《お願い 前編》
《#42 お願い》
「ダメだ」
連雀の語ったお願いによってその場にいた殆どの人物が呆ける中、副会長は鋭い眼差しをもって誰よりも早く反対意見で切り返した。
「いきなり何を言うかと思えば・・・そんな願いは到底叶えられない。
そうだろう、悠斗?」
「・・・・う、うぅむ・・・」
同じ特機のメンバーだというのに彼女の声音の節々には怒りが感じ取れる。
血の繋がりはなくとも妹として連雀を溺愛し、なんでも叶えてやるとまで言い切った櫻井でさえも唸ったままだ。流石に副会長ほどズバッと否定してまではいないが決して肯定もできない・・・といった感じだろうか。
早くも彼女のお願いは難色を示し始めているものの、当然といってしまえば当然だろう。
何がって、デートだぞ?
別にデートすんなと言いたい訳じゃない。ただ俺たちは神器を持つ者、また神器に関わる者として様々な勢力から狙われている存在だ。迂闊に人の多い場所に出向いてはいざという時に被害規模が大きくなってしまうし、何よりデートなんて浮ついた理由では却下されても仕方ない。
昨日街ではしゃいでいた俺が言っても説得力皆無だけどな。
「いえっ、大丈夫・・・です。無理だということは自分でも分かっていますから・・・」
やはり無理だろう。それを理解している本人は副会長の視線に気圧されたように小さくなってうつむく。
「連雀・・・」
「!!
し、心配しないで下さいマスター!ただ言ってみただけで、本当に大丈夫ですから・・・!」
いくら無謀な願いでも味方一人いないのではあまりに可哀想だと思った俺は彼女の肩をポンと叩いて元気付けるが、逆効果だったようだ。
俺を心配させまいと明らかに無理をしている笑顔を浮かべて見せる。むしろ痛々しいくらいだ、流石に見ていられない。
「・・・・・
なぁ櫻井、俺からも頼む。午前か午後、どっちかでもいいから何とかならないか?」
100%叶えることはできずとも気分くらいは満足させてやりたい。
「・・・・・・・」
「弘行、気持ちは分かるけど・・・いくらなんでもそいつは無茶だぜ」
常に味方につくことが多い響真ですらこの提案には乗れないらしく、遠慮がちに俺を収めようとしてくる。同時に周囲を見渡せば皆も複雑な表情で場の空気を伺っていた。
「ふぅ・・・藍川?マスターとして自分の主の要望を叶えてやりたいという考えは私にも理解できます。
またその姿勢も良いものだと思います」
言いたいことは分かるが賛成しかねる・・・そんな空気の中、唐突に口を開いたのは櫛名田だった。
最も共感している言葉とは裏腹に口調は厳しく、呆れている風に取れる。
「ですが、今はそうして悠長に構えていられる場合ではない。あなたも分かっているでしょう?
もし仮に物的被害が少なかったとしても、青波以外で神器を他人に見られてしまっては会長の言っていた“ノートの力”も含めて情報戦で被害が大きくなってしまう」
「っ・・・それはそうだけど」
言い返せる余地などない。
そんなことは言われるまでもない。この願いはメリットなど皆無に等しく、リスクとデメリットだけがただひたすらに大きいものだ。天秤で測ったら一目瞭然だろう。
だけど俺まで連雀を否定するのは酷だ。間違っていても俺は彼女を理解してやりたい。
「それでも俺は・・・」
「午前、午後に限らず、全ての神器が相応に消耗しているこんな状況では帰宅して散り散りになることさえ危険なくらいです」
やはり正しく状況を理解している櫛名田は認めるつもりはないらしい。
どう見積もっても却下は必須だろうが俺としてはそこから連雀が満足するいくつかを引き出せるのならそれで十分であり、否定されていく部分と同情できる部分の合間を縫ったギリギリの妥協案を模索するしかない。
たとえば俺が出した通り、午前だけとか。
最初は大雑把でいい。その案を否定されることによって見えてくるものこそが突破口になるのだ。
