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108. こじらせ王子と西の砦へ

 朝食は、ごはんと味噌汁、漬物と、昨日話題にあがった小魚の煮付けをおいしく食べて、食後のお茶までいただいていた時、外から馬のいななきが聞こえてきた。


 (アキラ)は龍樹さんに私を紹介すると言っていたけれど、黙ったまま朝食を食べ終えて御者役の(ハヤセ)が来てしまった。私たちも行かなきゃと思いつつ、私から話を振るのもなあと、玲を横目で見る。

 ……と、なんだか玲の顔が妙に赤い……?


「おっ、(ハヤセ)が来たかな」


 龍樹さんが立ち上がり、玄関の扉を開ける。


「おー玲、薫、龍樹さん、おっはよー!」


 軽快に滝が玄関から顔を見せたと同時に、玲ががたんと立ち上がって、彼に言った。


「滝、すぐ用意して出てくるから、ちょっと馬車で待っててくれ!」


 滝はきょとんとして、いいぜと言って馬車の方に戻って行く。私は荷物はなかったので、龍樹さんの傍に歩み寄っていく玲についていった。


 当の龍樹さんは、なんだかすごく面白そうに笑って玲を見てる……きっと、龍樹さんのこういう雰囲気に、からかわれてると思って玲は怒っちゃうんだろうなあと思いながら、私は玲の隣に立った。


「玲、どうした?」


「父さん!」


 異様に大声で呼びかける玲。私も龍樹さんも沈黙して、玲を見た。

 まっ赤になってる……かわいすぎるんですけど。

 玲は俯いて、言った。かなりの大声で。


「昨日は色々してもらって感謝してる!

 この人は、薫。俺の、大事なひとだから!

 これからも、よろしく!」


 そして俯いたまま、行くぞ薫! と言って、玲は風のように外に出て行き……笑った顔のまま固まってしまった私と、途中から(コラ)えきれずにくっくと笑っていた龍樹さんの二人が残された。


「……あっ、あの、いろいろ、お世話になりました、龍樹さん……」


 必死でそれだけを言う私に、笑いながら龍樹さんは頷く。涙を流さんばかりに笑っている。


「あー……あいつ、面白すぎるな。

 今後もよろしくな、薫ちゃん。玲はあんな感じで、まだまだ絶賛(ゼッサン)思春期中なんだが……」


 それだけ言って、一瞬、龍樹さんは言葉を切って笑いをおさめ、とても優しい目をして続けた。


「自慢の息子なんだ。俺からも玲をよろしく頼むな」


 そのハスキーな声は玲への愛にあふれていて、私は深く頷いた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。がんばりますね、私!」


 力こぶを作るみたいにして私が言うと、龍樹さんはにやっと笑って。


「おっと、それほどがんばらなくていい。ゆっくりな。それでまたケーキ食べに来たらいい」


 私は涙が出そうな気持ちで、はい、と笑った。自慢の息子だってよ、玲。と思いながら。



     ◇



 翡翠宮から龍樹さんの家までは馬車だと三十分くらい。そして西の砦は、龍樹さんの家から馬車で、休憩しながら六時間くらいかかる場所にあった。


 途中、馬を休ませるため、二時間おきくらいに休憩しながら進む道中、玲は最初、照れてるのか黙ったままだった。


 私も体調は前日より回復していたので、窓の外を眺めながら呑気に座ってた。すると小一時間くらい経ったとき、不意に玲が小さく言った。


「ほんとはもっと、さりげなく紹介したかったんだけど」


 言われて私は、このひとどこまでもかわいすぎるなと思ってときめいている。

 それで、私はそうっと言った。


「自慢の息子って」


「え?」


 意味がわからないと言うように、玲が私を見た。


「玲が出て行った後、龍樹さんが私に、玲は自慢の息子だからよろしくって言ってくれたよ」


 聞いて、玲の瞳が驚いたように見開かれた。

 大丈夫、大丈夫。めっちゃ愛されてるんだよ、と思いながら、私は玲の手を軽く握る。玲は、ふうと息をついて。


「直接言ってくれって感じだよな」


 ため息混じりにそう言った。でも、その声は震えそうに優しく響いて、もしかして私の調子の悪さも多少は二人の役に立ったのかもと、少しパワーをもらった感じになった。



     ◇



西の砦に到着して、翡翠と西羅(サイラ)がにこやかに迎えてくれた。


「玲、薫、滝! よく来てくれたわ」


「翡翠、西羅も、突然ごめんね」


「大丈夫よ。今日はゆっくり寝て、明日、私と西羅で浄化の儀式を行う予定よ」


「よろしく頼むな」

 穏やかに玲が言って、


「明日の夜まで、大事をとって泊まって行ってね」

 翡翠が笑ったその時だった。


"ジョウカ ハ イヤダ。"


 びくんと私の身体が震えた。驚きすぎて一瞬呼吸が止まる。


「薫?」


 玲が心配そうに覗き込む。


「あ、ごめん、なんか今、頭に変な声」


 その後は、痛みも声も、何もなくなった。ただ、べたりと泥を塗られたような嫌な感じが、胸の奥に残っていた。


「大丈夫、気のせいだったみたい」


 私がなんとか微笑むと、玲も翡翠も、ほっとした表情になる。


「ひとまずお風呂に入って、その後夕食にしましょう。ここには温泉があるの。薫は体調よくない時はすぐ教えてね」


 気を取り直すように翡翠が言って、皆で砦の中に入った。


 浄化は嫌?


 頭に響いた声だけが、気持ち悪く心に残った。


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