107. 奏の木像
龍樹さんが作ったキャロットケーキを美味しくいただいた後、滝はまた明日の朝来ると言って自宅に帰って行った。滝のお家は酒屋さんをやっていて、この湖のほとりの家から近い距離にあるらしい。
そしてどうやら私が寝ている間に、滝は玲と一緒に一度翡翠宮に戻って、明日の西の砦行きを軍の方に説明して、御者として一緒に砦まで行ってくれるそうだった。
私はまだ少し身体に熱が残ってる感じだったので、お風呂には入らず寝ることにした。
「じゃあ、俺と玲は風呂に入った後、薫ちゃんが寝てる部屋の奥が和室になってるから、そこに布団敷いて寝るからな。ベッドの部屋を通り抜けて奥に行く感じになるから、俺たちが入ってきてびっくりしないようにな」
優しく龍樹さんが教えてくれて、私はわかりましたと頷き、歯ブラシまで龍樹さんから渡されて、歯磨きをしてベッドの部屋へと向かう。おやすみなさいと笑顔で挨拶して、楽しかった余韻もあって私はすぐに眠りについた。
そして、明け方。
ふと目が覚めて厠に行った私は、窓の外、湖の先の山の方から太陽がのぼろうとしているのを見て足を止めた。ちょうど夜が明ける時間帯、山の端が金色に染まり、少しずつ光がつよくなっていく。私はそれに照らされてきらきらとひかる、窓際に置かれていた木像に目を留めた。
その小さな像は、祭壇のように綺麗な青い布に載せられて、窓辺の棚に飾られていた。昨日の夜、どこか玲に似ていると思っていた像だった。それが夜明けの光に照らされて艶めいて光り、何だかとても神々しく見えて、私は思わず歩み寄って手を合わせていた。
「……どうした?」
後ろから不意に玲の声がして、振り返った私、寝間着姿の玲を見つけて微笑んだ。
「玲、おはよう。私ちょっと厠に行ってて……戻ってきたら、この像がすごく、朝日に照らされて輝いてる感じで、祭壇みたいだなと思って手を合わせてた」
「……これ、父さんが若い頃に彫った、俺の母さんの像なんだって」
「え、そうなんだ」
「うん」
「だからか……玲に雰囲気似てるって思ってたんだ」
玲、少し首を傾げて。
「そうか?」
「うん。なんか、キラキラ光って……宝物みたいな……」
「そんなたいしたものじゃない」
「たいしたものだよ」
私は微笑んで玲を見上げる。
「なんてお祈りしてたんだ?」
ほんとうは、玲を私が守っていけますように、だった。 少し変えて私は言った。
「これからも玲を助けられますようにって」
言われて、玲は何か言いたげに私を見る。
「うん?」
首を傾げて見上げる私を、玲はやさしい表情で見た。
「これを母さんってことにして、今から紹介する。ちょっと像の方みて」
「え、うん」
ぐいっと肩を抱き寄せられて、私はもう一度木像を見る。 玲は言った。やわらかくて優しい声の色で。
「母さん、……この人は薫。
風雅の国に、父さんみたいに助け手として来たんだけど……俺の大切なひと」
私は涙が出るような気持ちで玲を見上げる。
「ってことでよろしく」
玲は木像ににっこり微笑んで、気のせいか像もきらっと光った感じがした。
「今のはちょっと練習。昨日は父さんに言えなかったから、もう一眠りして起きてきたら同じ事言うから。……今みたいに、紹介していい?」
玲の瞳がほんの少し、揺れた。私はもちろんと思って、しっかりと頷く。
「めちゃくちゃうれしい」
「じゃあ、そうする」
そう言って玲は笑って、私の額にそっと手を当てる。
「熱はほとんど下がったな」
「うん。まだちょっとだるいけど……怖い夢も見なかったよ。龍樹さんの特効薬、めっちゃ効いた」
「よかった」
玲はほっとしたような笑顔を見せて、私たちはあと少しの間、それぞれ布団に戻ることにした。




