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オール・アロング・ザ・ウォッチ・タワー  作者: スーパーソニックマン
チャプター4
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チャプター4‐9

チャプター4‐9


【深夜:キリタニの部屋】


 夜半、ジョーのいなくなったキリタニの部屋で、来世は身を起こした。足音を忍ばせドアに近づく。動くときに少しも音を立てないのは、彼女がドゥーム『コリンウッド』の腹の中でサバイバルをしていた時に身に着けた技だった。

 複数並ぶキリタニのパソコンのモニターの内の一つに、ハルの姿が浮かび上がり、彼女に声をかけた。


『行っちゃうの?』

「…………あそこは生きた人間がいていい場所じゃないっス。またあそこに戻るくらいなら、こっちの世界で飢え死にした方がマシっス」

『そう』


 来世の表情はモニターのハルからは窺えなかったが、その手が小さく震えているのだけは分った。ハルは少しだけ淋しそうな顔をした。


『そのままでいいから、少しだけ話を聞いてくれない? 別にキリタニが起きるまでの時間稼ぎじゃないわ。ただ誰かに話しておきたいの』

「…………」


 来世は動かなかった。ハルは少しためらった後、ゆっくりとした口調で語り始めた。





【ハルの回想】


『あたしね、小さい頃は困ってる人がいたら助けたし、可哀想な人がいたら手を差し伸べたわ。道端で雀が車に轢かれて死んでたら、その晩は悲しみのあまり眠れなかったぐらいにいい子だったの。お年寄りに席を譲った。募金もした。学級委員長だって一番に手を挙げたわ。

 関っているでしょ、あの小柄な男の子。あいつ私と幼馴染でさ、小さい頃は結構いじめられてたから、そのたび私が助けに入ったわ。あいつ、あんまりお礼言わなかったけど。

 正義のために皆を巻き込んだこともあったわね。中学二年の時のマラソン大会で…………やだ、自慢っぽくなってきちゃった。ともかく頑張ってたのよ。正義の味方ってやつ。

 高校生になっても、周りからイタいやつって思われない程度には、善いことをしてきたわ。

募金、献血、ボランティア、チャリティイベント。バレるとダサいって思われるからひっそりやってたけどね。

 その頃はまだどうにか、自分は善い人間だって思い込めたわ。

 でも、本当はそうじゃなかったの。ある日近所のショッピングモールのフードコードで勉強してたら、歳の分からない痩せたオバサンが寄って来て、かすれた声で私に言ったのよ。


「もう丸三日、何も食べてないんです。三百円でいいので、良ければ恵んでくれませんか」


 って。すごく低姿勢で、びっくりするぐらいへりくだってた。

 喋り方が変だったから、もしかしたら知的障害者の人だったのかも。息がとっても臭かったのを覚えてるわ。

 あたし信じられなかったわ。日本に、しかも身近にこんな人がいるんだって。今まで私がやってた募金やチャリティって、相手の顔が見えなかったのね。驚いちゃって全然息が出来なかった。体が痺れて何も言えなかった。

 そして気が付いたら、あたしはこう口に出してた。


「ごめんなさい、私も今はお金がないんです」


 その時はもっぱら電子決済だったから、小銭もお札も入ってなかったの。本当よ、信じて。

 オバサンはごめんなさいって言って、そのままどこかへ行っちゃった。他の人にも声をかけてたみたい。その人も困ってたけど。その時あたしは思い知ったのよ。今まであたしは善良な人間だって自負があったけど、でもそういうのは全部、自分に酔ってるようなものだったんだって。

 あたしの脳裏によぎったのは、ここでお金を渡していたら、またこのフードコートに来た時に、もう一度こんな風に[たかられる]ことが再び起こるかもしれない不安だった。可哀そうなオバサンよりも自分のことを心配をしてたのよ。

 もしも声をかけられたのがアニメや漫画に出て来るような見目形の整った人間だったら、あるいはいかにも哀れっぽい可愛くて小さな女の子なら、あたしは手を差し伸べたかもしれない。

