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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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199/206

欠落は埋まらず、唇は奪われる

 さて、ここにはどんな幻覚が待っていることやら。

「どうせなら、アヒルじゃなくて美女の入浴シーンでも見せてくれるといいんだけどなあ」

 なんて軽口を叩くネズミ君。

 一歩ずつ足を踏み入れる。下はコツコツという固い足音。絨毯は敷かれていないのだ。

 四方からは、剥き出しの石の壁が無愛想に僕らを見つめていた。

「なんもない部屋かな?おおわっと!」

「何!?」

 突然、驚きの声を上げたネズミ君は、あわやランプを取り落としそうになった。

「あ、いや、びっくりした。なんだよ、鏡かよ」

 と、彼をここまで驚かせた原因がわかる。そんなものは世の中には数え切れないぐらいあるのだけれど。

 左側(東)の壁の真ん中辺りに、大きな姿見が据え付けられていた。それにランプの光が反射して、向こうから誰かがやってきたように見えたのだ。

「けっ、驚かせやがって。なんだこの鏡。出来の悪いやつだな。俺の顔がネズミの化け物みたいに見えるぜ」

 鏡に悪態をついて、盗賊は他のところを調べにいってしまった。

 彼の言葉によれば、世間一般の鏡が有しているところと同じ能力を、この鏡も備え、尚且つ正常に働いているようだった。

 その証拠に、今は人生の欠落を埋める術を持ち合わせない少年が、パセティックな目でこちらを見つめていた。

 そこに、人生の欠落など生まれつき存在しないかのような、幸福感に満ちた少女が加わった。

 同じ国で同じ時間を過ごしてきたというのに、どうしてこうも差があるのだろう。そうか、鼈甲眼鏡だな。

「こんなところに急に鏡があったら、びっくりしちゃいますね」

「そうだね。一見、向こうに通じているみたいに見えるよ」

 美少女と一緒に映っていると、余計にその少年がパセティックに思えてきて、僕は鏡の正面から外れた。まるでモグラであるが、モグラに太陽は眩し過ぎる。

 すると呼び止められた。

「ゆ、勇者さん!?」

「何?」

 振り返ると、妙子はメデューサを見てしまったミロのヴィーナスのように、唖然として固まっていた。

「な、なんで勇者さんが、鏡に映ってるんですか?」

 何だって?人類モグラ科の僕が鏡に映るはずは…って、まだ死んでないか。ちゃんと足も二本ついている。

 しかし、そこで見たものは、自分の目を疑うに十分にして余りあるものだった。

 鏡の中の僕は、満面の笑顔を見せていた。爽やかで健康的な、それはまるで、この世に恐れることなんて何もない、といったような天使的微笑みだった。

 他人が顕在的に味方であることを、信じて疑わない、人類の友愛に奉仕した笑顔だった。

 そんな馬鹿な?僕が笑うことなんてあるはずがない。

「あっ!」

 おかしなことに気付いた。既に十分おかしいが、それよりも鏡の中の僕は、バスケットボールを持っていない!

 それどころか、デメキンのハンマーもないぞ。

 僕がまごついていると、鏡に映った爽やかな笑みは崩れ、欲望を丸出しにした下卑た笑いに変わっていった。

 その方が僕らしいとは言えるが、自分の笑顔を見ることほど気持ちの悪いものはない。

 ましてやそいつが、一歩一歩こちらに近づいてくるとなると!

「ひっ」

 突然迫って来た恐怖に硬直する妙子。

「き、気持ち悪…!」

 気持ち悪…?

 ……!!!

 いやらしさ全開の僕はまた一歩足を踏み出し、鏡の外の世界に靴の底をつけた。

 そうしてにゅうっと全身を抜け出させると、その顔が意図していることを行動に移したのである。それは可憐な美少女の悲鳴をダンジョンに響き渡らせることになった。

「きゃああああっ!!」

 驚くべきことに、鏡から出て来た僕は、妙子に抱きついたのだ!

 駄目だ、駄目だ。駄目だよ、僕!そんなに素直に欲望を表現しちゃ駄目だ!人が社会の中で生きていくためには、捻くれていなければいけないんだ。

 どんなに心をときめかせ、胸を高鳴らせるものがそこにあったとしても、ピュアな本心は無意識の彼方に封じ込めて抑圧せねばならないんだ!

 そうして一人ぼっちの部屋で代償行為に耽るのだ。さもなければ…。

「シャアーッ!」

 バリバリバリ!

 幻獣に引っかかれるのだ。

「イテテ…!ゲ、ゲンちゃん、僕じゃないよ!」

「シャアーッ(2回目)!」

「U r r r!」

 偽物の僕は顔を押さえて、何やらわけのわからない音で唸った。

「この破廉恥野郎!」

 ドガッと踊り子のように舞い現れた鉄子が、何の躊躇もなしに偽物の僕を蹴り飛ばした。なんか複雑。

「うわぁっ」

 急に力を感じ、床に押し倒される僕。人の戦闘をゆっくり見ている場合じゃないぞ。鏡の中から新手が出現したのだ。

 クッ、小さい割には力が強いな、この妙子。え、妙子?

 僕の上に乗っているのは、鼈甲眼鏡の美少女。白く細い指を僕の首に絡ませて、グイグイ締め付けてくる!

「グゥエ、た、妙…!」

 何か言おうとした僕の唇を、彼女の唇がそっと塞いだ。

 た、妙子…!?

 君の唇って、意外とカサカサで…。

 それに強烈に獣みたいな悪臭が!

「勇者さんから離れなさい、この化け物!」

 フッと体が軽くなり、息が楽になった。

 鉄子が妙子の腰に手を回して、ブリッジの体勢に入っている。そのままジャーマンスープレックスって、嘘、下は石床だぞ。

 と思ったら、流石の鉄子も冷静に判断したのか、ブリッジを戻して担ぎ上げると、床に叩きつけた。

「G r y u u!」

 変な悲鳴を上げた妙子は、シュワシュワと煙を上げると、サルのミイラみたいな醜い怪物に変わった。

「な、何!?」

「サルマネキだ!鏡の中に住む、人に姿を変えるモンスターだ!」

 そう言ったネズミ君にそっくりのやつが、今度は鏡から出てきた。いやらしい顔をした鉄子も。

「あたしはそんな下品な顔じゃないわよっ」

 鉄子vs鉄子のしばき合いが始まる。

「真実の愛を教えてあげるわ!」

 本物鉄子がブンっとひと薙ぎしたアオダモの棒を素早く躱すと、偽鉄子はネズミ君の腰にしがみついた。何と破廉恥な!

「あ、あわわっ!」

「見てらんないわよ、いい加減にしんしゃーいっ」

 バシッと後ろから叩かれると、偽鉄子はシュワシュワとサルのミイラに戻った。

「あ〜、怖かった」

「何が怖かったんじゃ!」

 グイッと胸倉を掴まれるネズミ君。恐怖はこれからだ。

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