第10話:ラゴウの頼み事と冒険者証
ラゴウは静かにドアを閉めると、腕を組んでこちらを見下ろした。
その隣でアリシアが控えめに立っている。
「落ち着いたか?……悪かったな。朝の件もそうだが、恩人に失礼を働いちまった。オンジには俺が立場ってもんを理解させてやったから、許してやってくれ。あんな奴でもこの村では腕利きでな」
アリシアが口を挟む。
「ギルドとしては罰を下せません。先ほど説明したギルドの規則がありますから……」
「わかっています……。私が、“弱かった”のが一番悪いのだと」
頷きながらも、怒りと恐怖を忘れたわけではない。
次にオンジが怪しい行動をすれば許しはしない。
……それにしても、何故全く抵抗できなかったのかが未だに理解できない。まるで、敗北イベントのように強制力を感じた。
「……全く抵抗できませんでした」
ラゴウは鼻で笑った。
「当たりめえだ。お前は“女”なんだ。恐怖や戸惑いで縛られるのは自然なことだ。だがな、冒険者でいる以上、“次も助かる”と思うなよ。今回はたまたま俺がいたから助かっただけだ」
アリシアが静かに続ける。
「……私も女ですから、あなたの気持ちはよく分かります。あの場で助けたいと思ったのに、結局は何もできませんでした。でも……正直に言えば、それが“普通”なんです。弱い私たちは、恐怖に縛られてしまう。だから、ただやり過ごすしかないことも多いんです。
悔しいけれど……それが冒険者の世界で女が生きるということなんです」
ある程度は知っていた。一般の女性が無事でいるには、理不尽を諦めてやり過ごすしかないことを……。
――女の立場を知っていたつもりだった。
女性という立場がもたらす社会的な危険性。力ある男に狙われやすく、冒険者としても軽んじられるという難易度の高さ。
――この身体のリスクも理解しているつもりだった。
魔物をいくら狩って強くなっても、体格や体力の差は埋められないほど大きいという現実。
そこまでは覚悟していた。
だが、実際に“女の身体”を持って初めて知った。
肉体そのものが心に影響を及ぼすことを。
恐怖や戸惑いは理性でねじ伏せられるはずだった。
それなのに――背後からの重みと、無遠慮に触れられた瞬間、身体が勝手に硬直し、思考までも絡め取られてしまった。
「私は、弱いですね……」
思わず口に出た言葉は、自嘲に近かった。
魔物を殺して経験を積み、強くなったとしても、この“身体が抱える弱さ”は消えない。
体形の差、体力の差に加えて、不可解な程に男に逆らえない。
深く息を吐いた。
……これが、女として生きるということか。
強さを求めるだけでは届かない壁がある。
それを突きつけられた現実が、何よりも重く心にのしかかっていた。
克服できるのだろうか……。
自分の両手を見つめ、答えのない問いに沈んでいた。
その時、低い声が静寂を破った。
「――ひとつ、頼みがある」
顔を上げると、ラゴウと目があった。
その眼差しには、先ほどまでの厳しさと違う、重い責任の色が混じっている。
「……頼み事、ですか?」
「そうだ」
私の問いに、ラゴウはわずかに頷き、言葉を続けた。
「東の森でゴブリンが異常繁殖している可能性が高い。先日、村を襲ってきた群れは……実のところ“極一部”に過ぎねえだろう」
黙って頷いて、続きを促す。
「放っておけば、そのうち村では手に負えねえ事態になる。だから、異常繁殖の原因が何かを突き止めねえとダメなんだ」
ラゴウの声は淡々としていたが、その裏に隠された焦りを静流は感じ取った。
「……それを私に?」
「そうだ。男に襲われ心が揺らぐのは分かる。女のお前には、なおさら重え現実だろう。だがな――」
ラゴウは静流の目を真っ直ぐに射抜いた。
「心が弱えなら、その分、身体を極限まで鍛えろ。力を得ろ。それだけで嫌なことを回避できる可能性は広がる。村に残って怯えているよりも、外で戦い、強くなれ」
そして、少し声を落として続けた。
「……それに村から一度は距離を取った方がいいだろう。あの場の記憶を引きずっちまえば心が折れる。外に出て戦い答えを見つけてこい。それが静流、お前自身のためにもなる」
私は息を呑んだ。
ラゴウの言葉は厳しいが、何より正しく、今までの自身の方針とも一致していた。
――自分が女として生きる限り、逃げ場はない。
ならば、せめて力で抗うしかないのだ。
小さく頷き了承の意を示す。
「……分かりました。原因を調べてきます」
その声はまだ揺らぎを含んでいたが、確かに前へ踏み出す決意が宿っていた。
ラゴウとの話を終えると、アリシアに案内されてギルドの受付へ向かった。
まずは発行された冒険者証を受け取る。
【冒険者証】
職業:錬成術師
名前:白神静流
ランク:ブロンズ
特記:ゴブリンの群れ討伐実績あり
それと大きめの報酬袋を渡された。
「こちらが昨日の報酬と朝のお詫びです。……シズルさん、お気をつけて」
アリシアの声音には、先ほどの諦観とは違う、わずかな祈りのような響きがあった。
礼を言い歩きだすと、周囲から多種多様な視線が突き刺さるが、極力気にせずにギルドを出るのだった。
その足で道具屋に向かい、旅支度を整える。干し肉や乾パン、薬草等の錬成で使えそうな素材、火打石や小型の鍋、予備の水袋も忘れない。
錬成で素材から作成も可能だが、わずかでも体力や気力といったものを消費することを避ける為購入しておいた。
万物保管庫があるのだから、持ち物の種類を充実させて置くにこしたことはない、それに時間は有限だから省ける手間は省くに限る。
最終的には財布が許す限りの物品を買い漁ってインベントリへ仕舞い込み、両手を自由にして店を出て、村へやってきたときと同じ道を歩き始めた。
ここを出れば、もう誰も助けてはくれない。
頼れるのは己の力と、積み重ねる経験だけだ。
息を整え心の準備をする。
「……行きますか」
小さな独り言と共に、村を背にして歩き出した。
行き先は、ゴブリンが異常繁殖しているという東の森。
コルンにやってきた時は夜で、ウルフの時間だった。
明るい時間はゴブリンの時間なのかもしれない。
『心が弱えなら、その分、身体を極限まで鍛えろ。力を得ろ。それだけで生き残れる可能性は広がる。村に残って怯えているよりも、外で戦い、強くなれ』
ふと、ラゴウギルド長が言った言葉が脳裏に浮かんだ。
女性の身体が男に対して感じるトラウマのような恐怖心等を払拭する事は難しいだろう。
――それでも、恐怖に縛られて立ち止まるくらいなら、前へ進み、力で打ち破るしかないのだ。




