ホノニギ研究所 其の弐
戦いを終えた俺は、久禮堂に戻りヤマタクレイから降り、そしてそこにいた卑弥呼とスサノさん、そして後から来た絢と剛実とホノニギさんと会って、そしてその後昨日と同じく『ホノニギ研究所』へと向かう。
どうしてホノニギ研究所に来たかというと、俺がヤマツミと戦った時に受けた腹の打ち傷の治療と、そして突然現れた(といっても1か月前からこの地にいたようなんだが)剛実にホノニギさんがいろいろ話があるために来たのである。
ホノニギ研究所に来た俺はすぐさまホノニギさんに手当をされた。
そして、手当をした後はホノニギさんが入れた緑茶(どうやってお茶の葉とか手に入れたんだ……?)が並べられたテーブルに奥にホノニギさん一人、手前に俺たち3人という具合に座ってホノニギさんのありがたいお話が始まる。
「大丈夫か、武」
「う……大丈夫だ……問題ない……」
腹を押さえる俺。
別に腹を下したわけでもなく、別に腹を抱えるほど面白いことがあったわけでもなく。
ただ単純に、腹に打撃を受けて痛かっただけだった。
「一応お腹に包帯を巻いておきましたが……大丈夫ですか武くん」
「こ、こんなの平気さ。これくらいの打ち傷、剣道でしょっちゅう受けてるし……」
まぁ、確かに痛いが、痛いのには慣れている。だって剣道部だもん。変なとこに故意に、もしくは悪意に当たったりするのは日常茶飯事だ。子供は怪我の子だ。
「とにもかくにも、武くん、生きて帰ってきてくれて感激です。ヤマツミとの戦いもうまくいったようですし」
「ああ。なんとかな。それもこれも突然やってきた俺のマブダチのおかげなんですけどね」
「剛実くんでしたね?」ホノニギさんは剛実の方を向く。
「はい! 藤ノ木剛実です!」
「元気な子ですねぇ、剛実くん」
「はい! よく言われます!」剛実は言った。
「それで……剛実くんは武くんと絢さんのお友達ってことでいいのかな?」
「いいえ、友達ではありません、『親友』です!」
「そ、そうですか……」ホノニギさんは剛実のテンションに気後れしていた。
「ということは、剛実くんも2017年の世界からここにタイムスリップしてきたんだよね?」
「はい、絢ちゃんがそんなことを言ってましたが、俺にはさっぱりわかりません!」
「そ、そうですか……」ホノニギさんが呆れたように言った。
「今、俺がいる場所こそが『今』なんです! どこに行こうと、どの時代にいようと、自分がいるところが『今』なんです! ですからここは『今』なんです!」
「な、なるほど……。そう言う風に考えることもできますかねぇ……」
そういう風に考える人間は日本中探しても剛実ぐらいだろう……。
「と、とりあえず、剛実くん……君がタイムスリップした時のことの話をしてくれるかな?」
「タイムスリップした時の話ですか? いいですよ! 尻尾から頭まで話しますよ!」
そして剛実は『修行の旅』に出たことや『タケタケ様』になったことを洗いざらい話した。
そして、剛実が今までの経緯をすべて話し終えた。
「なんだか剛実くんって面白い方ですね……」それがホノニギさんの感想だった。
「本人はすごく真面目に生きてるつもりなんですけどねぇ」
「おう! 俺はいつだって真面目に生きてるぞ!」
真面目な人間ってのも、ちょっと問題があるんだなぁと剛実を見て思った。
まぁ、悪い奴じゃないんだけどなぁ……。
「1ヶ月前にすでにここに来ていたんですか……武くんたちと一日違いでタイムスリップして1ヶ月間が空いたと……まぁでも、1か月の違いがあったとしてもよく同じ時代にタイムスリップしましたねぇ」
「そう言えばそうですねー。下手をすれば3人とも違う時代にタイムスリップしていたりとかになってたかもしれませんね。私は奈良時代で、剛実くんは江戸時代で武くんは……白亜紀とか」
「なんで俺だけ恐竜時代なんだよ……」恐竜時代にタイムスリップしてどうやって生きてけっていうんだよ……。
「でも……やっぱり奈良時代はヤですね。大仏づくりを手伝わされたりしたら嫌ですねぇ……タイムスリップするなら今みたいな中央集権がまだ確立してないような平和なところとか、もしくは天下泰平の江戸時代とかがいいかもしれませんねぇ」
「でも、よく考えたら同じ時代にタイムスリップするってのはすごいことなのかなぁ」
「そうでもないと思いますけど?」
「え?」
「だって私たちは同じ『巨大土人形』によってタイムスリップしたんですから同じ時代にタイムスリップするってのは至極当然のことなんじゃないですか?」
「そうだな……」
タイムマシンの『巨大土人形』のクレイがどのようにしてタイムスリップする場所を決定しているのかわからないが。その決定するのがもしも誰にも操作されていなかったのなら同じ時代にタイムスリップするのは当然の話である。
でも……どうして剛実と、俺と絢とでは1ヶ月も時間が空いたんだ?
