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船内の作戦会議

 二日後、来栖と草壁は横浜港にいた。


 そこで東京商船が運営する太平洋を横断する客船「龍川丸」に乗り込む。早朝に積み込みが終わり、朝一〇時頃に出航した。横浜港を出て、サンフランシスコまで十四日間の旅だ。

 出航したての甲板は日本からの観光客や、アジアの周遊から帰路につく米国人など様々な人種でごった返していた。


「故郷の地を離れるというのはいつになっても慣れませんね」

 ぽつりと草壁が口にする。草壁は協力者だが、陸軍の階級では来栖の方が上のため対面以来敬語を使っていた。


「全くだ」

「――少佐は、ご家族はいらっしゃるのですか」


 何となく思いついたという様子で聞いてくる。

 来栖は肩をすくめて言った。


「残念だが独り身だよ。母は僕が小さい頃に病気で亡くなった。父はそれから酒浸りで、ここ数年は碌に顔を合わせていない。草壁君は?」

「私も似たようなものです。ただ最近懇意にしている方がいまして、この任務が終わったら、ここは一つ漢を見せようかと思っています」

「それはいい。楽しみだね」


 二人の間に笑いが起きる。草壁は初対面では少々いけ好かない背広男に見えたが、話してみると存外人懐っこい質のようだった。

 それからしばらく来栖と草壁は遠ざかる陸地を暫く眺めてから、客室に戻った。彼らは二段ベッドが左右に二つ置かれた二等客室をあてがわれていた。来栖は一等客室でないことに若干肩を落としつつも、四人部屋を二人で使わせてもらえる点には心の中で謝辞を述べた。

 入ってすぐに客室内で盗聴器の類いを入念に調べたが、不審な物は見当たらない。そして多少の会話は波音や船の推進音がかき消してくれる。

 内密の話がしやすい環境だ。

 草壁は客室を仕切るカーテンを閉めた上で、ベッドの端に座る来栖の向かいに座り、目線を合わせる。


「それではもう一度作戦の仔細を確認します」

「ああ、頼む」


 F作戦と名付けられた本作戦の主目的は、合衆国のとある異能力者F――現地では異能者番号2099番と呼ばれている――を秘密裡に奪取し、日本に連れ帰ることだ。

そしてその異能力者は現在、合衆国内では「一般級」に分類されているものの、その力を真に発現すれば、世界の軍事バランスを揺るがしかねない存在となる。

 それが参謀本部やW機関の分析であった。

 そして肝心の異能は――


「異能を無効化する異能です」


 草壁は強調するように人差し指を立てながら言う。

仔細は不明だが、その効果時間や範囲はまだ非常に小さいと推察されている。しかしもしこの力が広範囲に長時間及ぶものとなれば、異能力者による空中からの攻撃や、敵国に潜み有事に都市機能を混乱・壊滅させる『潜伏者』と呼ばれる異能力者も無効化されてしまう。


 そうなれば最悪の場合、合衆国は他国に戦略級異能力者の使用を許さず、自国だけが自在に戦略級異能力者を使用し、大きな被害を与えることが可能となる。

 異能によって保たれてきた現在の冷戦状態を崩す時限爆弾とでもいうべき、異能力者だ。


「米国の異能力者の奪取とはね――大佐が坊主頭は駄目だと言っていた意味がわかったよ」


 この作戦では帝国軍の関与の確固たる証拠を掴ませないことが重要だ。そのため作戦に投入される人間は来栖を始め、欧州系の血が入った人間や現地の協力者が大半を占めている。


「Fの姿形は?」

「アメリカ軍の協力者から聞き出した情報によると、年齢は十五から十八歳、女性とのことです」

 

 お世辞にも詳しく調べられているとは言えない情報に来栖は眉をひそめる。


「他にわかることはないのか?髪色や背格好、人種、性格、生い立ち。なんでもいい」

「いえ、それ以上の情報はありません。軍内部でもごく一部の人間しか彼女の存在は知りません。まして実際会った人間は数えられる程度しかいないでしょう」

「……そうか。それなら仕方がない。それで肝心の居場所は?」


 待ってましたと言わんばかりに草壁は、荷物から西半球が描かれた地図を取り出して来栖に手渡す。そして地図を指さしながら説明を続けた。


「保管されているのは、アメリカの南東部に位置するアラバマ州、その陸軍駐屯地であるレッドストーン兵器廠内です。存在する地上三階建ての研究棟に対象となるFが管理されています」

「施設内のどこに収容されているか見当はついているのか」

「地上階は一般的な兵器や通信技術の研究が行われています。これは一種の偽装工作だと思われます。逆に地下一~五階は制限区域になっていますから、そのどこかの階層でFは保管されていると思われます」


「警護している敵兵力は?」

「施設の出入り口付近の警備は厳重ではありますが、中に入れば研究棟の常勤の警備兵は少ないです。夜間となれば尚更です。今回用意した十二人の戦力で制圧可能かと」

「随分手薄だな」

「まだFの扱いを米国は決めかねているようです。戦略級や戦術級に階級が上がれば警備レベルは格段に上がるでしょう。W機関の読みでは数週間で階級が変化する可能性があるとのことなので、なるべく早く奪取したいというのが陸軍の理屈です」

「なるほど」


「しかし、慢心はできません。恐らく最も厄介になるのは追尾してくる部隊になります」

「通常の警察や軍の部隊とは違うのか」

「米国には異能力者を保護・管理・運用する異能統監部が存在します。そしてその傘下には高度な異能戦にも対応できる異能力者混合のコマンド部隊があります。

名は〝べリングドッグ〟現時点で合衆国最高峰の破壊力を誇る異能部隊です」

「第九連隊と同様の組織が連中にもあり、それが猟犬として追いかけ来るということか」

「ええ」


 米国の異能部隊を相手取る。数日前まで後方で教官を務めていた来栖にとっては何とも気が滅入る話だ。


「脱出の手筈は?」

「西海岸に陸軍の偵察用潜水艦をつけます。奪取した後は乗艦して本国に戻ります」

「なぜ西なんだ。東に着けてくれれば、迅速に離脱できるのに」

「アラバマ州から盗まれたとなれば、東海岸は真っ先に警戒されるでしょうから、その裏をかきます」

「なるほどね。アメリカ大陸を往復できるなんて楽しみだよ」


 長旅となることにため息をつきながら、来栖は後ろのベッドに倒れ込んだ。


「まあお互い頑張りましょう。――ところで気になっていたんですが、それは何ですか?」


 草壁は部屋の角に立てかけられた『長棒』に視線をやった。細長い棒が紺色の布で覆われているような姿だ。ぐいっと来栖は腹筋で起き上がるとそれを手に取って、眉を下げて言った。


「ああ、これは――連隊長殿がよこしてくれた『増援』だよ」


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