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第20話「ありふれた恐怖」

◆早苗◆


 技能教練の時間は早苗の心をいつも恐怖が満たす。

 それは安定域に達し、六〇・七を数える今でも変わることはない。

 七五・〇を刻み、等級Cにもなればこの恐怖は薄れるのだろうか。そんな日が訪れるなど、今の早苗には考えもつかない。


 初めて半症が発現し人の形を失いかけた蝕災テロ(あの日)から、死は常に傍らにあった。


 教練儀の表面の窪みに両手を前に突き出すかたちで胸から上を押し込み、錬技衣の各所にある接続端子をはめ込む。教練儀内部空間には、覗き窓のほかは錬技衣の肘から先のみが露出することになる。

 接続が完了すると肘でしぼられ、教練儀と錬技衣との隙間に液体が満たされてゆく。この液体は常に計測され、真衣化が見られた場合は即座に不活剤の注入警告がでる仕組みになっていた。


 手袋の指先には真衣伝導率の非常に高い、サーフェナイリス性銀同位体ロ六ミスリルが抗侵蝕素材の錬技衣を貫く形で備えつけられている。このミスリルの部位で素材(サンプル)に触れ、真衣化と非真衣化をくり返すのだ。


 準備完了の表示が灯る。


 早苗は止め処なくあふれる恐怖を深呼吸によって必死で押さえ込む。供給されてくる酸素が、どうも死神の吐息めいて感じられる。兄に通信を送りたくなる気持ちをぐっとこらえ、指先に意識を流し込む。

 眩暈にも似た気持ち悪さ。

 計器に反応。物質の状態が変化し始めた合図(サイン)

 自分が溶けだしていく。自分ではないものに、人ではないものに変わっていく錯覚。だがそれがすべて錯覚というわけでもないことを、早苗は知っていた。


 怖い。

 計器に異常は見られない。

 怖い怖い。

 順調。問題はない。

 怖い怖い怖い。

 真衣化完了。いつも通りの真っ白な真衣。

 抗侵蝕素材の手袋も、かすかにではあるが白味を帯びている。制御し切れていない真衣がゆっくりと手袋の表面を真衣化し始めているのだ。


「二番、数値に異常検出。パターンD」


 遠く響く声に身体がびくりと震える。思わず確認した計器はすべて正常の範囲内。なにより早苗のブースは六番だった。

 立て続けの銃声に身体は強張る。自身の息遣いがやけに大きく機器の隙間を満たす。

 自分ではないことを頭では理解している。けれど染みついた恐怖が心をつかんで放さないのだ。錬技衣の内側は汗でじっとりとぬれていた。


 兄と結んでいるときはこんなに怖くないのに。

 ぎゅっと眼をつむる。

 調律などしてもらわずとも、結んでもらっているだけでもっと上手くできたのに。

 長い、とても長い時間に感じた。

 その間、早苗は草野でのいつもを必死で思い返し続けていた。



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