第24話:ゴブリンヒーロー
冒険者たちがゴブリンの集落を目にした瞬間、空気が張りつめた。
苔むした岩壁の大穴から漂う腐臭と、乾いた血の匂いが鼻を刺す。
遠くで、くぐもった笑い声が風に混じって聞こえた。
「……ここまで大きなゴブリンの拠点は初めてね」
エリンが杖を握り直す。
すると、ヴァルターが前に出て、大剣を担いだ。刃がわずかに陽を反射して、白く光る。
「エリン、巣穴内への魔法での先制は控えよう。中にはまだ生存者がいる可能性もある」
「……私は全滅させることができるならそれも良いと思いますが、多数の横穴から逃げ出されたり、穴の多さから掘ることが得意なスキル持ちがいる可能性も考えると難しいでしょう。なので、誘き寄せ、魔法で数を減らし、それから巣穴に突入すべきかと」
作戦としてはシンプルな部類であるが、合理的だと判断したのか、ヴァルターとエリンの二人のみならず、他の冒険者たちも頷いた。
冒険者たちの視線には熱がこもっている。
皆が真剣にこの作戦に臨んでいるようだ。
「よし、それではまず、見える範囲のゴブリンを始末しよう。お前たちブロンズランク冒険者は、周囲の警戒と逃亡するゴブリンの始末を確実に行え」
ヴァルターが冒険者たちに指示する。その瞳には、若い見た目とは裏腹に、冷徹な指導者としての威厳が備わっていた。頼もしい限りだ。
「戦闘が始まれば戦闘音に気づいたゴブリンたちが巣穴から出てくるだろう。エリンと静流は支援を頼む」
「ええ、まかせて!」
「了解です。トラップに警戒してください」
三人で視線を交わし、わずかに頷き合う。
それを皮切りに――ヴァルターが地を蹴った。
地面が一瞬沈むほどの踏み込み。彼の姿が残像と化し、集落に散らばっていたゴブリンのうち、近くにいた一体の頭をその大剣で弾き飛ばす。
その威力は凄まじく、ゴブリンの頭は粉々に砕け散った。
「グギャッ!? ギィイイイイイ!」
周囲にいたゴブリンたちの甲高い悲鳴が周囲に響き渡る。
それを聞きつけ、地上の住処や壁面の巣穴から、合計で百を優に超えるゴブリンの群れが、ぞろぞろと姿を現した。
「出てきたわね……!」
エリンが杖を掲げ、淡い光を放つ。
「――照らせ、世界を。イルミナフラーレ!」
杖から放たれた指向性を持った閃光が、巣穴から出てきた多数のゴブリンを照らした。
激しい熱はゴブリンに伝播し、その体を焼いていく。
「ギャアアアァ!」
悲鳴が重なり、地表に出てきたばかりのゴブリンの群れは黒煙を上げて崩れ落ちる。エリンの光魔法は、戦術級の威力があった。魔法による殲滅力は、まるで現代兵器を連想させる。
しかし、次々とゴブリンは現れ、尽きる様子がない。魔法は範囲攻撃だ。疎らに迫るゴブリン相手には有効打とならないだろう。
「……私も行きますね、エリン」
駆け出し、ヴァルターと共に生き残りのゴブリンを討伐する。
黒衣のスキル、千変万化で大剣を選択する。大きな形へ変形させるぶん消耗も増し、動きも多少激しくなるが、攻撃範囲を広げて殲滅速度を優先する。
戦闘が始まって暫く経つも、散発的に出てくるゴブリンは途切れる様子を見せない。エリンも魔法による消耗を抑えるため、ミスリルランクの身体能力を活かし、接近戦で数を減らす方向にシフトする。
「……流石に異常すぎるわ。もう五百匹以上は殺してるはずなのに」
エリンが言った異常を皆が感じているだろう。集落規模であっても、数百も殺せば大体底をつき、逃げ出すゴブリンも出てくるのが当然。
死を恐れず、私たちに無謀な突撃を繰り返す姿は、まるで何かを必死に守ろうとしているようだ。
「――これは、特殊上位種がいる可能性も考えるべきだな」
「……特殊上位種?」
ヴァルターの発言を拾い尋ねる。
私が知っているゴブリンの上位種はキングゴブリンが最上位である。特殊上位種と称される存在は初めて知った。
「キングが出現するほどの群れなら、巣穴になど籠もらない。しかし、これほど育った集団が、巣穴から出て行動を開始していなかったのは、特殊上位種がいたからだろう」
「……マザーゴブリンじゃないでしょうね?」
「マザーゴブリン……ですか?」
名前からしてゴブリンを産み出す存在。そのマザーゴブリンを守るため、ゴブリンたちは巣穴に籠もるのだろうか。
「マザーゴブリンは魔人級の魔物だ。あらゆる雄を虜にし、ゴブリンを生み続けるイレギュラー的存在。単体での強さも、特殊進化体のゴブリンヒーローに匹敵する。実力はミスリルランクだ」
魔人級に特殊進化体。全く聞いたことがない存在だった。