でも実際はそうじゃなくて、怪しい風体のオバサン。

 言い訳するわけじゃないわ。そのときポケットには飴が入ってた。でもその日の内にもう一回オバサンを見かけた時だって、あたしはやっぱりその飴を渡せなかった。飴一つであの人が生き延びられたとは思えないけど、でも、それでも…………。

 来世さん、誰だって自分を高潔な人間と思いたいものよね。本当に誇り高い人はけっしてそんな風に自覚しないはずなのに。

 あたしもその一人だったのよ。もしも夜道で見ているこっちが驚くような女装をしたオジサンとすれ違ったら、うわって思ってドン引きするわ。けれどもしも同じ人をテレビ番組で、例えば既存の社会のセクシュアリティに対抗する人物ってお題目で紹介されてたら、あたしはきっと、例の正義の信念に従って、手放しにその人を称賛したと思う。

 馬鹿よね。自分の頭で考えなきゃいけないのに。

夜道で出会った時の嫌悪感も、テレビで紹介された時の称賛も、どちらもあたしの本心からの想いなの。あたしはそういう人間なの』


 長い独白を語り終えたハルは、モニター越しに来世を見た。彼女は振り向かなかった。





【深夜:キリタニの部屋】


「自分語りは以上っスか」

『結構厳しいこと言うのね』

「高潔だかなんだか知らないけど、何事も命あっての物種っスよ」


 来世は腰を上げた。


「外の空気吸って来るっス。ほんとっスよ」


 彼女は扉を押して外に出た。ハルはそれを見送ってから、画面から消えた。

 マンションの廊下から夏の夜空を見上げ、新鮮な空気を鼻いっぱいに吸い込む。黴と下水の臭いの満ちる異空間では決して味わえなかった悦びだった。来世は段々と幼いハル都の邂逅を思い出し始めていた。


「…………ハルちゃんは贅沢っス。こんなに空が綺麗で空気が美味しいのに、それ以上何を望むって言うんスかねぇ」

 大きく伸びをして、来世は感慨深く言った。

「あー、生きてるってスバラシイッ!」





【午前:病院】


 作戦が始まった。それぞれがそれぞれの役割を果たした。

「微紗先生、霊安室が地下にあるって本当ですか?」


 千鳥の母親の知り合いは、思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。


「誰が言ってたんだそんなこと。ないない、あるのはちょっとした研究施設だけだよ」

「この前私と一緒にいた槇原って奴、大学では細菌の勉強をしたいらしいんですけど、そういうのやってたりしないんですか。漏れたら即日バイオハザードみたいなウイルスとか」

「いや、ここ普通の病院だからね。映画じゃないんだから」


 苦笑いしていた彼の表情は、すぐに何かを思い出すようなものに取って代わる。


「でも時々、入院の覚えのない患者さんが出て来るのは見たな。あとはICUにいた人が運ばれて行くのも目にしたことがある。お亡くなりになった訳じゃないのに、どこに連れて行くんだろう、実際気味悪いよ。どれも月に一回あるかどうかの出来事だったけど。丁度二週間くらい前にもあった気がするなぁ」

「あの売店の横ですよね」

「いや、あれは集中治療室。地下研究所の入り口は東の資材搬入口の近くで…………」


(資材搬入口の近くか。いざとなったら僕が皆を抱えて外壁伝いに…………いや、逃走より他ないような状況では、変身を前提にするのはダメな気がする。そんな状況があるとすれば、みんなだけじゃなくて僕も満身創痍だろうからな。うーん、防火扉を活用するのもアリか?)

