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オール・アロング・ザ・ウォッチ・タワー  作者: スーパーソニックマン
チャプター4
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チャプター4‐3

チャプター4‐3


【夜:地下のお好み焼き屋】


 関の辛気臭い乾杯の音頭とは正反対に、プレートを囲む四人と一体、そしてひとつのホログラムは、時が進むにしたがって、次第に肩の力が抜けた、気楽なものになっていった。

 一枚目のお好み焼きを平らげた関が、箸で槇原を指す。


「今回の件で一番意外だったのは、春子の」

『ハルね』

「春子の指示に」

『ハルちゃんだってば』

「…………彼女の指示に槇原があんま反対しなかったことだな。てっきりキリタニとジョーの時みたく、警戒心たっぷりだとおもってたのに、案外素直に従ってたから驚いたよ」

「いや、まだ気を許した訳じゃねぇよ」

「あ、それ私も思った。いつもはしつこく重箱の隅つっつくのに、なんかやけに大人しかったよね。有男君が狙われてるって話をされてから、急に口数が減ったくない?」

「別にそんなことは…………」


 関と千鳥の指摘を受けて、ばつが悪そうにしていた槇原だったが、じきにがりがりと耳の後ろを掻き、ため息をついた。


「…………出来の悪い弟を持つと、心配症になるんだよ。力も継いでないし、あいつ狙われたら死ぬじゃん。あと単に頭がゴチャゴチャしてただけだ」


 日ごろから、自他ともに一同のブレインと秘かに自負していた彼の口調はどこか弁解じみていたが、キリタニの厳しい批評はそれを許さなかった。


「『三日後に大規模テロ、アーンド弟にドゥームがけしかけられるって聞かされて、混乱した頭じゃ、彼女ハルの情報も、彼女自身がどこまで信頼できるかも、それだけの時間じゃ調べきれなかったんだ』って言いたいのかい?」


 まぁな、と彼はしぶしぶ相槌を打つ。


「動揺する相手に制限時間を与えて思考力を奪うなんて、アダルトサイトのやり口じゃないか。動画再生ボタンを押したら別ページでこう表示される。『会員登録が完了しました。退会には手数料八十万円の料金が必要となります。もし誤って登録した場合、八十五分以内に以下の電話番号までお電話下さい』ってね。焦るアホな八年生よろしくボクらを危険に晒していたかもしれないんだぞ。そしてその可能性は現在も完全には払拭できていない。それに…………」

