再戦
ドンッ――――ドンッ――――
ガサガサッ、ガサガサッ、
ヤマタクレイは山を登っていた。山と言ってもそれほど大きな山ではないが、山には木々がうっそうと生い茂っていた。森。山林。そんなところ人間が歩いていくのも大変なのに、その人間の6倍もあるクレイが登るとなると……骨が折れるというか……
バキバキバキッ――――
木々が折れていく。
「……おい、これじゃあヤマタクレイぼろぼろになっちまうんじゃねぇのか……」
「確かに……戻ったら手入れしないといけないかもしれませんねぇ……」
外装の傷ならまだしも、内装の傷とかがついたら問題だ。相手と戦うというのに戦う前からずたぼろだったらシャレにならない。
まぁ、おそらくヤマタクレイは丈夫なものだから(俺の勝手な推測だが)外装の傷だけでおさまると思うけど……。
ヤマタクレイはその大きい体をのそのそと歩かせていた。本当なら、平たんな場所とかだったら、ヤマタクレイは新幹線並みに速く走れるのだが、こういう場所ではそうはいかない。
もっとも、走りにくい場所だから走ってないというわけではなくて、本当のところはヤマツミクレイと対峙した場所がどこかわからなかったわけで(あそこには偶然行けただけなので)あそこによく通うウズメを案内人としてウズメに付いていって歩いていたためにゆっくりと歩いているのである。
ウズメを先頭にして、その後ろに絢と剛実、その後ろにホノニギさん、そしてその背後に俺が操る『ヤマタクレイ』といった具合に並んで歩いていた。実は卑弥呼のやつも付いてくるつもりだったそうだが、それをスサノさんに止められたそうだ。スサノさんいわく『姉さんには力を蓄えてもらわないといけませんから』だそうだ。
そういえば、卑弥呼のやつもヤマタクレイを操っていたって言ってたなぁ。
というか、俺たちが来る前から……3日前だか1週間前だかにリングクレイと戦ったって言ってたなぁ。俺の中ではすっかり『引きこもりキャラ』として定着している卑弥呼だが、当時は結構頑張ってたのかもしれない。
女王様なんだから今でも頑張ってもらわなきゃ国民が困ると思うんだが……。
ウズメの後に続いて歩いていくヤマタクレイ。それにしても、なかなか着かないもんだなぁ。
「おーいウズメ、まだつかねぇのかよ」木々をかき分けながら(というか踏み倒しながら)歩くヤマタクレイに乗った俺が訊く。
「もうすこし」とウズメは言った。
「武、今のうちにイメトレでもしとくんだぞ」剛実が後ろを振り返ってヤマタクレイの中の俺に言った。
「イメトレねぇ」
イメージしよう。あのヤマツミクレイと戦うことを。
相手は双剣、昨日はその双剣と、そして相手の蹴り攻撃によって痛い目にあったが……。
ヤマツミとの戦いにおいて『双剣』と『蹴り』に注意しなければ。
『蹴り』については……対処法がどうにも浮かばない。防ぐか避けるかしかないだろうか。
『二刀流』については……
二刀流は文字通り剣を二本使える反面、一本の剣を扱うよりも難しく隙が生まれる事がある。
しかし、ヤマツミの動きには隙が無かった。ヤマツミの扱う剣が短くて軽い剣だったのもあるが、アレにはパワーとスピードがある。
『蹴り』はどうにも無理で、剣技の『二刀流』もダメで。
せめて剣技ぐらいは有利に立ちたいものだが……
「剛実、どうすればいいと思う?」
「ヤマツミクレイの話か? ……俺にどうすればいいって聞かれても俺はヤマツミクレイとやらが戦うのを見たことがないんだが」
「そうだよな。お前はまだ俺が戦うとこ見てなかったんだな」こいつがここの現状を知ったのもつい数時間前の話だしなぁ。
