懺悔:黒塚仁木
ホノニギは話を始めた。
「まずは最初に……僕の名前『ホノニギ』というのは実は仮名、本当の名前じゃないんです。僕の本名は黒塚仁木です。ホノニギと言うのは……仕事の都合で使っていた仮名なんです。ヤマタ国に来た時もその仮名を使っていたので、まぁ今もそう呼ばれているというわけです。
僕の仕事の話とかは前に絢さんと話したと思いますが、久那さんは聞いてませんね。……それではまずは僕のことから話し始めましょうか……
僕は三重県の津市で生まれました。生まれは2010年……平城遷都1300年のときですね。その時は皆さんは小学4年生ぐらいの年だったでしょうかね。家はまぁ普通の家で、母は専業主婦で父は大学の教授でした。それでまぁ順当に普通にそこで暮らしていて、それで中学のときに父の仕事の都合で大阪に引越しました。それでその後高校を卒業するまで大阪にいて、大学は京都大学に行って、そして大学院に行って……研究をして、それからずっと研究を続けていました。
……ここまではまぁ普通の感じの日々を過ごしていましたが、しかし、そんな日々も突然、何の前触れもなく転じることがあるんですね……
僕は……当時クレイの研究をしていました。クレイの研究を立ち上げたのは僕で、最初は少人数での小さな研究でしたけど、次第に成果が出てきてそれで大きな研究になっていったんです。研究所も立てられるようになって、僕はそこの所長になりました。クレイについて詳しいことが分かってきて……しかもその内容は、我々人類を超える技術が詰まっていまして……クレイの研究は極秘に、秘密裏に行われました。何せ内容が内容ですから……悪用されたら大変なことになりますしね。それで……そんなクレイの情報を得ようとする輩が現れるようになったんです。研究員の一人が死亡するほどの……事件も起きまして、……それで、研究所の所長である僕の命を守るためとして、用心棒が付けられるようになったんです。用心棒、SPの人が付くようになったんです。で、そのSPの人というのは
……レッカさんです。
『レッカ』……というのは仮名で、本名ではありません。仕事の都合で本名は言えなかったんでしょうねぇ。それでレッカさんが僕の用心棒になりまして……レッカさんは気さくな方で、僕と仲良く接してくれました。僕はこれまで研究ばかりしてきまして……そんな人と出会うのは初めてでした。レッカさんは用心棒でしたけど、レッカさんが来てからは研究所に悪い奴らが来ることはありませんでした。……まぁ、あくまで僕が知りうる範囲の話ですが……。
ある日、僕はレッカさんの家にお呼ばれしました。レッカさんの家には奥さんがいまして、晩御飯を作っていました。レッカさんの奥さんも気さくな方で、それできれいな方でした。僕はその時、二人は素晴らしい方なんだなぁと思いました。素晴らしいというのは、人間として素晴らしいというか、とにかく……ぼくの憧れの二人でした。二人は楽しく言い合っていて、おしどり夫婦でしたねぇ……。僕はそんな二人には到底かなわないなぁと思いました。いくら研究を続けても、二人にはかなわない。そんな……神様みたいなご夫婦でした……。
レッカさんと、たまに出会うレッカさんの奥さん、そして自分の『クレイ』についての研究……そんな平穏な日々が続きましたが、しかし……しかし……
クレイの研究が大詰めに差しかかった時、転機が起きました。
悪い方の転機でした。
ある晩、レッカさんが僕のもとに来て言ったんです。
「世界が征服された」と……
僕はその時、その言葉の意味を理解できませんでしたが……その後、テレビに……幾体ものクレイと自衛隊の戦車が対峙している映像が流れて……
その日から戦争がはじまりました。クレイを使った組織との戦争です。その組織の名は『モザーク』。……その組織、モザークいわく、モザークは邪馬台国の卑弥呼の直属の祖先……からなる組織だと言っていました。モザークという集団は以前からあった組織でしたが、今まで表立った行動はしていませんでした。……おそらくその戦争のために力を蓄えていたんでしょうが……。モザーク一族自体はそんなに大きな組織ではないんですが、その組織に賛同する団体、政党……さらには国などが数々ありまして、……それにモザークには未知なるカラクリ、『クレイ』を大量に保有していました。クレイは街を襲い、都市を襲い……自衛隊の戦車も戦闘機も、アメリカ軍の兵器でさえも……何も役に立ちませんでした。モザークは初め東京を襲い、次に沖縄、北海道、福岡……そこから外堀を埋めるように日本を侵食していき、ついに大阪まで落ちて……
