第23話:職業の開示とゴブリン集落到着
森の空気は、ひんやりとして澄んでいた。
朝の光が葉の間から差し込み、湿った苔の香りが漂う。
十数名の冒険者たちは、それぞれ距離を保ちながら静かに行進していた。
足音と装備のきしみが、規則的なリズムを刻む。
――意外なことに、動物や魔物の気配はまったくなかった。
森が、まるで何かを警戒して息を潜めているようだった。
「……妙に静かだな」
ヴァルターが低く呟く。
彼の声に反応して、先頭を歩く静流も頷いた。
「ええ。まるで、獣たちが何かに怯えているようです」
「ゴブリンの巣が近いせいか」
「……何か起こっているのかもしれないわ」
エリンの言葉には、淡い警戒と共に微かな緊張が滲んでいた。
それでも道中は穏やかに過ぎていく。
やがて森の奥へ進むにつれ、鳥の声すら遠のいていった。
そんな中、自然と会話が生まれた。
沈黙を埋めるように、エリンがふと尋ねる。
「そういえば私たち、職業について詳しく話し合ってなかったわね」
「……そうだったな。俺から言おう」
ヴァルターはわずかに口角を上げ、短く答えた。
「俺の職業は――狂戦士だ」
「……狂戦士?」
静流が思わず振り返る。
あの冷静な男の口から出るには、あまりにも意外な言葉だった。
「意外でしょう?」
エリンは楽しそうに手で口元を隠して笑い。
ヴァルターは苦笑しながら肩をすくめた。
「俺も何故狂戦士なのかと今でも思っている……。だが職業は“狂化”がメインの職業スキルである狂戦士だ。一時的に身体能力が跳ね上がる代わりに理性を削るから、あくまでもピンチを打開するためのスキルと考えてくれ。俺はあくまで冷静に戦うのが信条だからな」
その言葉には、長年の戦場で培った自制と誇りが滲んでいた。
静流は少し感心したように微笑む。
「……確かに、ヴァルターが取り乱すところなんて想像できません」
「そうだろう?」
彼は短く笑った。その笑みは、鋼のように静かだった。
エリンがその会話に続くように口を開く。
「私はハイプリースト。基本は神聖魔法で回復を担うけど、光属性の攻撃魔法も使えるの」
「頼もしいですね。……何か接近された時の手段等はありますか?」
静流の言葉に、エリンが甘いと言いたげに指を振る。
「静流、後衛しか出来ない魔法使いは足手まといよ!攻撃に織り交ぜて魔法を使って接近戦ができて一人前なの!」
「……ふふ、エリンらしい発言ですね。でも近接職以外では近接で戦えない人のほうが多いですよ」
「幾つもの戦場を越えてきた。その実力は保証するぞ」
ヴァルターも目を細め、言いながら頷いたが、今度は静流に視線を向ける。
「静流の職業は何だ?一度ウルフとの戦いは見たが、技術だけで仕留めただろう?」
「……大きい声で言えないけど、黒衣にインベントリのスキルがあるじゃない?もしかして職業が関係してたりするのかしら?」
「……エリン、流石ですね。黒衣は私の職業錬成術師の象徴といえる装備だと考えています」
ヴァルターとエリンが興味深げに首を傾げる。
静流は歩調を緩め、羽織っている黒衣を軽く摘まんだ。
「戦いでも――これを使います」
「その黒衣はインベントリ以外も?」
「はい。これは……“神の悪戯”で手に入れたものなんです」
「……神の悪戯か」
ヴァルターが目を細めた。
静流は一瞬言葉を選ぶように息を整え、淡々と続けた。
「この黒衣にはインベントリ以外にもスキルがあって、あらゆる武具に変形可能で、重量も所有者の私にはとても軽いです」
「なるほど……。お伽噺で聞いたことがあるようなスキルね!」
エリンが目を輝かせる。
静流は控えめに頷いた。
「これがあったから生き残れました。今回の討伐戦でも十分役に立てるかと。足手まといにはならないように頑張ります」
「足手まといどころか静流がいなきゃ発見も出来なかったかもしれないわよ?」
エリンが柔らかく笑う。
静流はその笑顔を見て、一瞬だけ心が温かくなった。
だが同時に――ふと鏡に映る自分を思い出す。
胸の奥に、またあの違和感が広がった。
(……私は今、“女性”として見られている)
足取りが少しだけ鈍る。
静流は気持ちを切り替えるため、深く息を吸い、心を整えた。
雑談をしながら目的地へと向かっている静流・ヴァルター・エリン。
そんな三人のやり取りを後方の冒険者たちは少し距離を置いて眺めていた。
「見ろよ、あの三人……美形揃いだよな」
「ヴァルターさん、やっぱカッコいいな。あの背中、惚れるわ」
「エリンさんは綺麗で声が凛としてて活発なのがギャップもあってイイよな」
「でも一番ヤバいのはあの静流って子だろ……あの容姿に雰囲気、なんていうか……」
「……正直オンジさんが羨ましいよ。あの身体を……」
「確かに羨ましかったけど、……オンジさん……腕なくなっちゃったぜ?」
「見てるだけで満足するしかないさ……」
「ヴァルターさんハーレムだな」
小声で囁き合う冒険者たち。
それを聞いていた女性冒険者が苦笑しながら肩をすくめた。
「まったく、任務中によくそんな余裕があるわね」
「誰だって気にならないか?まさに絶世の美少女だぞ?」
「……まあ、わからなくもないけど」
そんな軽口が飛び交う中、隊列は静かに森を抜けていく。
「そろそろ到着します、皆さん静かについてきて下さい」
木々の隙間から差し込む光が、やがて広い空間を照らした。
開けた所に見える幾つもの大穴。
岩肌の住処と周りに夥しいほど散らばる大小の骨――
――ゴブリンの集落に到着したのだ。
静流は立ち止まり、黒衣の裾を掴む。
ヴァルターとエリンも無言で前へ出た。
「……着いたようね」
「ええ。ここからが本番です」
「一仕事と行こうか」
ヴァルターの目が細く光る。
その瞬間、先ほどまで穏やかだった空気が一変した。
森が再び息を潜め、風が止む。
静流は無意識に息を整えた。
心臓の鼓動が、再び早まっていく。
――戦いが、いま始まろうとしていた。