「剛実、あのヤマツミクレイは二刀流なんだ」
「二刀流? またけったいなことする奴だなぁ」
「ああ。それにそいつの剣は短い。竹刀の二刀流とかとは違う。ついでにあいつのクレイはすっげぇパワーがあるんだよ。そしてまたついでにそのパワーを使った『蹴り』攻撃をしてくるんだよ」
「ふぅむ、二刀流とパワーと格闘か……こりゃ面倒な奴だなぁ」
「どうにかあいつの力を押さえる方法はねぇのかなぁ」俺はため息交じりに言う。
「力を押さえる方法ならあるぞ」
「え? マジかよ」
「ああ。二刀流の方だけなら防ぐ方法はある」
「その方法って……」
「その方法というのはだな」剛実が一呼吸おいて、
「同じ状況にするんだ」
「同じ状況?」
「同じ状況というより、こっちが若干優位になるかな」
「……で、その同じ状況ってのは何なんだよ?」
「簡単な話だよ。二刀流で戦いにくいなら『一刀流』にしてやればいいじゃないか」
「おお、来たか。流山武」ヤマツミの声が聞こえた。
ヤマツミは、ヤマツミクレイの乗るヤマツミクレイはさっきの平地の真ん中に立ち尽くしていた。
その正面の数メートル先に俺の操るヤマタクレイ、そのずっと後ろの林の近くに絢と剛実、そしてホノニギさんが並んでいた。
「ヤマツミクレイ! お前を倒す!」
「はは。威勢があっていいじゃないか。さぁ俺を倒してみろよ、殺してみろよ、殲滅してみろよ、討滅してみろよ、壊滅させてみろよ。この俺が返り討ちにしてやる!」
「俺はお前を殺しはしねぇよ」と、俺は言った。
「は? 殺さねぇだと?」
「ああ。俺は殺しなんかめったに起きねぇ平和な時代から来た男だ! だから俺はその世界の倫理に乗っ取りお前を殺さねぇ。それに……ホノニギさんが殺さねぇでほしいって言ってたからよぉ」
「武くん……」
ホノニギさんはヤマツミのことを『山仁くん』と言っていた。
ヤマツミとホノニギさんにどんな関係があったかはわからないが、できれば玉虫色の解決になって欲しいと思う。
「ふん。そんな戯れたこと言ってられるのは今だけだぜ。自分の言ったことを後悔するがいい……。さぁ行こうか、流山武……」
そう言って、ヤマツミクレイは腰に携えていた二本の剣を左右の手で抜き、そして構える。
右手の剣先がヤマタクレイの喉元を狙っていた。
「さぁ、死にな。流山武」
「死んでたまるかよ!」
そして俺は掌を天に――
そしてヤマタクレイは掌を天に――
そして、一本の剣がヤマタクレイの手に渡る。
そして俺とヤマタクレイは剣を正面のヤマツミクレイを向いて構える。
「さぁ来い、流山武!」
「ああ!」
そして俺はぎゅっと剣を握る。俺のその意志に呼応してヤマタクレイも剣をぎゅっと握る。
「てりゃぁああああああああ!」
ヤマタクレイは駆ける。ヤマツミクレイに向かって。
そして剣を大きく振りかぶり、
「てやぁああああ!」
ヤマツミクレイの頭上に向かい、振り下ろす。
しかし――ヤマタクレイの剣が斬り付けたのは、ヤマツミクレイのいた場所の空気だった。
「ふふふ。大きく外したようだな。こんな速さじゃ後ろに下がるだけで造作も――」
「てやぁ!」
ヤマタクレイは、剣を振り上げた。
剣を振り下ろした場所から斜め上にへと真っ直ぐに、素早く――ヤマツミクレイの右手の剣を狙って。
カンッ!
「な!」
ヤマツミが叫んだ時にはヤマツミクレイの剣は宙を舞っていた。
そしてその剣は、円を描きながら左わきの地面へと落ちた。
そして俺はすかさずその剣の落ちたところへ駆ける。そして剣を思いっきり、
カァアアアアアアアアン!