「あの、ちょっと?」

「あ、怪しい者じゃないです。校外学習で友達がインタビュー終わるの待ってて…………」





【正午:キリタニの部屋】


「…………で、ボクはまたコミックブックで言うところの『椅子の男』ってわけか。そういう奴らって、決まってデブかオタクか眼鏡をかけてるか、またはその全部なんだよね。ボクに限ってはそんなことないのにさ」


 自宅で大画面のモニターの前に座り、トマトジュースのパックをストローで吸いながらキリタニはぼやいた。彼の頭の中には、ブルース・ウェインに仕えるアルフレッドや、ジョン・ワッツ版のピーター・パーカーに指示を出すネッドのことがあった。


『アンタだけじゃないわよ。それにそんな言い方してるけど、ホントは大好きなんでしょ、マーベルとかDCとか』

「…………まぁ、嫌いではない」

『監視カメラにループさせる映像の編集は出来た?』

「もうちょっと待って、あと少しで納得できるものが…………」

『職人気質を発揮してんじゃないわよ。カメラあと何台あると思ってんの。ブラッシュアップは全部を作ってからよ』

「はいはい」





【正午:キリタニの部屋】

 キリタニの部屋で、机にノートと方眼紙を広げて、槇原と来世が向かい合って座っていた、


「隣は随分仲良くやってるみたいだな」

「そっスねー。この時代の中学生って、皆あれぐらいパソコン触れるんスか? IT教育?」

「いや、あれはキリタニだけ」


 彼はペンのキャップを外す。


「こっちもこっちで、『コリンウッド』に避難した時のガイドラインを纏めちまいましょう。なんだっけ、比較的飲料に適しているのが?」

「ネズミの巣穴、もしくは糞が落ちてる場の下水っス。逆に生き物の姿が極端に見えないと要注意っスよ。ヤバい廃液が垂れ流されてるらしいんで」

「一体どこから…………ああ、タグルートの研究施設か」

「実は、今まで何回かタグルートの施設から迷い込んだ人たちにも会ってるんスよね」

「マジ?」

「ハイ」

「キリタニは不審がってたが、アンタが関たちと会っても妙に落ち着いてたのはそういうことか。最初に着てたボロボロの白衣も、その人らのですね」

「まー、八年間同じ服はちょっと…………」

「確かに」

「でもあの空間、理論上は無限に広がってけるんで、出会った時には死にかけてるか、中のオバケに襲われてもう死んでるかがほとんどだったんスよねぇ」


 ここで来世の言う『オバケ』とは、ドゥームのことだろう。


「待て、アンタ治癒の力を持ってるんだよな。死にかけの奴らは、その力で治すことは出来なかったんですか?」

「アタシの『プラネットエックス』にも限界はあるみたいなんです。死体からの復元は無理っスね」

「ふーん」


 今度キリタニに詳しいことを見てもらったらどうだ、と彼は尋ねる。


「や、あの子アタシのこと警戒してますから」

「あの用心深さはね。俺も人の事言えないんだけど」


 槇原は、ふとあることが気になった。


「話を戻すけど、助からなかった奴らはどうしたんですか。埋める場所があったとか?」

「あー、それは…………」

「まさかアンタが食べちまったってことはないですよね」

「あ、ハイ。そうです」

「え?」


 その可能性は最初から思い浮かべていたものの、しかし本当にそうだとは思ってもいなかった槇原は、目の前に座る黒髪の美人の、あっさりとした返答に我が耳を疑った。


「いや、だってお腹空いてたし。あ、治療はちゃんとしましたよ。会話が無いのは辛かったんで、話し相手欲しかったし。なるべく自前の力で治癒してたんスけど、それでも皆、必ず病気にやられるんすよね。場所のせいか、遅かれ早かれ。長いお付き合いは無理でした」

「…………じゃあ何故アンタは無事でいる」


 槇原の声は直前より数段低くなっていたし、いつの間にか使い慣れない下手な敬語もやめていた。目の前に座る女ロビンソン・クルーソーの、思わぬところから露呈した倫理観の穴に、彼は特段の警戒意識を持ち始めた。


「だから、『プラネットエックス』があるって言ったじゃないスか。治癒の能力。まぁ病気の人から抗体を貰ったのかもしれないっスけど。八年間ネズミだけで生きてけるなんて、基本無理っスから」

