第7話:体調復帰と冒険者登録手続き
二人の男女が騒がしく去って少し経った頃、白神静流は衣類を着用し、壁際の姿見でコーデの確認をしていた。
その衣服は万物保管庫内の繊維素材で作成した伸縮性のある白のブラウスと黒のハイウエストパンツだ。
「露出の少ないビジュアルコーデが動きやすいですね」
簡単にポーズをとったり身体を動かしながら、衣服の着こなしを確認する。
衣服を強化したかったが、特別な素材を入手するまでは普通の服装で我慢して、黒衣や体術スキルで臨機応変に対応する予定だ。
特別な素材がなくても防御力を底上げしようとも考えたが、多くの命を奪い命源を吸収してきたことで身体能力や肉体強度も上がっている。
人と魔物どちらを相手にしても機動力が重要であり、スタミナのなさが一応の弱点であるので、重装備は避けたい。
素材はいつでも錬成で活用可能なので、切り札の手数が減るのも微妙だ。
それに、防御に関しては万物保管庫に錬成した盾を入れておけば、緊急時に取り出すだけでいざという時は対応できる。
錬成や万物保管庫を発動すると体力や気力といったものを消費するので、身に纏う装備も重要ではあるのだが、そう激しい消費でもないので優先度は高くない。
黒衣を変化させ続けると体力の消耗が地味に多かったので、何事もなければ普段は黒衣を羽織る形になる。
なので黒衣に併せるシンプルな色合いのコーデで落ち着いたのだった。
「いつものこととはいえ、裸で眠ったのはまずかったですね……」
女性として初めての眠り、ベッドに潜る時は裸が多かったので、何も疑問に思わずそのまま眠ってしまった。
それに極度の疲労と徹夜による眠気にはもう耐えられなかったという事情もある……。
そのせいでギルド長という大男に無防備な裸身を真正面から晒してしまったので、対策せず放置すると危機感が欠如していると言われても仕方がない。
ギルド職員の女性が言っていたゲイさんというのが同性愛者ということであれば、先ほどのことはそんなに気にしないで良いのだが、 襲われなかったのは運が良かっただけかもしれない……。
ギルド長と呼ばれていたのは獣人の男だった。
獣人は身体能力に特化しているので、あの巨体で襲われると危ない。
襲われる可能性を排除しない方がいいだろうか?
……そういえば、ルブランで読んだ本が正しいなら、私の強さは冒険者のゴールドランクと同等かそれ以上。
本にはウルフの群れ単独討伐がゴールドランクの目安の一つと書いてあった。
その上のミスリルやオリハルコンランクの冒険者が、このコルンにいたのなら、ゴブリンの群れ程度に困るわけがない。
それならギルド長が私より強いという可能性は低いと考えていいか。
女性になった直後と比べ、今はかなり戦闘力が上昇している。
切り札も豊富なので、狙われたとしても撃退することはそう難しくない。
夜の強行軍で思っていたより早く一般的な水準を超える強さを手に入れた。
何かあれば正当防衛で反撃が可能だ。
――その程度の力は十分についた。
「……まあ、勝手に女性の部屋へ侵入したら正当防衛の範囲です。何かしてくるようなら殺しましょう」
何よりも優先するのは身の安全だ。
もし手を出してくるのであれば仕方ない……。
自己完結し納得したところで黒衣を羽織り、もう一度姿見でコーデを確認する。
「よし。……これで大丈夫ですね」
改めて鏡を見れば、やはり絶世の美少女がこちらを見返してくる。
だが今は、それよりも……。
きゅるるる〜
「……もう我慢できない……お腹が……」
胃袋が優先だ。
部屋から出て、ギルドの一階へと早足で向かった。
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ギルド一階は昨日の騒動の余韻なのか、職員たちが右往左往と忙しない様子であった。
仕事の最中だというのに、私を見ると何故か一旦行動を中止し、皆ギョッと目を剥いて絶句している。
反応に目新しさを感じたので考えてみると、女性になってから堂々と人前に出たのが初めてだったと気づいた。
成人式では女体化の衝撃と危機感で心の余裕などなく、黒衣で身体を包み、誰の視線も避けるように肩をすくめて――そのまま足早に帰宅した。
街を出て襲ってきた三人は、すぐに敵対してそれどころではなかった。
ゴブリン掃討時にはコルンの村人や木樵に姿を晒したが、それも満身創痍で疲労もあり、とても万全といえる調子ではない。
――この優れた容姿では、堂々としているだけで人目を引いて当然か……。
一人で理由に納得していると、若い男のギルド職員が近づいてきた。
照れているのか、上気して顔が真っ赤になっている。
視線が胸にちらちらと移動しているが、それは男であれば自然なので許すしかない。
「あの……少しいいでしょうか……」
早く食事したいが、大事な話だと言うので先を促すと、今は気絶しているので後になるが、ギルド長から私に用事があるという。
そして今から食事なら、昨日の礼としてギルド酒場で無料だと教えてくれた。
今はまだ手持ちに余裕がないから、食事が無料なのは助かる。
