第一話:完売した新聞
ヴァルフォルク王立学院から寮の部屋へと戻ってきて、ばふんとベッドに倒れ込む。
「あー、お金が欲しいー!」
枕に額をガンガン打ちつけても、お金なんて出てこない。それは分かっている。でもやらずにはいられない。
枕のまわりには私の赤毛が、もつれたまま広がっている。燃えるような赤で綺麗だとよく言われる。
「この髪、売ったらお金にならないかな?」
背中まで伸ばしている髪は、きっと高く買ってもらえるだろう。でも、私が欲しいのはそんな額のお金じゃないのだ。
枕の下から一通の手紙を取り出す。父からの手紙だ。癖のある力強い筆跡でリュシー・ジラード様と私の名前が書かれている。
――リュシー、元気にしているか? 実はな、領地の川が豪雨で決壊した。
――幸い家族と領民は全員無事だが、領地が大きな被害を受けてしまった。
――元に戻すのには時間がかかりそうだ。
私の家、ジラード男爵家は領地で農業を営んでいる。その農地が被害を受けたとなると、私の家族と領民の皆は、苦しい生活を強いられるだろう。
「父さん、悔しいだろうな……」
背は高くないけどガッシリとした体つきの父は領民と一緒に働き、力仕事もやる貴族らしくない人だ。
そして作物や農地の改良をしようと努力を重ねてきた。それがもうすぐ実を結ぶはずだったのに、この災害ですべてが台無しになってしまった。
5歳離れた双子の妹と弟のことも心配だ。
「ミーナとノエルは、ちゃんとお腹いっぱい食べられているかな? ……あの子達、大食いだからなぁ……」
二人の学費だって、これからかかることを考えると頭が痛い。
優しくて働き者な領民のことも心配だ。
皆、ちゃんとご飯は食べられているのだろうか。
私が生まれ育った領地の風景が頭に浮かぶ。
夏の青々とした野菜畑に、秋の黄金に波打つ穀物畑……私の大好きな風景。
領地が大きな被害を受けたのなら、もうあの景色を見ることはできないのだろうか。
「私にお金があればなぁ。すぐに領地も元に戻せるのに……」
ヴァルフォルク王立学院に通い始めたばかりの16歳の私に、そんな大金はない。
学生の身分でお金を稼ごうにも昼間は学校があるし、夜は寮の門限がある。
学校を辞めて働こうと思っても、領地を元に戻すほどの金額を稼ぐのは無理だろう。
それに父も母も、そんなことは望んでいないはずだ。
――トントン!
ん、ノック? 誰か来た。
「リュシーちゃん! 大ニュースがあるの!」
ベッドの上をゴロゴロ転がりながら金策を考えていたら、一年上のユーラ先輩が来た。
※ ※ ※
部屋に入ってくるなり、興奮気味にユーラ先輩は話し始めた。
彼女は私も参加している新聞部の部長だ。
「学園新聞が全部売り切れたの! 完売よ!」
ユーラ・ソルダイク先輩。未来のソルダイク侯爵様だ。
輝く金髪に飾った大きなリボンはアイスブルー。
ユーラ先輩の瞳の色と同じでよく似合っている。
ユーラ先輩の家、ソルダイク侯爵家は、この王都で大手の新聞社をやっている。
ユーラ先輩も家業に興味があったようで、学園に入学してからすぐに新聞部を立ち上げた。
部長はもちろんユーラ先輩だ。
田舎の貧乏男爵家出身の私が、こんな華やかで優秀なユーラ先輩と知り合う機会などない――はずだった。
そんな私とユーラ先輩が知り合ったのは、私が学園に入学してすぐの頃のことだ。
まだ友達もいない私はすることもなくて、よく図書館で一人、両親と双子に手紙を書いていた。
そんなとき、ちょうど開いていた窓から風が吹き込み、書き上げた手紙の一枚が床に落ちてしまった。
それをたまたま拾ってくれたのが、近くを歩いていたユーラ先輩だったのだ。
ユーラ先輩は、手紙を渡してくれながら、なにを書いているのかと聞いてきた。
なので正直に、王都で流行っている店の話、面白がられている噂話、そんなたわいもないことを田舎に住む両親へ知らせていると答えた。
なぜかユーラ先輩は私の書いた内容が面白いと思ったみたいで、新聞部に入らないかと誘ってくれたのだ。