蹴り飛ばした。
ヤマタクレイが蹴った剣は円を描き、その円は放物線を描きながら、遠くの、ずっと遠くの森の中へと落ちた。
もはやどこに剣が落ちたかわからない。
いくら大きな剣だからって森の中に落ちたんじゃ探しにくい。
それに今は戦闘中。敵に背を向けることなんてできない。
ゆえに、ヤマツミクレイは一本の剣を失うことになった。
「く、面白れぇこととしてくれるじゃねぇか」ヤマツミクレイは不気味に笑いながらそう言った。
『一刀流にしてやればいい』つまり片方の剣をなくしてやればいいことだ。
剛実からその言葉を訊いた後のこと……
「一刀流にって……そんなのどうすりゃいいんだよ。そもそもそんなことできたら苦労はしねぇよ」
「一刀流にする方法、つまり相手の剣を落とす方法はいろいろとある。お前も剣道やってるなら少しは知ってるだろ?」
「まぁ……」方法というか、まぁあるっちゃあるなぁ。
虚を突かれて手元が緩んだ相手に剣を叩き落としたりとか。剣を振り上げてもできたかな?
「でも相手の剣を落とすって言われても、相手はヤマツミクレイだぜ? あんな奴の剣をどうやって落とせと……」
「『虚』を突けばいいんだよ」
「虚?」
「なんかすごい技とかやって相手を驚かしたりさ」
「すごい技ねぇ……」
そんなものがあったらこんな苦労はしないと思うんだが……
「たとえば、燕返しとか」
「燕返し?」
燕返しとは、あの宮本武蔵のライバルの佐々木小次郎の『必殺技』である。出自が不明なところが多く、謎の多い剣豪の技である。
って絢が前に言ってた。
「お前も子供のときふざけてやってただろ? ”秘剣! 燕返し!” とか言って」
「そんなガキのときの思い出引っ張り出してくんなよ……」
しかし燕返しなんて……。
子供のころに遊びでやっただけで、ちゃんとやったことはない。
そもそも剣道に『燕返し』なんて技なかったと思うし。
そんな技がヤマツミに通用するのだろうか……
そして、その技が通用した。
まさかこうもうまく入ったとは……。
「俺の剣を蹴り飛ばすとはいい度胸だぜ。だが、これで勝ったと思うなよ。勝負はこれからなんだからなぁ!」
そう言って、ヤマツミクレイはヤマタクレイの元へと駆ける。
「ハッ!」
ヤマツミクレイは正面蹴りを繰り出した。
俺はその蹴りを一歩下がって避ける。
「フッ、なかなかやるねぇ」ヤマツミがそう言った。
そしてヤマツミは一歩だけ前進してそしてヤマタクレイに回し蹴りを繰り出す。
俺はその攻撃も一歩下がって避けた。
ヤマツミクレイの蹴りだした右足は円を描き、そしてそれが180度回転した時、
ヤマツミクレイの持つ、もう一本の剣が回転しながら現れる。
カンッ!
