チャプター4‐5
チャプター4‐5
【午後:病院前の喫茶店】
「…………という訳なんだ」
一息に喋り切った関が息をついてウーロン茶をストローですすった。グラスの角氷が涼し気な音を立てて揺れる。
「つまり、お前らが得られたデータは四つ。
①ハルの体は極秘の研究施設に預けられている
②それはやはり、今まで俺と上羽が探ってた病院から入れる地下研究所にあるらしい
③ハルは『ハンマーダウン・プロトコル』と何らかの形で係わっている
④『ハンマーダウン・プロトコル』とは、街の中心部で巨大なドゥーム『クローバー』を大暴れさせる、ほとんどテロみたいな計画である。発動は一週間と三日後、目的は大規模な破壊行為による市民からの恐怖エネルギーの摘出。用途は不明
こういう事だな?」
「そう、まさしくその通り。画面から現れたドゥームと、僕とキリタニの戦闘シーンがほとんど削られてるけどそんな感じだ。上手くやればもう少し分かったかもしれないが、残念ながら画面から出て来たセキュリティのドゥームが自壊したんだ。僕らを相手取るよりも、自分の住処を徹底的に破壊した方が迅速かつ確実だと途中で気が付いたらしい」
ふむ、と槇原は顎に手を当てる。
「恐怖エネルギーを集めるのは、どっかに自然発生した『門』を拡大増設するためだったっけ?」
「暫定的には、その結論だ。詳しいことは不明なままだけど」
「体がある場所が分かったんなら、今の話にあった、病院地下への侵入は早い方がいいんじゃない。今は無事でもその『ハンマーダウン・プロトコル』が近づいてるなら、何されるか分かったもんじゃないし」
千鳥の言葉を引き継いで、ゼノ・ガールが現れる。
『必然的にハルの救出が優先されます。また彼女を救出した際、計画のつながりが深ければ深いほど、相手に痛手を負わせられます。残された時間は多くはありません』
「『ハンマーダウン・プロトコル』…………話が本当なら、たくさん死ぬぞ」
深刻な表情で関が言う。
しばらく槇原は腕を組んで考え事をしていたが、やがて腹を決めたようだった。
「猶予期間が心許ねぇがやるしかない。一週間以内に病院地下へ侵入する」
「さっき院内のパソコンにハルを感染させてきたから、警備に関してはかなり楽になるよ」
「『ハンマーダウン』の阻止を考えると、春子の救出にかけられるのは四日、長くて五日程度か」
めちゃくちゃ忙しいな、と関が顔をしかめた。
「病院の地下に関しては、俺が変身して地中からスキャンしてみる。三日で地図を作るから、全員頭に叩き込め。並行して、ハルとキリタニにはコンピューター関連を頼む。警備の無力化がメインだ。メールの盗み見も続けて欲しい。上羽はさっきの男から、もうちょっと詳しいことを聞き出せないか頑張って貰えるか。計画の事とか、地下への入り口とか」
「僕はどうする」
「お前は暴れんのが仕事だ…………と言いたい所だが、上羽と一緒に、俺の探った地下のデータから、院内をくまなく歩いて地下室につながる入り口を見つけてくれ。更にそこから脱出する経路をあらかじめ考えて置いて欲しい。院内に関しては二人に調査を任せる。ただし、情報共有は役割に関わらず全員に徹底するからな。誰か一人が情報を抱え込むのが一番面倒な状態だ。見つけたことはどんな些細なことでも報告。誰でも最低二回は、病院に来て脱出経路を自分の眼で確認しておくように。異議は?」
「なし」
「なーし」
『ありません』
「…………まぁ、いいだろう」
「お、復活のキリタニ」
立て板に水の槇原の指示に、ハルは舌を巻いていた。
『あんた…………人を顎で使うのが相当上手いわね』
「いけ好かねぇ奴だろ。偉ぶっちまう」
「あはは、槇原まだ夕べの事気にしてる」
「上羽さん、何か知ってるのか?」
「黙ってろよ、関」
笑いあう千鳥たちを、ハルは珍しいものを見る目つきで眺めていた。
【午後:病院前の喫茶店】
しかし彼らの作戦は、いきなり出鼻をくじかれることとなる。
「…………こいつぁ一体どういうことだ」
翌日昼過ぎ、変身して地中からの偵察を終えた槇原は、今しがた自分が地面に潜って得た図面を睨んだ。街路樹の植えられた地面からグラボイドの能力で潜り、地底奥深くからソナーを用いて病院地下の全貌を明かそうと潜行していた彼は、得られたデータに目を疑った。
槇原は携帯で他の四人を呼び出した。
「知らせたいことってなに、槇原。コンクリ基盤のせいで潜れなかったとか?」
千鳥が訪ねる。
前回集まったのと同じ喫茶店で、五人は頭を突き合わせていた。
「見ろ」
