ツクヨミ
広場にヒメノミコトと月子こと……ツクヨミが対峙していた。
ツクヨミの手には、赤に染まった短剣があった。剛実を刺した短剣だ。
ヒメノミコトは普段の無表情で、ツクヨミに向かう。
「ツクヨミ……、お主は……なぜヤマタ国を襲うのじゃ。……なぜイザナギの命令に従うのじゃ」
「…………」ツクヨミは答えない。
「お主はわらわを殺すのか」
「…………殺す。お前を殺すことが、父上の信念なのだからな!」
「そうか……」
そう言うとヒメノミコトは一歩前に出て、
「それならば殺せ。わらわを殺してすべてを終わらせろ」
ヒメノミコトは目をつむり、両腕と両足を横に広げ大の字を描いた。ヒメノミコトはすべてを覚悟し、身を挺した。
「わらわはヤマタ国の女王じゃ。ヤマタ国を守る義務がある。じゃから……わらわが死ぬ代わりに、ヤマタ国は襲わんでくれ……。これがわらわの末期の言葉じゃ」
ツクヨミは突然のヒメノミコトの行動に驚きつつも、その動作の後とっさにヒメノミコトの元へ駆けより、そして首元へと剣を添える。そして……それを手前に引こうとするが……
「――――くっ……」ツクヨミはそれをしなかった。
ヒメノミコトはなおも無表情のまま、目をつむっていた。
「お前は……死ぬのが怖くないのか……」ツクヨミはきく。
「誰だって死ぬのは怖い。じゃが……わらわには守るものがあるからのぉ」ヒメノミコトは緩やかに言った。
「それに……すべてが終わるなら、お前も幸せに生きていけるじゃろぉ」
「私が幸せに……」
「姉として、妹の幸せを願うのは当たり前じゃろぉ。わらわも家族が大事だからのぉ」
「…………何だと……?」ツクヨミは口を開いて驚いていた。
「ツクヨミ、お前はわらわの妹じゃ」
「は――……」ツクヨミは口をぽかんと開けた。
「わらわはというか、わらわと弟のスサノはもともとはモサク一族なんじゃよ。ヤマタ国の者じゃなかったんじゃ。しかし……その当時、わらわがまだ幼いころはこの遺跡ではたびたび紛争があって……それでわらわはスサノを連れて逃げたのじゃ。命からがらのぉ。そしてそのまま外に出て走っていったらわらわたちはヤマタ国へと行き当ったのじゃ。わらわはヤマタ国の者に拾われ、そしてそれからヤマタ国で暮らすようになったのじゃ。つまりは……わらわもお主と同じモサク一族というわけなんじゃ」
「待て……それじゃあ妹というのは」
「わらわとお主はもともと姉妹だったのじゃ。じゃが、わらわは……お主と生き別れてしまったのじゃ。まさか生きているとは思わなかったが……。あの日どうしてわらわはお主と別れてしまったのかは忘れてしもうた。……あの時は紛争で逃げるのに必死だったからのぉ」
「お前は……私の姉なのか……」
「そうじゃ……よく生きておったのぉ。ツクヨミ……いや、月子」
ツクヨミはその時頭が混乱していた。突然告げられた事実に混乱していた……。
「あの時……お主をヤマタ国に連れて行っていればこんなことにはならなかったのかものぉ。……これはわらわの罪なのかもしれぬ。……すまなかった月子。わらわが……すべて悪い」
ツクヨミは考えていた。もし自分があの時、姉であるヒメノミコトに連れられてヤマタ国に行っていたら……どうなっていたのだろうと。
父上は自分たちを救ってくれた。しかし……今の父上は……。
ツクヨミは混乱し困惑し……あたまがぐしゃぐしゃになっていた。
そんな最中――、
「う……ぐ…………あああぁ……」
うめき声の後、カラン、と剣の落ちた音がした。
その音に反応し、ヒメノミコトは目を見開いてみると……
「⁉ つ、月子!」
そこには、胸を押さえ、青く苦しい顔をして、もだえ苦しむツクヨミの姿があった。
「つ、月子! どうしたんじゃ!」
「うぅ……あ……ぁ……」月子は言葉にならない声を発していた。
月子はその場に倒れ、胸のあたりをぐっと押さえていた。
「どぉ……して……わた……しは……」
――どうして私は、
どうして私は、
こんなことになったのだろう。
姉上、私は……間違っていたのでしょうか。
ツクヨミの脳裏には幼い時の記憶が映る。
それは自分がまだ物心がついていなかった頃――
そこには手があった。差し伸べられた手。
その手は姉のもので、そしてそれを手に取れば……この戦禍から逃れられる。
私は手を伸ばそうとしたが……それは、行き交う大人たちによって制され……
「うわぁあぁぁ……ぁ……」
ツクヨミの声は次第に小さくなっていき、そして最後にはそれも消え……
そして震えるツクヨミは、涙を浮かべ自分の姉を見上げた。
姉のヒメノミコトは必死に何かを叫んでいた。
「ァ……ネ……ゥ……ェ…………」
そして月子は冷たくなった。
「月子ぉおー!」
ヒメノミコトの叫びが、辺りにこだましていた。