第6話:絶世の美少女と野獣の王
――微睡みながら、ぼんやりと夢を思いだす。
血に濡れた自分を、夢の中で幾度となく追体験した。
人を殺し、獣を斬り、命を賭した戦いの光景が繰り返される。
その光景に言い訳する心はなく、ただ必要だったからと思い、何度も何度も同じ夢を繰り返し見たのだった。
――眩しくて、ゆっくりと瞼を開く。
見ると、カーテンの隙間から差し込む日差しが、宙を舞う埃を照らしていた。
小鳥の囀りがかすかに耳に届き、意識を少しだけはっきりさせる。
「……ああ、そういえば。私は――」
――澄んだ鈴のようで、どこか艶を帯びている声が、自身の喉から軽やかに響き、発声された。
昨日は余裕がなく、あえて気にしないようにしていたが、なんと美しい声色だろうか。
ゆっくりとした動作で身体を起こすと、胸元でたゆんと揺れる感覚に、思わず息が止まる。
視線を下げると見えたのは、前に起床した時にはなかった、均整の取れた絶世の美少女の裸身――その張りのある豊満な乳房。
けれど、不思議と心は動じない。
羞恥も、昂ぶりもなく、まるで、自身の体を観察しているだけかのように、冷静だ。
滑らかで弾力のある胸を軽く揉んでみても、全く心は揺らがず、スベスベで柔らかいといった感想しか出てこない。
むしろ、研究対象を観察するような無感動さすらあり、自分の精神状態に僅かな恐怖を覚える……。
(……これはもしかして、精神にも影響が? )
さらに悪いことに、何気なく髪を耳にかける仕草や、ベッドの上で脚を揃えて座った姿勢が――あまりにも女性らしかった。
自分の意識とは無関係に、身体が勝手にそう振る舞っている――。
――そう思い、背筋に寒気が走った。
「…………………………」
心に暗雲が立ち込め、沈黙する。
神の悪戯で絶世の美少女になり、これからも自身を襲うであろう苦難を思うと、胸の奥に不安がじわりと沈んでいった。
きゅるるるる〜
「――そういえばお腹がすきましたね……」
可愛らしい音でお腹が鳴った。
変に気が沈むのは空腹のせいかもしれない、と少しポジティブに考える。
保存食などはウルフの群れに大盤振る舞いした結果、底をついて残っていない。
ウルフの死骸はいくらか万物保管庫にしまっているが、直ぐに食べられるものでもなかった。
眠気が覚めたら食事に行こう……。
――そう考えるも、ぼんやりとした思考のままベッドに座っていた。
全裸のままで。
――――――――――――
「…の部屋…?」
「そう…す。ラ…ウギ…ド長」
お腹も空いたのでそろそろ行動に移そうと再度考えていると、何やらボソボソとした話し声が聞こえてきた――次の瞬間。
突然「バンッ!」と勢いよくドアが開け放たれた。
「おはよう!よく眠っていたみてえだな!!礼を言いに ……きた……ぞ??」
「ギルド長! いくらギルド長といっても女性の部屋をいきなり開けちゃダメですよ! ゲイさんでも許可はとってください!」
まず思ったことはとにかくデカイということだった。
異世界に来てからでも、これほどの巨体を持つ男を見たことはない。
袖のない警官のような服装を着ている獣人で、全体的にとても毛深かった。
顔も本来はかなり厳ついであろうと予想できるが、今はハトが豆鉄砲を喰らったような表情をしている。
その男へ当たり前の注意を行い、後ろから顔を出したのは、昨日この部屋へ案内してくれたギルド職員だ。彼女は私の姿を見て、顔を青ざめ面白いほどに焦り始めた。
「あああああああ!? すみませんほんとうにすみません!! ギルド長! さっさと部屋から出てっ! ハリーハリーハリーッッ!! ……ごめんなさい! また後で謝らせてください!!」
……何か言う間もなく、二人は逃げるように退散した。
男性に完全に無防備な裸を見られてしまった。
なのに危機感を覚えず、全く反応できないのは問題かもしれない……。
男だった時の調子でいたのはまずかったと反省し、頭を掻く。
そして、色々と思考を巡らせ――結論を出した。
まずは服を着よう。
――――――――――――
――冒険者ギルド長の執務室では、怒鳴り散らしている女性と、大きな体を縮こまらせて正座をしている獣人の男性がいた。
「ラゴウギルド長! もう! 何でいきなりドアを開けるんですか!? ゲイさんだとしても相手はそれを知らないんですよ!! 礼節を持ってノックをして! 返事をもらって! そ、れ、か、ら! 入るんです!! あんな綺麗な人の裸を見るなんて!! ゲイさんといってもギルド長は男性なんですよ! 覗きという! もう、立派な犯罪ですからね!!」
女性――冒険者ギルド職員のアリシアは憤懣遣る方無い様子だ。
男性――冒険者ギルド長のラゴウは、流石に反省しているのか、一方的な非難を反論もせずに聞いているように見える。
しかし、その脳裏には、先ほど見た奇跡のような裸体が思い浮かんでいた。
――おかしい、何で頭から消えないんだ……。オレは……真正のゲイとして誇りをもっている……。喰ってきた活きのいいヤロウは数しれずっ! そんな……オレがっ!! ――ま、負けないっ! オレはっ! ゲイの王なんだ!! あ、あんな……裸を見た、くらいで……――
ラゴウは倒れた。
原因は受け入れられない現実による脳疲労のせいだ。
書類仕事ですら苦手としているラゴウには耐えられない負荷だったのである。
「え? ギルド長? どうしたのですか? ……鼻血が出てる?…………ひ、人を連れてくるので、待っていてくださいねっ!」
こうして、コルン村冒険者ギルドの慌ただしい一日が始まろうとしていた。