槇原は机に方眼紙を広げる。本来ならば地下に存在すると言われる研究所の見取り図が描かれるはずだったが、そこには何も描き込まず、四隅に大きな四角と東側に小さな四角がある以外は白紙のままにされていた。
「何だこりゃ」
「地下設備を調査するんじゃなかったのか?」
「そのまんまの意味だ。俺が地面に潜って調べてみたが『地下には何もなかった』。地下研究所なんてものは、物理的に見つけられなかったんだ。ただすっと土があるだけ」
「コンクリートの土台が邪魔してるだけって可能性は?」
キリタニの指摘にも槇原は首を振った。
「基盤自体は柱状のものがある。この四隅のがそれだ。それ以外はほとんど何もない。どれだけ振動波を放っても全然反響がない。まったくのがらんどうなんだ。唯一見つけられたのは、東から地下に向かって不自然に伸びた一本の幅広の通路だけ。それも途中で塞がってた」
キリタニがグラスのオレンジジュースを一口すする。
「ないはずの空間から人や物が出入りしている…………」
彼は口に手を持っていく。
「一番シンプルに考えるならワープゲートだね」
「おい、それはいくら何でも…………」
否定しかけた関だったが、彼の脳は即座にユタニの地下研究所にあった、ドゥームの世界へとつながる『門』の記憶を引っ張り出してきた。
「ユタニの地下の『門』の事もある。あり得ない話じゃないよ。ま、ボクは現物を見たことがないから何とも言えないけど。病院の一日あたりの電力消費量で裏付けをとってもいい。あれは大量に電気を喰うらしいから」
いよいよ現実離れしてきたことの成り行きに、一同は息を飲んだ。
「状況から見て、そこが相手にとって重要な地点であるのは間違いない。問題はそれがどこに繋がっているか、どうやって侵入するか。そして侵入した後にどうするかだ」
「脱出が複雑になるってことだもんね。行き先も不明。締め出されたら私たちに未来はない」
深刻な顔をする千鳥に、今までずっと黙っていたハルが、おずおずと声をかけた。
『…………あのさ、今からあたしが言うことって、参考になるかな?』
「内容にもよるけど、今は手詰まりだからね。この際何でもアリ」
千鳥は彼女を促した。
『そう、ならいいんだけど…………』
そう前置きして、ハルはぽつりぽつりと語り始めた。
『あのね、私が病院の地下に行ったのって、あれが初めてじゃないの』
【午後:タグルート社本社ビル】
タグルート社専務の神武丈は、デジタルセキュリティ部係長の保木勉と連れ立って者の廊下を歩いていた。長い脚で先を行く神武の後についてゆくには、小太りの保木は小走りになる必要があった。保木は、神武のどこか気品が漂うたたずまいや、言動の端々に見え隠れする理知的さから、常から秘かに彼の事を尊敬していた。それだけにより一層、今回の呼び出しが不可思議に思えてならないのだった。
神武が保木を呼び出したのは三十分前の事だった。
日頃、自分の研究に難癖をつける上司が肩を叩き、デジタルセキュリティ部のドアを顎で指す。スーツ姿のタグルート社専務、神武丈が感情の表れない瞳でこちらを見ていた。
「保木と言ったな。今から三十分後、君には新たなウイルス検出ソフトに関するプレゼンを行ってもらう。新規のものではない。先日の予算審議会において、君の上司が行ったものだ。発表者は彼だが発案、開発、プレゼン作成を行ったのは君だと聞いている。二十分以内に必要な資料を揃えて私の部屋に来るように」
「へ…………」
突然の命令に、保木は言葉を返すことが出来なかった。
「それはまた、一体どうして…………」
「カウントダウンは始まっている。本日、日本石油機構の主任役員、タグルート社監査、株主、理事が集まる研究会が開かれているのは知っているな。君にはそこで発表してもらう」
「はっ?」
それだけ言い残し、神武はさっさと立ち去ってしまった。
件の嫌味な上司が近づいて来て、にやにや笑いながら肩に肘を乗せる。
「どうした、ついに首が飛んだか? お前すっとろいもんな」
若干肥満体の保木の日々の所作がきびきびとしたものではなかったのは事実だったが、しかし彼の仕事ぶりそのものは手放しに評価されるべきものだった。
目ざとい者は、二十六歳という若さながらも、斬新なアイデアを、穏やかな口調で説明する保木の非凡さを既に見抜いていた。そうでない者ほど彼を馬鹿にした。
神武が今ほど命じたプレゼンテーションは、肘を置く上司が彼から掠め取る形で発表したものだった。もっとも、審議の途中で、からくも予算配分は見送りとなってしまったが。
