朝
「ん……」
ここは……どこだ?
体が痛い……。そして頭が痛い……。
寝心地が悪い……。まるで地面で寝てるかのような……。
目を開けてみると、そこには茅葺の屋根があった。
あれ? ここはどこだ……?
俺は昨日何をしていたっけ?
とりあえず俺は布団から起き上がる……と、起き上がって後ろを振り返ってみると、それは布団ではなく茣蓙だった。
ついでに地面は土間だった。
……どうりで寝心地が悪いと思ったら……。俺はそんなところで寝ていたのか……? ホームレスにでもなったのだろうか?
とりあえず……状況がわからないので辺りを見回してみる。辺りは……どうにも、『民族博物館』みたいな不思議なところであった。確か子供のとき、絢とこんなところに見学に来たことがあったような気がするが。
そして俺となりに……一人の子供が横たわっていた。
長い黒髪の少女、服装は山登りに行くかのような地味なもの、そして小さな背丈……。
そいつはどう見ても、絢であった。
「…………」
状況が読めない。
俺はまた絢のゴタゴタに巻き込まれたのだろうか……。
「……おーい、絢」と、とりあえず隣の絢を揺すって起こしてみる。
「…………むにゃ……うーん……」間抜けな声を出しながら、絢は起き上がった。
「どこですかここは」と、絢が訊いてきた。
「アイドンノウ」と、俺は応えた。
どこなんだここは? 俺たちはどこに迷い込んだんだ?
昨日のことを思い出してみよう。昨日のこと、昨日のこと……。
なぜか頭が痛くて思い出しにくいんだが……。
確か昨日は……普通に学校があって、普通に部活があって……。
そういえば剛実が修行の旅に出たとか言ってたよな……。
それと……絢が『巨大土人形』のことではしゃいでいたなぁ。
それで……絢の家で飯を食べて……それでそのあと絢のわがままに従い、あの『巨大土人形』のある箸墓古墳へと向かって……。
『巨大土人形』の光に包まれて……。
弥生時代にタイムスリップして、そしてヤマタ国に連れられて、『卑弥呼』に出会って、『リングクレイ』とかいう埴輪が襲ってきて……それで『久禮堂』とかいうところにホノニギさんと共に向かって、そして俺が『ヤマタクレイ』に乗って、リングクレイを倒して、そして突如現れたヤマツミと……ピンチになりながらもなんとか追い払い、そしてホノニギさんが未来人であること、ほか色々な話をして、そして宴とやらに招待されて……
という感じの夢を、見ていた気がするが……。
なんか妙な夢だったなぁ……。
「うーん……」
「どうしたんですか武くん」茣蓙から起き上がってきた絢が言った。絢の目はどことなく眠そうな目をしていた。
「いや……俺さっきまで変な夢を見ていてさぁ」
「変な夢?」首を傾げる絢。
「ああ……すごくファンタジーで、アドベンチャーで、そしてヒストリーな夢だったんだけど……。俺と絢が弥生時代にタイムスリップする夢なんだけどさぁ」
「弥生時代に……タイムスリップ……」突然、絢が目を見開いた。
「私も……武くんと弥生時代にタイムスリップする夢を見たんですけど」
「え?」俺は驚いた。
「武くんと弥生時代にタイムスリップしてきて……それで、ヒメノミコトさんに会ってリングクレイとかいう埴輪と、ヤマツミクレイとかいうおっきい土人形を追い払う夢です!」
あれ……?
それって俺の夢と……すごーく似てないか?
ストーリーがまるっきり同じだ。まるで二人とも同じを見たかのように。
もしかしたら本当に同じ夢を見たのかもしれない……。
「なぁ絢、二人同時に同じ夢を見るってことあるのかなぁ……」
「はい?」
「いやぁ、絢の言っている夢と俺の言っている夢が妙に一致するというか、合致するというか……酷似してるんだが」
「はぁ」と、絢は何かを考えるかのように、腕組みをした。
「二人同夢という言葉を聞いたことがありますが……。こんなことってあるんですねぇ……。しかもその内容も、なんだかすごい内容ですし……」
確かにすごい内容の夢だった……
でも……なんだかその夢は、どことなく現実的な、何となくリアルな夢だった……。まるで現実のような夢だった。タイムスリップなんて現実になんて起こるわけないし、それに弥生時代にあんなロボットみたいなのいるわけないと思うけど……。
絢は夢のことをいろいろと考えているようだった。絢は見かけによらず考えることや調べることが大好きな奴であった(全部歴史関係のことだが)。そして活動的でもあった。
「まぁ、今は夢のことより、この状況を考えないと……」
「この状況……」
この状況。
今俺たちはどこにいるのか。
「武くん……私をこんなところに連れ込むだなんて……不潔です!」
「は?」
絢のやつは、一体全体何を言ってるんだ?