今櫛名田の口から出された散り散りになるのが危険だという答えもそう。逆を言えば全員で行けば問題ないという見方だってできる。・・・・と言っても、屁理屈でしかないけど。
「・・・・・」
恐らく櫻井も同じことを考えているのだろう。さっきから部屋の一点をジッと見ながら神妙な顔つきで必死に頭を巡らせている。
「だからあなたもまずは置かれた状況を把握し――」
「よし、分かった」
と、それまでずっと黙っていた櫻井がこちらを諭す櫛名田の言葉に入り込んできた。
なるほど、どうやら俺よりも早く案を見つけたようだ。
「・・・一体何がわかったのですか?」
自分の発言を遮られた櫛名田は少々不服そうに視線を櫻井へと向けるが櫻井自身はそれを分かっているのかいないのか、至って涼しい顔をしている。
「決まっているだろう?連雀の願いについて、しかない。
ま、確かに無謀っちゃ無謀だし・・・逆にチャンスと言えなくもないよな」
「お前何が言いたい?」
櫻井を否定派だと思っている副会長も彼が何を言いたいのかわかっていない。
しかし男として良くも悪くも櫻井を知っている俺にはこいつが何を言いたいのかなんとなく分かる・・・・いや、篠崎も察したみたいだ。肩をすくめて呆れているものの口角が緩んでいる。
「そのまんまの意味、願いを叶えてやるってことだ」
「悠斗!?」
「会長っ!」
「に、兄さんそれって――」
「ただし!
1つだけ、この条件だけは守ってもらうぞ?」
副会長と櫛名田達が呆気にとられているが櫻井は言葉を止める気配を見せず、それどころかどんどん話を進めていく。
これはチャンスか?
間接的にせよ神器に関する話題なら契約者の能力的にも知識的にも、特機における立場でもトップの櫻井が話の中心になりやすく、場の空気の主導権は一気に彼の手元に握られたのが一瞬で理解できた。
「何があっても“絶対に交戦するな”」
「なっ、ちょっと待て悠斗!勝手に話を進めるな!」
副会長の静止を振り切って条件が提示される。
「本当にそれだけでいいのか?」
「だよね・・・」
また彼が連雀の味方につくだろうと予測していた篠崎と鮎菜さえも不安そうに顔を合わせている。
かくいう俺もその一人だ。
なにせ櫛名田や副会長が納得できるだけの内容でなければならないのだからてっきり・・・っていうか絶対に厳しい制約を言ってくると思っていた。
ところがいざ蓋をあけてみれば出てきたのは「交戦するな」ただ一つ。驚かない方がおかしい。
「大丈夫だ、要は交戦しなければ万事解決するんだからな。その芽を藍川達に向けないようにすればいい」
だというのにまるで不安の素振りすら見せない櫻井。
確かに情報戦、物的損失は交戦してこそ発生するものである以上、戦闘が起きても交戦しなければ最悪の事態は回避できる。しかしそんな簡単にいくものか?
「・・・・・一応先に言ってきます。私達がバックアップにつくことを条件に言っているかもしれませんが、それも十分とは言えませんよ?」
「ふっ、いいやその必要はない。
そもそも招待客にバックアップを頼むなんて失礼だろう?」
・・・・・・・ん?
何か会話がおかしい。
「会長さん・・・あの、今の言い方だと千世さんも含んでいるように聞こえるんですけど・・・」
「もちろんだ。むしろ丁度いい機会だし全員デートしてもらおうか」
「な・・・・!?」
絶句する俺と響真と篠崎。要は男性陣。
「いやいや!そんなことしたら誰が藍川を――ってか俺たちをフォローすんだよ!?」
「ふふ、心配するな、そんなものは素人のお前達じゃなく神岸の方に任せるさ」
最初に口を開いた篠崎は不安を語る口調とは裏腹に心なしか口元がさっきよりも緩んでおり、櫻井はそれを見透かしていたずらに笑ってみせる。
「フォローがあれば万全ということではありません!神器を賭けているというのに・・・デ、デートなどというものに時間を割いてる余裕は・・・!