……先ほど私の部屋に来た時は元気だったのに、この短い時間でギルド長に何があったのか。
「それでは失礼します!」
早口でそう言うと急いで離れていった。
……若い男には刺激が強かったようだ。
冒険者ギルドに併設された酒場に移動し、空いていた席に腰を下ろす。
まだ朝だと思っていたけれど、起きたのは少し遅い時間だったのか、人は疎らであった。
「すみません、何か食べられるものをお願いできますか」
話が通っていたのか、スタッフに声をかけると食事をすぐに用意してくれた。
食事はパンと豆のスープ、キノコサラダとウルフの焼き肉で、おかわりを頼んでも良いとのこと。
キヨワン村長から恩人をしっかりもてなすよう頼まれたらしい。
一応、歓待されているのか……。
しかし、村の食事はこういう感じか。
ルブランではオシャレな食事メニューが多かったが、コルンの環境では同じような食事は出ないようだ。
軽く礼を言い、朝食を頂く。
まずはスープから飲むと温かい食事が心に染み渡るようで、胃が満たされていく感覚に思わず目を細める。
「……おいしいですね……」
空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。
他の食事も体が求めていたからか、手が止まらない――。
――――――――――――
美味しかった為おかわりもしっかりと頂いた。
食事のお礼を言った後、ギルド内の休憩所で人心地をつきながら周りを観察する。
冒険者が魔物の討伐から複数チーム帰ってきたようで、酒を飲みながら成果を誇っていた。
しかし、聞こえてくる話は大したことがなく、「ウルフをチームで一匹狩ってきた」「俺らは怪我もしなかったぜ」など、低級冒険者の哀愁を感じさせる内容だった。
ダンジョンの有無で文明などに格差があり、高ランク冒険者は街に移り住む。
やはり現在のコルンに高ランク冒険者はいないのだろう。
落ち着いたので元々の目的である冒険者登録の為カウンターに向かう。
するとそこには、朝にギルド長と部屋に来ていた女性のギルド職員が、緊張した様子で待っていた。
「そ、その……私はアリシアと申します! 先ほどの件は本当に申し訳ありませんでした! 後ほどお詫びを差し上げますので、もう少しお待ち下さい!」
アリシアさんというのか。
よく見ると可愛らしい容姿をしている。
村で立場のある女性なのか、暗い影もなく、優しそうで元気な人だ。
ギルド長はともかく、別に詫びなどいらないが、貰える物は貰っておこう。
「なにか大変だったみたいですね。ギルド長が気絶してると聞きました。それより、実は冒険者登録をしたいのですが……」
早速本題に入った。
「冒険者登録ですか? ゴブリンの群れを退治したということだったので、冒険者の方だと思っていました。まずはこの用紙に、お名前と職業を記入願います。その後、冒険者証を発行している間に、この冒険者ギルドの設立と制度という小冊子を読んで待っていただきたいです」
待っている時間は暇になりやすいから、時間を有効に使って小冊子で制度を学ぶのか。
用紙を受け取り迷うことなく記入する。
氏名:白神静流
職業:錬金術師
「書きました、アリシアさん。これ読んでおきますね」
「わかりました。発行が済みましたらお呼びしますね」
空いている椅子に適当に座って小冊子を読み始める。
厚さが薄いから、すぐに読み終わりそうだ。
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【冒険者ランク制度(概要)】
冒険者ギルドは古来より存在する組織であり、希望する者にモンスターとの戦いを斡旋する役割を担ってきた。
その起源は神による設立にさかのぼり、現在はその血を引く子孫たちが冒険者ギルド本部の管理を行っている。
本部はコルンも所属しているアインス連合国の東方に位置する大国・アルシア帝国に置かれており、世界各地に支部を広げ、今なお強い影響力を保持して世界に貢献している組織である。
冒険者は実力に応じてランク分けされており、下位から順にブロンズ 、アイアン、シルバー、ゴールド、ミスリル、オリハルコンと昇格していく。
【目安】
ブロンズ:ゴブリンを単独で2体以上討伐可能。
アイアン:ウルフを単独で2体以上討伐可能。
シルバー:オークを単独で2体以上討伐可能。
ゴールド:ウルフ、オーク等の群れを討伐可能。
ミスリルやオリハルコンに至る冒険者は極めて少数であり、その存在は数えるほどしかいない。
彼らは特権を与えられ、ギルド内外において特別な地位を有している。
大多数の冒険者はブロンズまたはアイアンに留まっている。
【冒険者に関する注意事項】
・冒険者同士の争いにギルドは関与しない。
・強者は特に尊ばれる傾向がある。
・冒険者の死亡率は50%以上と非常に高い。
・貴族からの命令によって「強制依頼」が下されることもある。
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「……最後の注意事項。強制依頼は都合が悪いですね……」




