろんバックアップはあるのだが、それでもこれが壊れるのは彼にとって大きな損失だった。
どうしたら良いかわからなくなった彼は、消火器でもとってこようかと部屋を飛び出そうとする。
その時、部屋に野太い声が響いた。
「初めまして、金城マコトくん。私は神だよ」
「え?」
振り向くと、煙の中から筋骨隆々の男の上半身(裸)が覗いていた。ちなみに肌の色は緑、いずれにせよ常識離れした光景だった。
「マコトくん、君は『悲劇と幸福』について考えているようだね」
まるで道端で出会った友達に話かけるような調子で軽く問いかけてくる自称神。いくらエリートといえども突然現れた変人への対処の仕方など知る余地もない。半分パニックになっていた彼はつい、いつもの調子で普通に答えてしまう。
「ああ、そうだ。誰もが一度は耳にしたことがあるアンデルセンの『マッチ売りの少女』を題材にしようと思っている」
「ふむふむ、なかなか面白そうじゃないか」
「そうか、その言葉はありがたく受け取っておこう」
「でもさ、マコトくん。君は悲劇や幸福について本気で考えたことはあるのかい?」
自称神の言葉に、マコトは一瞬目を伏せ考え込む。
「さあ、どうだろうな。少なくとも卒論にしようと思っているのだからそこら辺の大学生よりかは深く考察していると思うのだが」
「はぁ〜、全く。がっかりだな」
自称神は大きくため息をつくと、その太い腕を肩の高さまで持ち上げ『呆れた』というポーズをする。そのあからさまに馬鹿にした態度に、マコトはムッとする。彼は今まで賞賛か妬みの視線しか受けたことがなかったのだ。
「それじゃあ足りないんだよねぇ〜、本気で悲劇につからなきゃ。本当の幸福について考えることもできないよ。君の考えは机上の空論で水中の綿あめだ。すぐに溶けてなくなるほど脆い」
「なんだお前。急に現れては言いたいだけ言いやがって。俺に何の用だ」
「だからね。一度は本物の悲劇を体験しなければ、その論文は書けないんじゃないか?って言いたいんだよ。君みたいなエリートが上から目線で不幸や悲劇について語るのが僕は一番嫌いなんだ。何も知らないくせに」
「ソクラテスではないが、俺は自分が無知であることは知っているさ。もちろん自分の主観だけで論文を書くわけがない。きちんと考察を重ねた上で客観的にだな」
自分の正当性を主張するマコトの言葉を、緑色の男は遮る。
「ああ、はい。はい。そういう言葉は聞き飽きてるから。そういう輩に限って心の中、無意識下では何も考えていないんだ。そもそもさ、客観的に考えるって言うけどそれって他人事としてしか見てないってことじゃないの。どうせ本当は自分には関係ないしなんて思ってるんだろう?だからお前、悲劇体験してこいよ」
「は?」
マコトは傍若無人な自称神の言葉に苛立ちを覚える。言いがかりにもほどがあるだろう。だいたい何を言ってるんだ、と聞き返そうとしたマコトの言葉は空気を震わすことはなく。
彼の意識はーー暗闇の中へ。