ヤマタクレイはその剣を自分の剣で防いだ。
「なかなか当たらねぇなぁ。昨日は結構当たってたのによぉ」
俺だって仮にも剣道部だ。小っちゃいころから剣道やってんだ。
だからそれなりの運動神経はある。こんな攻撃、避けようと思えば避けれる。
昨日は相手の出方がわからなかったし、突然のことだったからヤバいことになったが。
『間合い』さえしっかり取ってれば何とかなる。
あとは……
「一撃必殺だ」と剛実が言った。
「一撃必殺?」
「一撃必殺で、一撃必中だ。相手が速い奴ならなおさらだ。剣の攻撃の方が隙が出やすいからなぁ。それと、相手はごつい奴かもしれないがこっちには長い剣があるんだ。剣ならそんなに体格は左右されないだろ」
「確かに……」まぁ、力とかもあるかもしれないけれど。
「剣の攻撃なら相手をなんとかできるかもしれない。仮にもお前剣道部だしな」と剛実は言った。
「いいか、相手が速いっていうならこっちは隙を作っちゃならねぇ。隙を作らねぇようにじっと待つんだ」
「じっと待つ? 何を待つんだよ」
「相手の隙だよ」と剛実は言った。
相手の隙を待つ。
じっと、その時が来るまで待つ。
「てりゃぁあ!」
ヤマツミクレイは蹴っていく。ヤマタクレイ目がけて。
俺はその蹴りを後退しながら避けていく。
もちろん場外反則にならないよう後方を気にしながら避ける。
ヤマツミクレイの攻撃を、軽く軽く避けていく。できるだけ体力を使わないよう避ける。じっと待つ。
クレイは俺の意志に呼応する。そしてクレイ自身も俺に呼応する。
一心同体。だから痛みや疲れもクレイと同じく俺にも働くのだ。
俺は念じながら動かしているが、クレイが動くと俺自身も体力を消費する。
つまり実際に戦っているのとあまり変わらないのだ。
クレイを通して、俺とヤマツミがサシで勝負しているのだ。これは俺とヤマツミとの戦いだ。
ヤマツミクレイの攻撃を躱していって……そして10分ほどたった。
10分の間、ヤマツミは絶え間なく蹴り攻撃、もしくは剣攻撃を仕掛けてきた。10分も、絶え間なくだとさすがにきつい。こちらはずっと避けてるだけなのでそこまで苦しくはなかったが。
ヤマツミクレイも苦しい様子を少しも見せない。隙を一向に見せない。
未だにヤマツミが不気味な笑みをしているように思えた。
「お前、避けてばかりじゃねぇかよ。こんなんじゃいつになっても決着なんて付きやしねぇぞ」
「悔しかったら俺に一発攻撃でも入れてみろよ」俺は挑発する。
「何だとぉ!」と言ってヤマツミクレイは駆けだす。
「おりゃぁあ!」ヤマツミクレイは回し蹴りを繰り出す。
横薙ぎの、水平の蹴り。
それを繰り出した後、一瞬見えた。
隙だ――――
「行くぜ絢!」
「はいです!」
阿吽の呼吸で絢に合図する。その合図を言い終えた後俺はすでに剣を振りかぶっていて、そしてその剣はすでに炎のごとく赤く光っていた。
「おりゃぁああああああああ!」
ガンンンンンンンンッ!!
当たった。
「てりゃぁああああああああ!」
ガンンンンンンンンッ!!
当たった。
「とりゃぁああああああああ!」
ガンンンンンンンンッ!!
また当たった。
続けて、計3回、ヤマツミクレイに攻撃が当たった。
「ぐ……ぐぐ……なんて野郎だ……」
3回の攻撃により俯いているヤマツミクレイ。
「とりゃぁあ!」その俯いている頭上に向かって剣を振り下ろす。
その時。
「うおおおおおおおお!」ヤマツミクレイは体制を建て直し、そして正面蹴りを繰り出した。
バンッ!
ガンッ!
ヤマツミクレイの正面蹴りは決まった。
ヤマタクレイの振りおろしも決まった。
先に決まったのはヤマツミクレイの蹴りの方だった。だが蹴りを入れられたヤマタクレイは、そのまま直進した。
ヤマタクレイを蹴った足を腹で押した。そしてそのまま剣を振り下ろした。
「ぐ……なかなかやるじゃねぇか……」
「お前もな……」
「いや……今回は俺が完敗だな……カグヅチの力……侮れねぇぜ」
カグヅチの力。
今俺が送られてる力。絢が送っている力。絢の持つ力のことだろうか?
それとも……
「まぁ、今日はここまでにしておこう。頭が割れるように痛いぜ……。この決着はまた今度つけようぜ。じゃあな」ヤマツミクレイは俺たちに背を向け、
「あ、おい!」
そう言おうとしたときにはもう、ヤマツミクレイの姿は消えていた。
「逃げたか……」
結局、倒すことも、玉虫色の解決になることもなかったが、とりあえず生き延びた。そしてヤマタ国と、剛実と絢とを守れた。
まずは、そのことを喜ばねば。
「武くーん!」
「武!」
「武くん!」
3人が駆けてきた。