「うう……武くんにけがされたですぅ……」
「ええええ!」
絢は何かあらぬ誤解をしているようだった。
……俺がそんなことするわけないだろう。しかも絢相手なんかに……。
「……くだらないこと言ってねぇで……お前も考えてくれよ」
「え? 武くんがここに私を連れ込んだんじゃないですか?」
「んなわけねぇだろう……俺だってここがどこだかわからねぇのに」
「そーなんですか……武くんもなんでここにいるかわからないんですか……」
「お前は心当たりねぇのか?」
「私も心当たりありませんですねぇ、こんなところ。……あれ、でも……ここは……」
と言って、絢はこの部屋中を見回した。
茅葺の屋根、木の柱、焚き木の後、陶器のビン、俺たちが寝ていた茣蓙、土間……
何となくどこかで見たことあるような景色だった。
「竪穴式住居ですねぇ」
「竪穴式住居……」
確か、弥生時代ぐらいの建物だっただろうか。弥生時代……俺たちが夢の中で、タイムスリップしたところ……。
どうして俺たちは、そんなところにいるんだ?
ここはもしかして、どこかの博物館か何とか遺跡公園だろうか……。
「とりあえず武くん、外に出ませんか?」
「外?」と、俺は言った。
「あそこから外に出れますよ」と、絢は光が差す、出口らしきところに体を向けた。
「そうだな……」外に出れば、ここがどこにあるかぐらいはわかるだろう。
と思って俺たちは外に出ようとしたが、
その時、入り口から一人の男の人が入ってきた。
「おはようございます。武くん、絢さん」
細身で長身な、顔の整った若い大人の男の人。
俺は、その人の顔を、あの夢の中で見た……。
その男の人は確か……
「ほ、ホノニギさん……」俺はつぶやいた。
「二人とも、昨日はご苦労様でしたねぇ」ホノニギさんは笑顔でそう言った。
「えと……」
「えと……」
俺たちは黙る。
「夢じゃなかったああああ!」
……やはり夢じゃなかった。
いや、夢だと思ってたんだけど……。
俺たちは無理やり昨日の出来事を夢にしようとしていたのだろうか。
現実逃避をしていたのか……。
「…………」
「…………」
俺たちは声が出なかった。さすがの絢も声が出なかったようだ。
なんやかんやで絢もあの出来事を夢と思っていたようだ。
俺たちは、ホノニギさんに連れられて、さっき俺たちが寝ていた竪穴式住居から出てきた。
出るとそこは村だった。
俺たちはヤマタ国から東にある村に運ばれたようだった。
運ばれた……そう言えば昨晩俺たちは卑弥呼に無理やり酒を飲まされて酔っぱらっていたんだっけなぁ……。酔っぱらった後は……記憶はあいまいになってて覚えてないが……どうやら俺たちは眠ってしまい、そして東の村へと運ばれたそうだ。
ホノニギさんいわく、どうやら俺たちをこの町のとある家に『下宿』させることになったらしい。
卑弥呼さんの粋なはからいらしい。
で、竪穴住居から出た俺たちは隣にあった、俺たちが寝ていたやつより少し大きめの竪穴住居に連れられた。
そこには二人の夫婦と、そしてその娘と思われる少女がいた。
大きな体をした、年は見た目からして40代ぐらいの旦那さんと、そして優しい顔した元気そうな感じの奥さん。それと、背丈が絢の伸長より10センチほど小さい、小学生か中学生かぐらいの年(に見える)絢と同じく黒髪の長髪の少女の娘さん……それがこの家の家族構成らしい。
どうやら俺たちはこの家に下宿することになるらしい。
しかし、俺たちは混乱していて……そんな一連のやり取りも頭の中に入らなかった。
俺たちは気づいたら下宿することになった家(竪穴式住居)の中にいた。家の中の炉を囲んで、俺の右隣に絢、俺の左隣にホノニギさん、俺の正面に旦那さん、その隣に奥さん、その隣に娘さん、という感じに座った。
炉では、いろいろな具材が入ったスープらしきものが煮込まれていた。
奥さんは、そのスープらしきものをかき混ぜていた。
「ようこそ、武様、絢様。今日からお二人はヒメノミコト様の命でこの家に住むことになりました。狭いところですが、どうぞごゆっくりしてください」と、奥さんが言った。
本当に狭いところだった。4畳半ぐらいの大きさの家だった。計5人の人間が暮らすには狭すぎる家である。
「私はこの家の主の『コウキ』と申します、どうぞよろしくお願いします」と、旦那さんが言った。
旦那さんの名前は『コウキ』らしい。
「私は『ノリコ』と申します」と、奥さんが言った。奥さんの名前は『ノリコ』らしい。
「それと……こちらは私の娘の『ウズメ』と言います」と、奥さんのノリコさんは隣にいる娘の『ウズメ』の肩に手を置いた。
「…………」
ウズメという少女は黙っていた。
俺たちも黙っていたのだが、そのウズメという少女はまるで一言も言葉を発したことのないように口を一文字にして黙っていた。
しゃべっているのは大人たちだけであった。
「……武くん、絢さん、どうしたんですか?」と、黙っている俺たちを見かねて、ホノニギさんがしゃべってきた。
