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第21話「頂に在る者」

◆ユウゼイ◆


 午前最後の学科を終えたユウゼイたち四人は、恒例となった食堂での昼食をとっていた。


 学院はその性質から、半症を警戒して十分な空間が確保されているのが常である。そんな学院にしては、食堂は人の密度が高い。

 理由はくだらない院生間のとり決めだ。棟内に用意された院生食堂の大部分が、度数により立ち入りに制限がかけられているのである。


 制度で決められているものではないので、絶対というわけでもない。

 お客様であるユウゼイが、八束でできた友人を昼食に招待する。そんな体であれば、嫌な顔はされるだろうが拒否はされない。


 だがそこまでする理由がユウゼイにはなかった。確かに重篤患者(レッド)用の食堂を使えば、蝕害に巻き込まれる可能性は高くなる。しかし、逆を言えばそれだけだ。

 調律という手もある。目立つ行動をとって、これ以上厄介な連中に眼をつけられるのに比べれば、遥かにマシに思えた。


「草野って特区の中で一番の無法地帯だって言われていますけど、早苗(ともね)ちゃんの話を聞くかぎりではそうも思えないんですよね。本当のところはどうなんですか?」


 食事も折り返しにさしかかったころ、和葉がそんなことを尋ねてきた。

 先ほどの吾破学の授業で取り上げられた『各学院の研究実績』の話題が後を引いていたのだろう。教官が草野との比較で、八束の先進性を説いていたのには苦笑しかでない。


「世間が評価するとおりの場所ですよ。でも和葉さんが抱いた印象も、間違いってわけじゃないです」

「特区憲法が誰のためにあるのかってことさ」


 その瞳に理解が灯る。

 和葉は上級市民の出自のためか、植えつけられた常識と罹患者として身についた常識の間に、微妙なズレが見える。

 よくそのことで宮子には馬鹿にされているのだが、飲み込みは早かった。素直な性分も影響しているのだろう。もっとも。それ以上にエリートとしての教育が、その下地を作っていると考えた方が正しいように思われた。


「だが、ほとんどの人間の意識にある草野の無法地帯ってのは、永山のいた一年前までの話だ。罹患者共同体の草野自警団(サシナ)はいまだ健在だが、力の象徴を失ったことで影響力はいやおうなしに落ちた。さらに悪いことに、その取引相手である防疫局には、徐々に企業の手がのびてきている」


 隣に座る早苗が、テーブルの下で手を握ってきた。

 おかれた自分たちの状況に不安を感じているのだろう。


「そうですか、なんだか大変そうです。だけど私、草野に行ってみたいって思います」

「ふふ、わたしがいつか連れて行ってあげるわ。でも和葉ってばレッドだから、そのときまでに蝕害になっていないか心配ね。そうしたら、和葉の心(真衣)でも連れて行ってあげればいいのかしら。その方が簡単そうね」