でしょう!?マスター!」
「いや、俺としては・・・一緒に行ってみたいんだが・・」
「な――!?」
盛大にキレて盛大に自爆した櫛名田は顔を赤くして小さくなっていく。というかこの場合は篠崎が犯人というべきだろうか。
「悠斗!彼女候補がいない俺はどうしたらいいんだ!?」
「知るか」
篠崎とはまた別の不安を口にする響真だが、先人とは異なり全く相手にされない。哀れな。
気付けばいつの間にか部屋の空気は多少なりとも和んでいて、鮎菜やほかの面々も若干そわそわしている。
そりゃまぁいくら人外の力を持ってるっても俺たちが高校生の身分であるのは変わりない。そんな年頃なのだからデートというものに興味を覚えたって不思議はないだろう。
「待て、危険すぎる!そんな不埒な理由で父さんが許してくれると思っているのか!?」
「分かっている。だが今までみたく青波に引きこもっていたら安全は確保できても、使徒側の攻撃ボーダーラインがわからん。現にここは襲ってくるのに帰宅途中には襲ってきてこない。
それを見きわめる意味でも、多少は意味がある」
真剣な表情は相変わらずだが明らかに場の流れに逆らえていない副会長の足掻きに対して櫻井はペラペラと理由を並べながら部屋の隅にある大型デスクに向かい、その引き出しをゴソゴソと漁りだした。
「案外、こっちの無防備さに警戒して襲ってこない可能性だってあるかもしれんしな」
なにやら行くことが完全に決定している。
隣に視線を移せばこの状況の原因ともいえる連雀すら話の展開に追いつけずにいるようで、キョロキョロしながら「え?えっ?」と困惑しっぱなしだ。
と、恥辱にまみれた櫛名田が顔を赤くしながら机を叩いて身を乗り出し、尚もデスクを漁っている櫻井の背中に食ってかかった。
「そそそ、それは空論です!
神器を見つけた使徒がハイそうですか、と逃がしてくれる訳がないでしょう!?」
「それはもちろ――」
「大体私達がここを離れたら一体誰が青波を防衛するというのですか!」
「いや、だから・・・」
「もし使徒が神器よりも生徒会棟を狙いにしてきたら終わりですよ!
どうなのですか櫻井悠斗!?」
まるで酔って絡んできたと言わんばかりに早口で言葉を並べていくが既に頭がパンク寸前なのだろう。使徒が俺たちを狙うことを前提にしてるのに次の段階では青波が標的になっている。
むしろどうしてそこまでして行きたくないのか、と聞きたいくらいだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
その叫びぶりに全員が呆気にとられているのも気に止めず、力を出し切った彼女は肩を上下に揺らしながら櫻井の返事を待つ。
「俺は用事もあるから明日は青波に待機しているつもりだが」
「―――え?」
「お前達については青波からある程度の護衛をだす。ここについては俺が防衛につく。なんか問題あるか?」
櫛名田の健闘もむなしく、アッサリと理論を崩してしまった。
「う・・・」
流石にここまで言われては大きく言い返せないようで、何か言いかけたもののそれを飲み込んで静かに椅子に座る。ここに勝敗は決した。
とはいえこんな微妙な空気の中でいきなり大声で喜ぶのもどうかと思い、再び部屋は微妙な雰囲気をまとう。
「鈴はどうする~?」
するとそんな環境であるというのに最初に口を開いた雪音さんは軽快な口調で隣の鈴へ話を振るった。
「あ~・・・孝宏が行けるなら行くかも」
たかひろ?誰だそれ?
「じゃ鈴は保留っと・・・ってそれこそ孝宏はどうした?」
「下の手伝い終わったらこっちに来るってメールが―」
鈴の言う孝宏という人物について話が続けられていくとそれと同時に部屋のドアをノックする音が響き、反射的に全員の視線がそこに集まった。
「悠斗、掃除が終わったから来たんだけど、今入っていいかい?」
櫻井の名前を呼んでいる手前、知り合いなのだろうが少なくとも俺には聞き覚えのない声だ。さっきのような研究員なのだろうか?
「えぇ、大丈夫です、どうぞ」
「うん、じゃあ入るよ?」
研究員の時とは異なり形式上ではない、また悪意も何らこもっていない優しい口調で返す櫻井を不審に思いつつ開けられたドアに注目すると、そこに現れた人物に俺は目を開いた。
#42 前編 完
《#42 お願い 後編》