「君、もうそういうの見るのか。今度僕らで猥談しよーぜ」

「えー、キリタニもやっぱ見てるんだ、やらしいの。なんかショックー」

「なんだよ、話を遮らないでくれ…………」


 千鳥と関から面倒な絡まれ方をされる十四歳の少年の、年に似合わぬ異様に慎重な姿勢は、ハルに呆れた顔をさせた。


『アンタどんだけひねくれてんのよ…………清く正しく美しくがモットーのハルちゃんとしては、心外だわ』

「こういう奴なんだよ」


 槇原は首をすくめた。


「そういやみんな、腕時計の使い心地はどうだった?」

「あー、それな。個人的には、残弾数を頭ん中でカウントしなくていいのは便利だったぜ」

「僕もだ。変身とインターバルを細かく正確に設定できるから、合計の戦闘時間は十五分よりもずっと伸びたよ。ありがとう」

「私も。指紋認証が遠隔で出来るのはちょっと感動だった」

『機能もこれだけではないと聞いています』

「うん。GPSとか無線とか、救難信号とかね」

「へー」

「ウォッチャーたちは腕時計(ウォッチ)で変身するのさ」

 関がどこか誇らしげに言った。





【夜:地下のお好み焼き屋】


 槇原は今まで忘れていた疑問がふと頭に上ったようだった。

「…………結局、ビュイックが何でこの府で作られてんのかは分かってなかったな」

「僕らが吉田千怒に会った時、あいつは泥みたいなのを取り込んでた。あれも関係あるんじゃないか。ビュイックを動かす鍵だったとか。発信機の中にも同じものが入っていた」

「ありうるな。ハル、タグルートのサーバーにいるなら、そこら辺知ってたりしないか?」


 ハルは皿に乗った数字の1と0の形のお好み焼きを映し出して、それを頬張っていた。


「美味いのかそれ」

『気分よ。そう、理由に関しては進(関)のがまさしく正解。下っ端の社員に知られても困るからプロジェクト要綱ではぼかして書いてあったけど、保存されてる研究記録なんかを見る限り間違いないわ。あの泥は、パパしか製法を知らないものか、あるいはパパの直接の分身よ。あれが動力源なの』

「作る時に社長がわざわざ遠い工場に出向くのも面倒だもんね」

「…………何者なんだ、君の親父さん?」


 うなずく千鳥の隣に座る関は、先日の邂逅を思い出して、背筋を寒くした。あの時に感じた異様な迫力は、到底この世のものとは思われなかった。


『人間よ。断言できるほど、あの人のこと良く知らないけど』

「とても人間とは思えないな」

『こっちで愛人を囲うぐらいには人間的よ』


 キリタニもハルを見る。


「ボクからももう一つ質問だ。何故君のお父さんはドゥームを呼び寄せてる。ミツバチよろしくドゥームに集めさせた恐怖エネルギーは、何に使うつもりなんだ? それとも技術開発か? 娘なら答えられるだろ」

『表向きはエネルギー革命のためってことになってるけど』

「それはボクも知ってる。君と同じように、タグルートのレポートを読んだことがあるんだ」

『あらそう。ともかく、お題目以外に目的があるのは間違いないわ。開発も熱心だけど、それが主な目的じゃないのも確かね』


 ここで千鳥が口を挟んだ。


「あいつ前会った時、ドゥームをこの世に招き入れる、みたいなこと言ってたよ。私たちにとっても住みよくなるとかどうとか」

「なんだそりゃ」

 ゼノ・ガールが姿を現した。


『整理してみましょう。吉田千怒の目的は、どうにかしてドゥームをこの世に招待し、蔓延させることである。現時点では[ビュイック]によってドゥームは異界から呼び寄せられてはいるが、それも解き放つというレベルではない。誘引したドゥーム由来の技術開発も大きなウェイトを占めるが、本命はそちらではなく、彼らから得られる恐怖エネルギーである』

「文脈から考えられるのは、ユタニの地下みたいな、ドゥームの世界につながる『門』の拡張と増設かなぁ」


 関が漠然とそう口にするが、槇原は納得できない点があった。


「いや、ユタニのは非常電源でも作動していた。『門』を維持するのは通常のエネルギーで代替できるのに、わざわざ恐怖エネルギーを集める理屈は不明なままだ。ゼノ・ガールの話が正しけりゃ、あれはエネルギーのくせに『鮮度』がある、扱いづら過ぎるもののはずだぜ」

「人工のゲートは()()()()()()()()()()()()()扱えないらしいし。ボクの読んだ2005レポートにはそんな記録があった。まぁ、所詮は模造品だからね」

「となると、自然発生したゲートを用いるんじゃない? 私と京子、敬(芦田)をさらった、ゼノ・ガールの一族が使ったっていう。あれ、作ったんだっけ? ゼノ・ガール」

『ドゥームが作成する『門』は性質的には自然発生のものと同じです』


 ハルは議論に興じるキリタニたちに釘を刺した。


『ちょっと、忘れないでね。アンタらにはアタシに付き合ってもらうんだから』

「それだよ。結局君は僕らにどうして欲しいんだ? 今回の事件で僕らの実力を測るとか言ってたけど、これは合格なのか?」

『実力ははっきり言って申し分なしよ。長くなっちゃったけど、いい加減本題に入りましょうか。前にも言った通り私はアンタたちに、私の体を見つけて欲しいの』





【回想:夜のお好み焼き屋】


 ハルの話によると、彼女は約三か月前、父親である吉田千怒にこの府へと招かれた際、ある病院で検査を受けさせられたのだという。


『あの時のパパは、ちょっと怖かったわ。いきなりこの病院に行けって言うんですもの。しょうがないからそれに従ったら、診察室で急に意識を失って、気が付いたら地下室みたいなところに運ばれてたのよ。手には識別用のバーコードを巻かれたわ。一週間そこにある独房みたいなところで暮らして、時々検査を受けさせられたりね』