その当時僕は奈良県で研究をしていました。クレイの研究……クレイの、兵器的利用の研究を……させられていました。ですが……この戦争のさなか、クレイの研究をし続けるのは危険でした。それよりも何よりも、日本のほとんどがモザークによって支配されている状態で……僕たちには何の希望もありませんでした……。
あの気さくだったレッカさんでさえも、モザークが現れて以来暗い表情をしたままでした……。日本のほとんどがモザークによって支配され、残ったのは奈良県と和歌山の一部と滋賀の一部、三重と愛知だけになって……他は支配されて、もはや日本がモザークに支配されるのは秒読みでした。……この調子では、世界全土がモザークに支配されてしまうかもしれない。……モザークは自分たちに楯突く人々に容赦なく残酷に攻撃し、時には見せしめに反逆者を虐殺したりしていました……。
そして……2040年の5月……。
その日、僕の研究所に、レッカさんの奥さんが現れました。
レッカさんの奥さんいわく……、モザークの襲撃が始まった……そうでした。
そしてそれからすぐに、研究所の警報が鳴りだしました。……なぜ警報が鳴ったのかというと……モザークが僕の研究所を襲撃しに来たからです。
遠くから、研究員の悲鳴が聞こえ、銃撃が聞こえ……
レッカさんは僕たちを安全な場所へと非難させようとしましたが、研究所のすべての入り口は閉ざされてしまって……四面楚歌でした。
失意にくれた僕たちは……クレイの置いてある研究室に居ました。そのクレイは『ヤタクレイ』背中に翼の付いているクレイでした。
僕たちが項垂れていた中……その時、突然そのクレイが発光したんです。
クレイはピカピカと点滅していて……僕とレッカさんと奥さんは……驚いて目を丸くしていました。
その時僕は思いました。……このクレイに乗って、別の時代に行けば……こんな失意に暮れた、絶望の世界でなく、もっと明るい時代に行けば……何とかなるんじゃないかと……
クレイがタイムマシンだということは、まだ断片的にしか分かっていませんでした。しかし、僕はこの状態のクレイを起動すれば別の時代へ行けるだろうと……なぜか確信していました。研究者のカンってやつですかね……。
そして僕は発光するヤタクレイを起動し、そしてレッカさんたちと一緒にそのヤタクレイに乗り込みました。……乗り込んだといっても、武くんのような搭乗者ではないので、ヤマタクレイの近くに寄っただけでしたけどね……。タイムスリップの場合は近くにいるだけで、その人間がタイムスリップできるんですよね……。そして、僕たちはヤタクレイに乗ってタイムスリップしたんです……」
ホノニギは話し終える。
久那と絢はその話を聞いて……沈黙していた。
「二人には……このことは話したくありませんでした。未来のことは……。二人に、こんな絶望的な未来を告げるのは……残酷な話ですから……」
「ホノニギさん……」久那はつぶやく。
「スゲェーです!」
突然、絢が叫んだ。
「すごいですよ! SFですよ久那ちゃん! 未来はそんなSFな話になってるんですか! クレイを使っての戦争ですかぁ。ぜひとも見てみたいものですねぇ!」
「絢さん……」
「ホノニギさん、私の未来はまだ決まってませんよ」
「えっ……」
「だって、ホノニギさんが話した未来はあくまでホノニギさんが話した未来であって、私たちの未来じゃないですよ!」
「しかし……世界がモザークによって支配されるのは決定事項で……」
「もしそんなことがあったら、武くんが全部やっつけてくれますよ! モザークだか何だかよくわからないものは武くんがやっつけてくれますよ!」
その時、ホノニギは……一筋の涙を流した。
「ハハ……その通りですよね。本当に……その通りです。未来は決まったことじゃないですもんね。未来は変えられるもの……。僕たちはそんな単純なことを忘れて……間違いを犯してしまったんです。僕たちがこの時代に来たこと、僕たちが逃げたこと、僕たちが……運命から逃げたことがすべての間違いだったんですね」
ホノニギは顔の涙をぬぐい、自嘲していた。
「ホノニギさん、レッカさんというのは……『イザナギ』のことですよね」
「はい……。イザナギというのはレッカさんの異名です……」
「どうしてレッカさんは……イザナギは……ヤマタ国を襲おうと思ったんですか。『世界を救う』とか言ってましたけど……」
「レッカさんは……レッカさんのもとにはもう何もなくなってしまったんです。元の時代、親友、そして愛した人……すべてを失ったレッカさんは修羅に堕ち、そして……最後の最悪の手段を取ろうとしたんです……。それがヤマタ国を滅ぼすこと。……ヒメノミコト様を殺すことだったんです」