保木は元より温厚な性格だったし、心情が表情に現れる人間でもなかった。だからこそ、彼の内に眠る、日々の自分の研究が費用面の問題で見送られることの歯がゆさに気が付く人間は少なかったと言える。
かくのような次第で、保木は片手に段ボール箱(レーザーポインターなどが入っている)、もう片方の手に配布する紙媒体の資料の乗ったカゴを持って、神武の後を追っていた。
保木は神武の右手首に巻かれた包帯に気が付いた。
「どうしたんですか、手首」
「仕事上のミスだ。気にするな」
神武はそれ以上を語らなかった。
再び沈黙が訪れる。お互いに移動中という点だけが、いくらか気まずい雰囲気を和らげた。
「先日、君の上司のプレゼンテーションを拝見した」
神武は振り向きもせず語り始める。保木からはその表情を窺い知ることは出来なかった。
「非常に興味深いものだった。中東支部が産業制御システムに未だサポートの終了したOSを使っているのはもっぱらの悩みの種だったが、君の開発したソフトはそれらに十分な防御とウイルスの検知を可能とさせるものだ。さらに、ウイルスの出元を辿るだけでなく、その他の送り先にも防護プログラムを自動送信することが出来る。枝分かれした他の根まで腐らせる。つまり、まさしく文字通りの意味で根絶できる。あれには更なる費用が投じられるべきだ」
「でも、没になったって聞いてるんですが」
「それもまた事実だ。しかし私の考えるに、あれは発表者の段取りの悪さとそこからくる説明不足、質疑応答に対して理屈の通った回答がなされなかったことが、採用見送りの主な理由であるように思われる」
「はぁ…………」
生返事をする保木は、先月結婚したばかりの妻のことを思い出していた。
(ツトムくん、もっと堂々としてもいいと思うよ。本当は色んな事考えてるんだから、ビクビクせずに他
の人にそれを話してみたら? 皆ツトムくんのこと見直すって)
妻の言葉に従って研究成果を上司に打ち明けた結果、とびに油揚げをさらわれる羽目になった訳だが。
そんな苦い経験もあって保木は、いかに尊敬する神武と言えども、この突然のオファーには何か裏があるのではないかと勘繰っていた。
本心では、彼はこの申し出自体は嫌だと思ってはいなかった。石油機構の研究会は、界隈でも名のある会合だったし、優秀な人間にはヘッドハンティングも在りうると聞いている。
しかし直近の手痛い教訓は、相当大きな声で
『裏があるぞ、気を付けろ』
と叫んでいた。
二人は廊下の終わりに突き当たった。目の前には重厚な両開きの扉が立ち塞がっている。
「何をすればいいのかは分かりましたけど…………でも、どうして僕なんですか?」
扉の前で立ち止まった神武がようやく保木の方を向いた。
「単純に、君のソフトはこの場にふさわしいと私が思ったからだ。だからこそこの多忙な会場に、私からの紹介ということで、十五分という発表の場をどうにか捻り出したのだ。繰り返すが、あれは十全な費用が投じられるに値する。この扉の向こうにいるのは、海千山千の古狸どもだが、しかしなお、私は君が研究の成果を十分に発表できることを期待している」
保木の心内には、様々な感情が飛び交っていた。
(本当に石油機構の研究会じゃないか。なんてこったい、夢みたいだ。大舞台だ。ここで上手く認められて、引き抜きでも受けたら、今の部署よりももっと自由で恵まれた環境でソフト開発が出来るかもしれない。そうでなくとも、この研究に予算が入るだけでも儲けものだ…………しかし専務は何故僕をここに? うぬぼれるわけじゃないが、もしも僕が他所へ行ってしまったら、部にとっても少なからず損失になるはずだぞ)
喜びとも疑いともつかない複雑な心境を読み取ったかのように、神武が口を開く。
「会社全体の利益不利益など、一研究員が心配するべきことではない。先のことはこれ以上考えるな。今は目先の課題だけに集中しろ」
彼の言葉に、保木は背筋が伸びた気持ちだった。それでもまだ僅かに不安をぬぐいきれない保木に対し、神武は去り際に肩を叩いてこう言った。
「ここは私が顔を立てたんだ、しっかりやれよ」
この最後の一言で、保木はいよいよ背中に一本筋金を通されたような具合になった。
「それと、奥さんの事は大事にするように。禁煙するつもりならば、医者を紹介しよう。」
私淑する専務の背中へ一層の感謝の念を送りながら、一礼した後に彼は扉を開け、研究会の会場へと足を踏み入れていくのだった。
保木を見送った神武は、誰に聞かせる訳でもなく呟いた。
「社長、ご令嬢は彼のおかげで見つかりましたよ」
彼は社の地下のサーバールームへとつま先を向けた。