「君のパパの人柄が良く分かるエピソードだな」


 皮肉っぽい口調でキリタニが言うが、しかしその目の奥には、未だにあの黒い復讐の炎がチロチロと揺れていた。


『その後手術室みたいなところに連れていかれたわ。麻酔でもう一回意識を失って。で、気が付いたら、どこか水色の空間に浮かんでたって訳。最初は死後の世界的なアレかなーって思ったけど、次第に違うって分かって来てさ。自分がパパの会社の地下サーバーの中にいるのが分かったのは、今から二ヵ月くらい前ね。そこから色んなことを知ったわ。タグルートが何を研究していたか、とか、自分の父親がどんなことをしてきたか、どんなに『邪悪』だったか、とか…………』


 当時のショックを思い出して黙るハルに、話の続きを促そうと千鳥が尋ねる。


「自分の事に関するレポートなり報告なりはなかったの?」

『ううん、まだ見つかってない。あるとしたら、まだ探れていないものの中ね。[ハンマーダウン・プロトコル]っていうデータで、すごく厳重なセキュリティなの。ドゥームをデータ化して番犬にもしてるみたい』

(…………『ハンマーダウン・プロトコル』。どこかで聞いた名前だ)


 キリタニは顎に手を当てて上を向いた。これは彼なりの記憶細胞を活性化させるルーチンの一つだった。


「どうやって僕らの存在を知ったんだ?」

『社内メールを抜き取って読んだのよ。大事な研究データにはロックがかけられるけど、すぐに破棄されるメールは案外緩かったから』


 千鳥はどう返事をしたものか考えあぐねていた。


「何か腑に落ちないな。状況から判断するに、幽閉されてた地下っていうのは病院の地下でほぼほぼ確定じゃん? けど最後にまた意識を失ったのがそこだったんなら、なんでタグルート社の地下サーバーで目覚めんの?」

『それは、もしかしたら…………いえ、何でもないわ。私でも分からない。やっぱりこれぐらいの情報で探すのは難しい?』


 急にしおらしくなったハルにキリタニが言葉を掛ける。


「…………鍵になるとしたら、その『ハンマーダウン・プロトコル』だ。まったくの無関係という可能性は低い。そこで君の消息に関する情報が得られるかもしれない。そしてもしかしたら、それはボクに解けるものかもしれない」

