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風に舞い散る勇者の如し  作者: いもたると
第四部

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不幸は生まれつき、人助けは危険

「じゃあ、私、先輩に用があるから行くね」

 いつの間にか飲み干していたアイスティーのグラスを持って、彼女は席を立った。

「う、うん」

「無学君はゆっくりしていって。ここ、プリンもおいしいんだ」

 綺麗な後ろ頭を見せて、闇野さんは去っていった。

 たった今までそこにあった女性の痕跡は綺麗になくなり、最初から一人で店に来た人と、なんら変わることのない景色になった。

 ゆっくりしていって…って。自分の家じゃあるまいし。

 ここ、お金を払えば何でも食べていいんだぜって、先輩風を吹かせてメニューを見せられるみたいな。

 …ふう。

 すっかり冷めてしまったコーヒーをすする。苦い液体が苦い少年をさらに苦くした。

 貧乏性な僕が砂糖を入れないなんてどうかしてる。

 タメイキ……。

 闇野さんにはモテてると思ったんだけどなあ。彼女と出会ってからの美しい思い出が走馬灯のように蘇る。立ちション直後に捕まったこと、魔王と呼ばれたこと。実家の納屋にあったというラスコリニコフの斧。冷めた心ですすった冷めた紅茶。なぜか女の子たちが集まってきた野営の朝。場違いな玉音の牛乳配達に駿野君の自信たっぷりな顔…。あんまり美しくもないか。

 でも、全部勘違いだったんだな。ひょっとして僕には女子(から見て魅)力があるんじゃないかと思っていたけれど。

 この学園に入って環境が変わって、仲間ができて女の子とも話すようになって。ちょっと人生上向いてきたのかなと、淡い期待を抱いていたところがあったけれど。

 やっぱり、僕が人生に希望を持つなんて、あっちゃいけないことだったんだ。それは宇宙の摂理に反しているんだ。神に対する冒涜だ。

 ふと、オレンジ色のバスケットボールが目に入る。ボールは母の腕に抱かれた赤子のように、安心しきって僕に身を委ねているように見えた。

 そういや、僕は呪われていたんだっけ。生まれつき呪われていたんだっけ。


 翌ザビエル暦六月第二週三日目は、梅雨の時期らしい、典型的に崩れがちな天気だった。勇者科の教室で会った闇野さんは、闇野さんらしい、いつもの典型的な闇野さんだった。

 いつもと変わらず典型的に謎めいていて、いつもと変わらず典型的に負のオーラを背負っていて、いつもと変わらず、典型的にかわいい女の子だった。

 クラスの中では目立つけど、アイドルになったら目立たない、そんな典型的なタイプのかわいさだった。

 僕らは普段通りの他愛もない挨拶をし、他愛もないクラスメイトとしての言葉を交わし、他愛もない時間を過ごした。二人は近づくことも離れることもなく、実に典型的な距離を保っていた。

 だから典型的に平均的な授業風景が、極めて典型的に展開されていった。

 マタドール先生は決して典型的とは言えない教師だが、僕らはもうすっかりその非典型性に慣れてしまっていた。

 トンカツを揚げるラードよりも脂ぎったテンションも、昆布だしの効いていない千枚漬けのようにあっさり受け流す術を、僕らは身につけていた。


「大丈夫だよ、そんな大袈裟にしなくても」

 午後二時より、課外活動再開である。パーティメンバーの顔には、一様に不安の色が浮かんでいた。

 あのゴキブリいっぱいの部屋を通り抜けるために、さっき僕は演習場に立ち寄って、あることを確認していたのだ。

「そ、そんなこと言って、また足を這い上がってきたらどうすんだお前」

 ネズミ君は昨日のうちに街まで出て、必要な装備を調達していた。左右の手に強力な殺虫剤のスプレーを二刀流である。

「あいつらは飛んでくるのよ」

 地獄の鬼すら恐れる無敵の女番長スケバンは、紙袋を頭から被っている。目のところだけくり抜かれているが、ご丁寧にビニールが貼ってあった。

「か、覚悟はできてますぅ」

「ミャーン」

 遺書を書いてきたという妙子は、ゲンちゃんを持ち運び用のケージに入れ、自分はレインコートにガスマスクである。どこで手に入れたんだろう。

 一応だが、僕には秘策があった。

「ほ、本当だな?駄目だったら承知しないからな!?」

 恐れながら人を脅迫するネズミ君。これから助けてあげようという人に生命を脅かされる。レスキュー隊員の苦労が偲ばれるなあ。

「もう、敵はゴキブリだけじゃないでしょうに。他にもモンスター出てきたらどうするの」

「いんや、度重なる人類の襲撃に耐えて生き延びてきたやつらだぜ。何よりも強力な敵だ」

 ネズミが怯えると屁理屈が活発になる。僕一人だったらあんなとこ通過するだけなんだけど。と、これから起こる惨劇を思ってため息をついた。

「…君たち、入るなら入る、入らないなら入らないで、早くどちらかにしてくれたまえ」

 僕らがダンジョン入り口でなんやかんややっていると、丁寧な口調で明確な悪意をぶつけられた。

 高校生にしては一際目立つ長身、甘いマスク。こいつを見ているだけで、角砂糖を入れすぎたコーヒーのように健康を蝕まれる男。勇者科クラスメイトの玉音銀次郎、とそのパーティであった。

「そこにいられると邪魔でしょうがない。僕らはこれから哀れな異世界を救いにいくんだ。早く君たちが退いてくれないと、魔王による犠牲者が増えてしまう」

「へっ、俺たちだって、これから強敵と戦いにいくんだよ」

 殺虫剤二天一流のネズミ君がすぐに反応した。今にも奥義を発動しそうな勢いである。附属出身の彼らは宿命的に仲が悪いのだ。

「ほう…。そんな武器で魔王が倒せるとは聞いたことがないが。今ここでオニオンセイバーの錆にしてくれようか」

「玉ねぎでも切ってろ、お前は」

 顔を合わせると喧嘩するんだよな〜、この二人は。どうしよう、いちいち止めるのも面倒くさい。なんて思っていたら、賢い人が治めてくれた。

「銀次郎、行きましょう。私たちに時間はないわ」

 玉音のパーティメンバー、賢者科二年の賢井かしこいさとりさんだった。学園一と言っていいだろう。絶世の美女だ。

「そうだった。こんな連中と管を巻いている暇はない。なにしろ僕たちは今、七つの異世界を掛け持ちで攻略している最中なのだから。では、お先に」

 玉音の言葉が終わる前に、三年生の人たちが通っていくので、ネズミ君も退かざるを得なかった。聖騎士科の光野岸男ひかりのきしおさんと魔法剣士科の間保剣信まほけんしんさんである。

「ああ、そうだ。ドリブルするときはもっと腰を低く。ボールを手のひらで押し付けるように。それではまるでボールにドリブルされているみたいだ」

 嫌らしいニヤニヤ笑いを残して闇へと消えていった。玉音の大きな背中の後を、華奢な賢井さんが付いていく。一度こちらに意味ありげな視線をくれて。

 ムーッ!

 その通りだよ!呪われてるから放っておいても勝手に戻ってくるんだよ!

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