それで私は新聞部に入ったというわけ。
新聞部は月に1回、学内新聞を発行している。
値段は銅貨1枚。パン1個程度の値段だ。
学園の購買部に置かせてもらって、販売もしてもらっている。
新聞はそれなりに売れているけど、これまで完売したことは一度もないと聞いている。
「完売なんて、すごいじゃないですか!」
「実はね、リュシーちゃんの書いた記事が好評なの!」
「え? 私の記事……それって婚約破棄の話ですか?」
「そう、それ。もっと読みたいって要望がいっぱい届いているわよ?」
婚約破棄で完売したのか……。
正直、ここまで人気が出るとは思ってなかったな。
入部してすぐのこと、私は学園新聞の空いたスペースを埋める短い記事を書くように頼まれた。
そこで思い出したのが、ある小説のことだ。
婚約破棄を題材にした小説で、学園内のカフェテリアで令嬢たちが熱をこめて話し込んでいたのだ。
近くの席で、一人淋しくパンをかじっていた私は、それをこっそり聞いて楽しませてもらった。
その小説は遠い国で実際にあった婚約破棄を元にしたもので、令嬢たちがあれほど夢中になるのなら、記事にすれば読んでくれる人もいるかもしれないと、その小説の紹介記事を書いてみたのだ。
これは評判がよかった。
学園新聞が完売するほどではなかったけどね。
それで婚約破棄について書かれた他の小説の紹介記事や、小説の元になった事件の話なんかも書いてみたりした。
私の記事に人気が出てくるにつれ、ユーラ先輩は私担当の記事スペースをどんどん大きくしてくれた。
発行部数も最初は30部だけだったのに、どんどん増えて今では100部になっている。
「完売ということは100部売れたってことですよね。すごい……」
「あー、実はね、150部にしたの」
「150! うちの学生数は200人くらいでしたよね?」
学生全員を合わせても200人程度の学園で、150部も売れるなんて、おかしくない?
「学生以外が買ってるのよ」
「学園の購買部でしか売ってないのに?」
「きっと在校生のご家族から広がったんじゃないかしら」
ここでユーラ先輩の目がキラリと光る。
「それでね、婚約破棄についてだけ書いた特集号を出そうかと思ってるの。大丈夫、学園長先生から許可はとってあるから」
そこまで聞いて、ちょっと尻込みしてしまった。学園長先生まで絡んできたとなると、下手なものは出せない。
それに私にこれ以上、婚約破棄について書く時間はない。お金を稼がないといけないからだ。
少しでもいいから稼いで、領地の復興に役立てたい。ユーラ先輩には悪いけど断ろう。
「えっと……大変素晴らしいお話なのですが、お断りさせて……」
私の断りの言葉をユーラ先輩は最後まで言わせなかった。
「金貨10枚!」
「き、金貨10枚!?」
「ええ、婚約破棄の特集号は一部、金貨10枚で売るつもりなの」
通常の校内新聞の値段は、銅貨1枚。パン1個分だ。金貨1枚でその100倍になる。金貨が10枚ということは……。
「パン1000個分……」
パン1000個分のお金なんて、ちょっと想像もつかない。
「原稿料としてちゃんとお金を払うわ。リュシーちゃん、書いてみない?」
「パンじゃなくて、お金!」
お金と聞いて前のめりになった私を見て、ユーラ先輩は真剣な顔つきでうなずいた。
「特集号は学園内では販売しないわ。外部に売るのよ。だから売ったお金を全部はあげられない。紙を高級にしたり、色々とお金がかかるもの。でも期待してて!」
「自分の書いた記事がパン、いえお金になるなんて思ってもみませんでした」
「婚約破棄のようなゴシップは人気があるの。つまり高く売れるってわけ」
特集号がどのぐらい売れるのかは分からない。
でもお金を稼ぐ方法すら思いつかなかった私にとって、大きなチャンスだ。
「やります! やらせてください!」
こうして私は婚約破棄・特集号を執筆することになったのだった。