「…………そうかい。じゃぁアンタは、俺の友達も喰おうとしたってことだな?」

「ハイ」


 悪びれもせずに来世は答えた。本人にとっては、生きていくことに必要ならば、それは善悪や倫理観に先立つものなのだろう。


「…………」

「でも彼らは他の人と違って、落ち着いてたし、アタシみたいな力も持ってた。だから脱出の手助けをしようって気になれたんス。実際は割とギリギリでしたけどね」

「脱出が失敗してたら?」

「特別な力を持った新しい仲間ってことで歓迎してましたよ。病気になったらなったで、最期はなるべく優しく送ってから頂きますし、生き延びたら生き延びたで話し相手が増えて嬉しいっス」


 眉間の皺を深めて険しい顔で聞く槇原の事など気にも留めず、来世はごく自然な態度のままだった。


「…………アンタには、もうちょっと詳しく話を聞かなきゃならねぇようだな。ガイドラインのために、そして俺たちの安全のためにだ」


 向かい合う相手の視線に来世は気が付いていないようだった。


「安全っスか? まぁオバケはいるけど、あなたらがいたらどうにかなるっしょ。協力できることがあれば言って欲しいっス。何でも教えるっスよ。お姉さんにまっかせなさーい!」

「…………頼むよ」

 槇原はこの美人のことが、段々と分からなくなってきていた。





『The Thing(邦題『遊星からの物体X』)』 1982年6月25日アメリカ公開、上映時間109分

監督:ジョン・カーペンター

脚本:ビル・ランカスター

原作:ジョン・W・キャンベル『影が行く』

制作:デイヴィッド・フォスター、ローレンス・ターマン、スチャート・コーエン

制作総指揮:ウィルバー・スターク

出演者:カート・ラッセル、A・ウィルフォード・ブリムリー、ドナルド・モファット、キース・デイヴィッド

ストーリー:約10万年前、宇宙から飛来した円盤が地球に引き寄せられ、大気圏で炎に包まれながら南極へと落下した。

1982年、冬の南極大陸。ノルウェー観測隊のヘリが雪原を駆ける1匹の犬を追って、全12名の隊員がいるアメリカ南極観測隊第4基地へ現れた。銃や手榴弾を使い執拗に犬を狙うが失敗し、手違いからヘリは爆発。一人生き残ったノルウェー隊員はなおも逃げる犬を殺そうと銃撃を続ける。その際に基地の隊員が一人負傷したため、隊長のギャリーがそのノルウェー隊員を射殺した。

ノルウェー隊に一体何があったのか真相を究明するべく、ノルウェー隊の観測基地へ向かったヘリ操縦士のマクレディらが見つけたものは、焼け落ちた建物、自らの喉を切り裂いた隊員の死体、何かを取り出したと思しき氷塊、そして異様に変形し固まったおぞましい焼死体だった。一行は調査のため、残されていた記録フィルムと焼死体を持ち帰る。

生き延びた犬は基地内を徘徊していたため、夜になると犬小屋に入れられた。その途端犬は変形し、グロテスクな姿の「物体(The Thing)」となり、他の犬たちを襲い始めたが、鳴き声を聞いて駆けつけたマクレディらにより火炎放射器で焼かれ撃退される。

ノルウェー隊の記録フィルムに映し出されたのは、雪原の巨大なクレーターと、約10万年前のものと推測される氷の層にある巨大な構造物を調査している場面だった。やがて持ち帰った焼死体が動きだし、蘇った「物体」が隊員の一人を襲ってその姿に成り代わった。結局その「物体」は、隊員たちの手で他の「物体」の死骸と共に外で焼却処分された。

調査の結果、「物体」は取り込んだ生物に同化・擬態して更に増殖することが可能で、コンピュータの試算により、もし人類の文明社会にそれが辿り着くと、およそ2万7000時間で全人類が同化されることが判明する。それを知った主任生物学者のブレアが誰も基地の外へ出られないようにするため無線機やヘリ等を破壊してしまい、基地は完全に孤立する。その環境で隊員たちは誰が「物体」に同化されているか判断出来なくなり、疑心暗鬼に陥る。そして知らぬ間に同化されていく隊員たち。このままでは皆が「物体」と化し、人類の文明社会へと出てしまう。果たして隊員たちの、そして人類の運命は。…………(※25)



















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