「大丈夫です。私には夢がありますから。それを果たすまで蝕害なんかには呑まれません」


 現実を突きつける宮子に動じる気配すら見せず、和葉は(未来)を語る。

 ユウゼイですら願望として抱くに過ぎない執着を、さも当然のことのように。


「まえまえから気になっていたんですけど、ふたりは永山さんとお知り合いなんですか?」

「ああ。三年と半年ほどつきあいがあった」

「聞かせて欲しいです!」


 眼を輝かせて、という表現を使うのは久しぶりな気がする。

 だがどれだけ求められようと、気は乗らない。


「楽しい話じゃないぞ」

ユウゼイ(あきら)くんもですか。アザミもそうなんですよ。知り合いは多いはずなのに、その人たちのことなんにも話してくれないんです」

「それはもう仕方ないと思いますよ。だって宮子さん口悪過ぎですから。さっきだって和葉さんに――」

「私は平気ですよ。だからアザミをあまり悪く言わないであげてください。こう見えてすごく優しい子なんです」

「あんたはいい子ちゃん過ぎるな」


 思わず口をはさんでしまった。和葉の宮子への信頼は見ていて痛むのだ。


「私はいい子なんかじゃないですよ」

早苗(ともね)、こういうふうになったら駄目だぞ」

「安心してください先輩。私は根っからの悪い子ちゃんですから!」

「え、え? なんでそういう流れになるんでしょうか!」

「……どうしてそんな話を聞きたいんだ」

「小さな炎神(ダイダラボッチ)とか独眼鬼(サイコロプス)とか化け物みたいに言われていますけど、本当はどんな人だったのかなって」


 和葉の視線がちらりと宮子へ流れる。意識してのものかそうでないのか。

 等級AA(ダブル)等級AAA(トリプル)も人なんだと。和葉は等級なんてものなしに宮子を見ている。化け物と揶揄されようと、自分たちと同じなのだと。

 和葉は永山の話を聞いて、安心したいのかもしれない。


 ユウゼイはため息交じりに、用意(キープ)してある適当な仮想空間(SRS)へと半没入(ハーフダイブ)個人所有空間(私室)安全(セキュリティ)に異常がないことを確認して三人を呼び出す。


『あら、わたしも呼んでくれるの。うれしいわね』


 宮子が個別通信を送ってくるがそんなものは当然無視する。


『ガキだったよ。少なくとも見た目はな。童顔で背もちっさくて。女の格好でもさせりゃそれなりに眼をひいたかもしれない……でも正真正銘の化け物だった』


 御堂永山。日本が抱える三人の等級AAAのひとり。

 真衣崩壊の引き金となる熱量すらも自在に操る規格外(イレギュラー)


『だからダイダラボッチなんですね』

『この手の命名好きはどこにでもいるらしいな』


 草野に姿を現したのは、テロから四ヶ月が過ぎたあたり。企業が再開発に動き始めた時局だった。

 永山に関して言えば、化け物呼ばわりも妥当だろう。

 等級Aを複数擁する企業の調査部隊を単身で壊滅させ、そのまま前哨基地を襲撃するという暴挙。それが永山の起こした最初の事件だった。なにが永山をそうした行動に駆り立てたのかは分からない。後には螺子一本、骨一欠片すら残らなかったと言われているから、いまさら確かめようもない。


 事態はこの正体不明の罹患者討伐のため、等級AAすら投入されるところまで発展した。たが、結果は惨々たるものであった。人でもなく罹患者でもなく、兵器としてあつかわれる等級AAが、ゴミのように打ち捨てられた。

 しまいには国軍の派遣までもが計画されたが、特区そのものを破壊するに等しいこの計画は、各方面の反発と、採算がとれないとの理由から凍結された。


 ユウゼイが永山と出会ったのはこのころだ。


 テロ直後の混乱期、生存者をとりまとめたサシナは、国軍に匹敵する大企業の主力兵団の介入を抑えるべく、御堂永山との最終交渉に踏みきった。

 度重なる対話の要請を、使者の殺害というかたちで返答し続けてきた御堂永山に、サシナのもつ最大戦力であるユウゼイをぶつけたのだ。


『完敗だった。勝負にすらならなかった。俺の方は骨折二十八箇所、右腕右脚喪失、臓器多数破裂、右目は潰れ耳も千切れかけていたのに、永山は左目を失っただけだ。しかもあいつ人の姿のまま装衣の俺とやりあいやがった』

『そんなことが可能なんですか?』

『本当に真衣を使っていないのであれば無理だろうな』


 そう。なにも真衣を展開させていなかったわけではないのだ。

 誇示するような力を必要としなかっただけ。その程度の相手と評価されただけなのだ。そしてそれはそうはずれてもいなかった。


『どういうこと、ですか?』

真衣展開傾向(制衣)のひとつに換衣というものがある』

『……カンイ?』

『意図的に自身の肉体を真衣化することだ』

『身体を……でもそんなことをしたら、半症が進行して……』


 一度半症化した身体はたやすくもとには戻らない。それは意図的におこなった場合であっても同様だ。そして制御の外側にある半症は蝕害化を招く。


『普通はそうなる。だがあいつは違ったんだ。肉体を自由に真衣化させ、後遺症もなくもとの身体に戻すことができた』


 個人で持ちうる力としては(いただき)に近い。


『でもそれなら、ユウゼイ(あきら)さんはどうして助かったんですか?』

『冗談みたいな話だが、そんな化け物ゆえなのか、初めて負わされた手傷にいたくご執心になられてな。晴れて交渉は成立。草野の平穏は保たれたってわけだ』

『力量を認められた、ということでしょうか?』

『むしろ新しい玩具を見つけた、みたいなあつかわれ方だったよ』


 企業はこの等級AAAという爆弾を抱え込むことを嫌った。

 等級AAAに対抗可能な企業の多くが、すでにほかの特区においてそれなりの支配を確立しつつあった時期だ。草野で生じた問題が飛び火するのは、望むところではなかったのだろう。