『え、手伝ってくれんの?』

「最低限ね。ボクだって恩義の意味を知らないわけじゃない。しかし、そのためにはこっちの指示にも従ってもらうよ。君がボクらの携帯に植え付けたデータの開示とかね」

『やーん! ボク大好き。あなたもれっきとした正義の味方なのね。クッソ生意気でデフォで上から目線なのも許せちゃうー♡』

「ボクってゆーな!」

「後はタグルートのサーバーから、実験記録や要因とのかかわりなんかを調べて置いて欲しい。そこら辺は俺たちだけじゃ限界があるからな」

「忙しくなるな」


 とウーロン茶のグラスを片手に関がぼやいた。


『仕方がありません。見張り番に休みはないのです』

 結局その日は、午後十時を過ぎた頃に解散となったのだった。





【深夜:帰り道】


 帰り道、関はハルを片手に乗せて歩いていた。

『どう、こっちは。東京と比べて』

「いいところだよ。交通の便も悪くないし。あーでも、槇原たちが標準語の事を『関東弁』って呼ぶのだけは勘弁してほしいなぁ」

『こっちがスタンダードなのにね』

「ホントさ」


 二人は砕けた調子で、お互いの別れてからの事を語り合っていた。彼らは丁度中学から高校に進学する自分に離れ離れとなったのだった。

 話題は関の転校のいきさつになった。


『アンタ、高校でやらかしたんでしょ。病気がちな同級生の女の子と…………』

「もういいんだよそれは。敢えて言い訳をするなら、彼女の望みだったんだ。僕はそれに応えただけだ」

『本人たちがどっかへ行っちゃったら言い訳も何も無いわよ。一人は関西に、一人は天国に』

「それは…………」

『病人とのセックスは気持ちよかった?』

「黙れ。それ以上言うと殺す…………そういう君は、高校生活はどんなもんだったんだよ」

『別にフツーよ』

「美しき正義の闘士も地に堕ちたなぁ」

『随分な言い方ね。あ、でも中学からの正義の十か条は今も健在よ。一つ、決して嘘をつかず、公明正大に生きること。二つ、どんな悪意にも決して怯まず、勇気と知力を以て立ち向かうこと。三つ、絶対に浮気はしないこと。四つ、…………』

「分かった分かった」

『もちろん、アンタも守ってるわよね?』

「いつの話さ!」

『中二の夏、インターの時』

「あのマラソン大会か」

 ここで関の目元がふっと優しくなり、過去を懐かしむそれになった。

「懐かしいなぁ、そう、随分暑い日だった」

 彼の意識は、六年前のある時点に立ち戻っていた。





【回想:陸上県大会コースゴール手前】


「そう、七月の中頃だからちょうど今くらいだ。君は陸上部員のエースとして、全国出場をかけた大会に出ていたんだっけ。僕は終盤地点の、まさしくゴール前の歩道で君が到着するのを待っていた。全国大会への出場権を得られるのは、四位までだったっけ? あーうそ。五位だ、忘れてた」


 関は確認を求める意味で手の中のハルを見たが、彼女は何も言わなかった。


「決着は午後の一番暑い時間だったな。三時過ぎだ。近くの自販機で買った炭酸水を飲んで待っていると、陽炎の坂の向こうから君が現れた。先頭から六番目の走者としてだ。

 前の選手とはいくらかの差が開いていた。確か坂の頂上から下るところだった気がする、前を走っていた選手が、急に力を抜いたんだよな。熱中症とかじゃない、疲れた彼女はゴールを本来より五十メートル勘違いしていたんだ。やり切った笑顔で両手を広げる彼女は、君が最期の力を振り絞れば追い抜かすことが出来る位置にいた。

 しかし君はそうしなかった。代わりに、後ろから声を張り上げて言ったんだ。『ゴールはまだよ、そこの係員のところ』ってね。おかげで彼女は慌てて最後の五十メートルを走り切り、見事五位に滑り込み。そして君たちのチームは全国出場を逃した…………称賛と同じように、随分恨みを買ったと聞く。特に三年生たちからね」

『…………馬鹿な奴って思う?』


 ハルは振り向かず、関に後ろに一房束ねた髪を見せたまま聞いた。今の彼女はどこかしおらしく、覇気に欠けていた。


「まさか。君がそうしたのは、『正しい実力が正しく示されないのは、不公平だ』からって自分で言ってたじゃないか。君は信念に則って行動をとった。あの時に初めて僕は、君が常日頃からうるさいくらいに言っていた『正義の十か条』ってのが、まがいもんじゃないのを知ったんだ。

 実はあれ以来、君を高潔な人間だとして秘かに尊敬してきたんだぜ。だからさっきの十か条だって、本当がちゃんと覚えているし、嘘にならない程度には守って生きている。その時初めて、いじめられっ子だった僕は君の『正義の十か条』を信じてみようって気になれたんだ」


 そう言って関は手元のハルを見下ろす。しかし彼女はどこか陰りのある表情で、


『そうなの…………』


 と答えただけだった。


「帰ろう、叔母さんにどやされる。覚悟しとけよ」

 そこはかとないハルの憂鬱さを他所に、関は能天気に歩を進めるのだった。
























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