「1か月あいたのは誤差だと思いますね」
「誤差?」俺は疑問する。
「はい。僕が思うにはおそらくあのクレイを操作できる人間は誰もいないようですから、目標地点は不動のままだったと思います」
「目標地点が不動だったら……1ヶ月も間があかねぇんじゃないのか」
それと、タイムスリップする場所も同じになるんじゃないのか?
「武くん、このボールを向こうのごみ箱に投げ入れてみてください」
「ボール?」
見ると、ホノニギさんは懐から手のひらサイズの小さなゴムボールを取り出した(なんでそんなところからこんな時代からそんなものが出てくるんだ……?)。ホノニギさんは俺にそのボールを渡す。
そして俺は、向こうにあったごみ箱らしき円柱形のかごを見つけ、それ目がけてもらったボールを投げた。
トン、
外れた。
「ピッチャーノーコンです!」
「うるせぇ」球技は苦手なんだよ……。
「武くん、君は今ボールをかごに入れようと思ってボールを投げましたが外れましたでしょう? つまりこの外れたことが剛実くんと、武くんと絢さんのタイムラグなんです」
「うーん……」
わかったようなわからないような……。
「爆弾を飛行機から落とそうとしたら風の影響とかで着弾地点が変わってしまうって感じのことですか?」
「そういうことですね」
「つまりは……クレイが馬鹿だからホントの時間と場所とを間違えやがったってことですか?」
「まぁ……そういうことになりますね」
「どういうことなんだ? 武?」
「面打ちが決まったと思ったら、ちょっと打突の位置がずれてたってことだよ」
「それは練習不足じゃないのか?」
「…………」
屁理屈を言うなよ。
お前のためにわかりやすく言ってるのに……。
「まぁ、時間のことは些細なことですから置いておきましょう。今日はこの前話した『元の時代に帰る方法』の話をしましょう」
「元の時代に帰る方法?」剛実は訊く。
「はい。その前に剛実くんには話しておかないといけませんね」
「なんですか、ホノニギさん」
「私は未来から来たんです。剛実くんたちより23年年後の未来、2040年からこの時代にタイムスリップしてきたんです」
「そうですか」剛実はあっさり合点した。
「えと……剛実くん、ちゃんと私の言ったこと分かったんですか」
「さっぱりです!」
「…………」ホノニギさんは呆然としていた。
「ホノニギさん……剛実はこういうやつなんです。だから……ほっといてやってください」
「はぁ……」ホノニギさんはため息交じりに言った。
「それでは……昨日話した『元の時代に帰る方法』でしたが……」
「6日後……今は5日後か。確かその日におこる日食の日にヤマタクレイでタイムスリップすればいいんだよな」
「その通りです」
「武! 俺たち元の時代に帰るのか!」
「そうだ剛実。お前も母さんや妹の千代子ちゃんに会いたいだろ」
「そうだな……。そろそろ帰らないと心配するな……もう1ヶ月も家を空けてるんだしなぁ」
1ヶ月も家を空けたら、警察沙汰になるだろうなぁ……。
「で、日食の日にタイムスリップって……その武が乗ってたヤマタクレイってのはタイムスリップができるのか?」
「なんかそうみたいなんだよ。というかヤマタクレイがというより『クレイ』がタイムマシンみたいなもんなんだよ。だから俺たちは箸墓古墳にあった『クレイ』の『巨大土人形』によってタイムスリップされたんだとさ」
「へぇ~、なんだかすげぇ話だなぁ~」と、剛実は言った。
剛実はどこまで理解してるんだろうか……正直不安だ……
「それで……元の時代に帰る話でしたよね」
「はい。元の時代に戻る方法は昨日簡単に説明しましたね。まぁ、後は詳しい話をするだけになっちゃうんですけど……」
詳しい話か……正直そういう細かいのは苦手だ……。