この世界に来て三ヶ月間、主に生活基盤の安定や勉強に力を入れてきたが、魔物の知識は多くない。
字面で推測すると人型の強い魔物が魔人種、イレギュラー的進化が特殊進化体と思われるが。
「過去にキングとヒーローの二体がいた群れと戦った時は、正直死ぬかと思ったわ。どちらか一体いるだけで、ミスリルランクに匹敵する集団だったのよ。……その時は私とヴァル以外の高ランク冒険者たちもいた。けど、それでも何度か、危機的な状況に追い込まれた。ここにマザーゴブリンがいるなら、かなり危険ね……」
「……撤退しますか? 間引きはできましたし、一旦引いて防衛に徹するのも手ですが」
もし発見した段階で攻撃を仕掛けていたら、ただでは済まなかった。そう考えると、頬を冷や汗が伝う。危うかった事実に背筋も凍りつきそうだ。
「――来るぞ!」
ヴァルターが短く警告した瞬間、巣穴から凄まじい勢いで一つの影が強襲を仕掛けてきた。
その一撃を大剣で受け止めたヴァルターの体が、地面を滑る。
「くっ! こいつはヒーローだ! 注意しろ!!」
影の正体は話に出たゴブリンヒーローらしい。その姿は通常のゴブリンと違い、精悍な顔をしている。全体的に筋肉質な体形で、立派な角が生えていた。
撤退するとしても、このゴブリンがいては阻止されるだろう。
「取り巻きを連れずに出てくるなんて、……嫌な予感がするわ」
「これがゴブリンヒーローですか。基本的な姿は普通のゴブリンと大きく変わりませんが、力と速度は比べ物になりませんね」
その言葉の直後、ヴァルターの足元がわずかに沈んだ。
ヴァルターが飛び退くと、地面が崩れ、下から竹槍のような罠が突き出してきた。
「罠を利用するほどの知性が……?」
「偶然じゃないなら、知能が高いわね」
特殊進化体というだけあり、通常の魔物とは異なる進化をしているのかもしれない。あの小さな体に騙されないようにしよう。
ヴァルターは私たちの前に立ち、大剣を再び構え、ゴブリンヒーローと相対する。
一筋縄では行かない雰囲気だ。
「【解析】」
支援のため、解析をゴブリンヒーローに発動する。メインで戦うのは私ではないので、多少の消耗は問題ない。
[解析結果]
名称:《ゴブリンヒーロー》
ランク:ミスリル
スキル:【衝撃】【斬撃】【光の加護】
「……ふぅ。奴の、スキルを調べました」
「……なんだと? ……まさか鑑定スキルか?」
「……とりあえず、聞かせてちょうだい」
解析の使用で思っていたより体力を消耗したので、端的にスキル名を伝えた。
「スキルは三つ、【衝撃】【斬撃】【光の加護】です。……説明はいりますか?」
「――いや、それだけわかれば十分だ」
「加護持ちのヒーロー……。厄介ね」
「ギギギギギィィ……!」
喉を鳴らしながら、両手に刃を掲げるその姿――スキルを使う前触れのようだ。眼光が怪しく光り、その力が解放される。
「ギーギリィ、ギギリイィ!!」
放たれたのは、破滅的な威力を感じさせるエネルギーの塊だった。
――まともに受ければ、ただでは済まない。
「くそっ! 仕方ない……! ――【欲望を糧に】【狂化】!!」
「聖域をここに――サンクティアヴェール」
「っ! ――【千変万化】」
ヴァルターがスキルで相殺を狙い、エリンは神聖魔法による結界を張ったようだ。
私は二人を信じ、千変万化で黒衣を槍に変形させ、大技後の硬直を狙う。
だが、ぎりぎりで気づかれ、躱されてしまった。顔を狙わず、胴体に投げていれば良かったか。
槍はそのまま、奴の背後にある暗い巣穴に消えていった。
破壊のエネルギーは結界によって威力を減じられながらもヴァルターに迫る。
その時、ヴァルターの様子が豹変する。
普段の落ち着いた雰囲気は消え失せ、黒いオーラを纏い、狂気に満ちた荒々しい叫びを上げた。
「――ッッオオオオオオオオォォォォッ!!!」
振り下ろされた大剣により、破壊のエネルギーが一刀両断され、斬撃が深く地面を抉る。
両断されたエネルギーは音もなく霧散した。
「アレは後が大変なのよね……」
エリンが小さく呟いた。
かなりの大技だったので、何かリスクがあるのだろうか?
「……何が大変なんですか?」
「……それよりもシズル。さっき槍を投げてなかった? 惜しかったわよね」
「……躱されてしまいましたけどね」
何か誤魔化された気もするが、戦闘に集中しよう。槍を投げたことで敵愾心を持たれたかもしれない。
仕掛けた罠はタイミングが重要だ。上手く誘導しなければ。
意識を前方に移した――次の瞬間。
戦場が爆ぜた。