「いや……いまいち状況が呑み込めないんだが……」
「呑み込めました!」
「ええ!」
『呑み込めました』って……。
「そういえば私たちは、リアルにタイムスリップしてきて、リアルにヤマツミクレイと戦ったんでしたね。信じられませんけど、そういうことなんですよ! 武くん!」
「そう言うことと言われてもなぁ……」
確かにそういうことなんだろうが……ホントに狐につままれた気分である。
何が本当で何が偽物か。
目でみえるものが本物……なのか……。
「武くん、現実逃避なんてかっこ悪いですよ。現実を見ないと」
「そうは言われても……現実のほうが『非現実』のように見えるんだが……」
俺は絢のように割り切って考えられなかった。
「コウキさん、ノリコさん、それとウズメちゃん、これからお世話になりますです!」
絢はそう言って頭を下げた。
「どうぞ自分の家だと思ってゆっくりしてくださいね。絢様、武様」
「はい! よろしくお願いしますです」
「……はぁ」と、俺は元気なく返事した。
「武くんはまだ元気が出ないんですか?」
「元気を出そうにもなぁ……」俺は頭の中が混乱していた。
そんな俺をしり目に、ノリコさんは朝ごはんの準備をしていた。
ぐつぐつと煮えるスープ。
その様子を、あのウズメという少女がじっと見ていた。
「武くん、武くん」
「……なんだよ」
「なんだかあのウズメちゃんって子、かわいくないですか?」
「え?」
俺はウズメの方を見てみた。顔が無表情。目も動いていない。まるで石像のようにウズメは固まっていた。
「あれのどこがかわいいんだよ……」と、陰口のように小さな声で絢に言う。
「武くんは感性が鈍いんですよ。あーかわいいです……ギュってしたいですギュってしたいです」
わからない。絢の感性は分からない。
『せんとくん人形が大好き』とか言ってるやつだから……元よりわからないやつだとは思っていたが……
「あ! 武くん! ウズメちゃんがこっち向きましたよ向きましたよ」
「…………」
まるで動物園の動物を見るかのように、絢ははしゃぎながらウズメを見ていた。
見られているウズメが何となくかわいそうになってきた。
その本人のウズメは未だ無表情な顔を保っていたが。
「さぁ、みなさん。朝ごはんができましたよ」と、ノリコさんがスープのようなものをよそいながら言った。
朝ごはんがみんなのところへ運ばれいく。ウズメはノリコさんが器を渡すと、それを無表情で、両手で受け取った。
「すいません、朝ごはん御馳走になっちゃいまして」とホノニギさんが照れながら言う。
「いえいえそんな。ホノニギさんにはいつもお世話になってますから」
「そんなお世話だなんて……」
そして、すべての器が運ばれ、
「さぁ、みなさんいただきましょうか」
「いただきます」と、コウキさんが言った。
「いただきます」と、ホノニギさんが言った。
「いただきますです!」と、絢が元気に言った。
「いただきます……」と、俺が元気なく言った。
「…………いただきます…………」とウズメがか細い声で、小さい声でそう言った。
これがウズメの第一声であった。
スープの隣には、『箸』と『匙』が並んでいた。弥生時代には『箸』というものがあったらしい。
俺は箸をとり、スープを味噌汁のようにずるずるとすすった。
うーん……。
素朴な味だ……。
食べられないこともないが、なんだか素朴だ。もうちょっと胡椒とか醤油とか入れとほしいものだが……ここは弥生時代なんだし……仕方ないか……
隣の絢も、微妙な顔してスープをすすっていた。
そして、朝ごはんはそのスープだけであった。
「…………」
「ご馳走様でした」と、ノリコさんが言った。
「ご馳走様でした」と、コウキさんが言った。
「ご馳走様でした」と、ホノニギさんが言った。
「ご、ご馳走様でした……」と、若干元気をなくした絢が言った。
「ご、ご馳走様でした……」と、元気をなくした俺が言った。
「…………ご馳走様でした」と、ウズメが少し満足したような顔で言った。
「……は、腹が……。あれじゃあ腹がもたねぇぜ……。早く昼になって欲しいもんだぜ……」
俺は食べ盛りの年ごろなんだぞ……。
「た、武くん……」
「ん? なんだ絢」
「武くん、お昼はないと思いますよ」
「え? なんで?」
「昔の日本では、ごはんは朝と夜の二回が普通だったんですよ」
「……そんな馬鹿な」
腹が減った。
腹が減っては戦ができぬ……こんなんじゃリングクレイもヤマツミクレイも倒せない……
早く、早く……元の時代に帰らせてくれ……
「それではみなさん、私は仕事がありますので失礼させていただきます。朝ごはん、ご馳走になりました」とか言って、ホノニギさんはスタスタと帰っていった。
本当に夢じゃなかったんだなぁ……。
俺たちは、弥生時代の『ヤマタ国』にいる。
俺は昨日リングクレイとヤマツミと戦ってそれで……ホノニギさんの研究所とやらで衝撃の事実を聞いて……
俺はふと、昨夜のホノニギさんとの会話を思い出した……。