 それから一年と半年の間、ユウゼイは永山とふたりで防疫局との小競り合いをくり返した。

 交渉事はもっぱらサシナの首領であり、ふたりの兄貴分でもあった設楽宗司(したらそうじ)がつとめた。今のユウゼイと理灯との関係に近い。利害の意識は今ほどではなかったが。


『いつも気まぐれで、思うようにならないと面倒くさくなってすぐ放りだすんです。あとさき考えずに、最後は実力行使(暴力)にものをいわせて。先輩たちをいつも困らせてもいました』

『そんな奴だったが、一年も過ぎれば宗司や俺の言葉には多少耳を貸すようになってな』

『草野のテロって五年前ですよね。年はユウゼイ(あきら)さんと同じだって言ってましたし、子供っぽくても仕方ないんじゃないかなって思うんですけど』

『私としては、あんな破滅的な快楽主義者を子供云々ですませないで欲しいところです。先輩が何回戯れに巻き込まれて再生槽送りにされたことか!』

『で、こいつがやがて学院に入るようになるんだ』

『流さないでくださいよーっ』


 やがて防疫局の持ち込んだ草野の再開発に買い手がつき、停滞していた事業が加速を始めた。サシナとの小競り合いの最中にも、防疫局は地盤固めを怠ってはいなかったのだ。

 学院と付随する研究施設は、そこに収まるべき罹患者を大きく欠きながらも、運営を開始。ほかの特区から弾かれた中小企業を研究のため誘致し、防疫局はそれらを自身の管理下におさめていった。

 水面下ではサシナの切り崩しがおこなわれ、衝突は激化の一途をたどる。


 だが等級AAをもたない弱小の草野防疫局に、ユウゼイと永山を止めるだけの戦力はなかった。

 防疫局の面子は潰れ、このままでは特区の根幹すら覆されかねない。

 一方的なサシナの優勢に、国軍の介入が危惧されるような状況だった。しかしサシナもまた優勢であり続けなければ切り崩される、存亡の危機にあったのだ。


 本物の暴力のまえに、罹患者は無力でしかない。非対称戦闘であれば優勢を保てる等級AAAも、正規の戦争行動のまえには己が身を守ることすら危うい。


 企業のやり口に比べれば、防疫局のやり口の方がはるかにマシに思えた。

 それに永山の力で秩序を築くにも、外部の影響力の小さい防疫局の方がなにかと都合がよかった。

 多くの思惑を抱え、サシナは防疫局との停戦に合意する。そしてユウゼイと永山の身柄は防疫局へと引き渡されることとなった。


 結論から言ってしまえばサシナの思惑どおりになった。

 防疫局は永山を飼い慣らせなかったのだ。

 申しわけ程度の首輪をつけ、域外の企業への牽制をはかるばかり。草野防疫局はサシナの対外的な窓口へと堕したのである。


 草野防疫局(九課)をもって国内における絶対的な力の象徴となった永山は、相も変わらず傍若無人な唯我独尊ぶりを発揮していた。場所なんて、ホンモノにとっては関係なかったのだ。

 そんな永山が変わり始めたのはそう、二年前――。


『っと、もうこんな時間か。次は技能教練だったろ、片付けて移動だ』


 ユウゼイは強引に話を打ち切った。

 返事を待たずSRSから離脱(ダイブアウト)


「も、もう少し大丈夫じゃないですか? ここで止められてしまうのはちょっと生殺し過ぎると言いますか。なんだかここからが本題のような気がするんですが」

「また機会があればそのときにな」


 そんな機会が訪れないであろうことを、ユウゼイ自身が誰よりも理解している。

 宮子のなにかを企んでいるかのような笑みが、望むでもなく視界に入った。



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