こういうのは絢に任せておこう。それであとで訊こう。
しかし……こうも簡単に元の時代に帰る方法が見つかるとは思わなかった。
「そう言えばホノニギさんはどうやって元の時代に帰る方法を見つけたんですか?」
「それは……私が昔クレイの研究をしていた時に見つけた文献に乗っていたんです」
「文献?」
「はい。クレイを発掘する際に発見された古文書というものがありましてね。その中にですね『日、闇に覆われるとき、久禮、力を増し、時を越える』って書いてあったんですよ」
「時を超えるねぇ……」
「その文献の記憶を頼りに僕は元の時代に帰る方法を模索したんです……そして、何とか見つけることができたんです」
「ふぅん……」
時を超えるクレイ。クレイとは一体何なんだろう。
ホノニギさんも詳しいことを知らないようなものだ。ブラックボックスというかブラックホールというか。
そして俺たちはホノニギさんのこともよく知らない。
ホノニギさんのことというか、ホノニギさんの未来の話のことだ。ネタバレになるから話してくれないんだろうか?
ホノニギさんは一体何者なんだろうか……。
クレイの研究をしていたといっていたが……。
そのホノニギさんがなぜこの時代に……俺たちと同じく偶然的にここに来たのか……。
ホノニギさんの居た、未来とは一体……。
「ところでホノニギさん」
「なんですか武くん」
「その……ホノニギさんは、俺たちと一緒に未来に帰るんですか?」
俺は訊いてみた。
ホノニギさんは俺たちと同じ未来人だ。俺たちの後の時代の未来人だ。
ホノニギさんにも元の時代のときの生活があったはずだ。
ホノニギさんがどのくらいこのヤマタ国にいるのか知らないが、それでも、元いた時代に帰りたいと思ったことはあっただろう。
今の俺たちのように。
ホノニギさんはどう思ってるのか……
「……私は……帰れません」
「え……」
ホノニギさんの意表を突いた発言に俺と絢は驚いた。
「か、帰れないって……ホノニギさん、未来に帰りたくないんですか!」
「だから帰れないんです。帰りたくても帰れないんですよ。僕は……」
「帰りたくても帰れない……?」
なぜ帰れないんだろうか。
ヤマタ国を離れることができなくなったのだろうか。
まさか、恋人を置いて未来になんか帰れない! とかいうドラマティックな話とか……
「どうして……帰れないんですか……」絢は静かに訊いた。
「僕には責任があるんです」ホノニギさんが言った。
「モサク一族をなんとかするまでは、私は帰れません……」
「モサク一族……」
「ホノニギさんとモサク一族とは……どのような関係があるんですか……」絢が訊いた。
「それは……」悲愴な顔を浮かべるホノニギさん。
「今は言えません……」
「言えないって……」俺はつぶやく。
「どうしてホノニギさんは……何も話してくれないんですか……」
「すいません武くん……でも、今の僕には言えないんです。今の君たちには言えないんです。分かってください……武くん……」
大人は何でも隠して、見えないようにして。
未来は何にも見えなくて、時には真っ暗で、時にはキラキラと輝いていて。
それはどうしてそうなのだろうか……。
それには何か理由があるのか……。
やっぱり……未来のことを訊くのは駄目なんだな……。
そんなこと聞いたら俺たちの気持ちというか何かが変わってしまう。そのためにホノニギさんは黙っているんだろうか。
「分かりましたホノニギさん。……未来のことは俺は訊きません。……でも、ホノニギさんが話したいと思うなら俺たちに話してください……」
「武くん……」
辺りは暗くなってきた。
夜になっていく。
俺たちは5日後の日のために、元の時代に戻るために生きていく。