復讐の時来たる 後編
実際、俺は心の底からつまらなかった。
さっさと奥の手を使え。
じゃないとうっかり殺しちまうぞ。
俺だって常に手加減ができるとは限らないのだ。
「あああああああああ!」
俺が見下ろしていると山岸が獣のような声を出した。
それは山岸がクラスメイトの小室の頭を金づちで殴った時の声だった。
悲鳴を上げる小室を楽しそうに見ていたあの顔。
今、山岸はあの歪んだメロンのようなツラをしてやがるに違いない。
ようやくブチキレたのだ。
その瞬間、細川に特別に取り付けてもらった温度計が異常を知らせる。
やはり来やがった!!!
まずい!
俺は急いで後方に飛ぶ。
その途端、俺のいた場所が炎に包まれる。
熱ッ!
この距離でもフィードバックありかよ!
思ったより威力あるじゃねえか!
「こ、こ、こ、殺してやる! 絶対殺してやる!!!」
山岸が起き上がった。
これが山岸の能力。
前領主から奪った発火能力だ。
俺たちを売った男子はその金で前領主に謁見、その場で闘いを挑んだ。
領主を倒したのはハイパーヤンキー菊池。
今でもバカどものリーダーをやっているのだろう。
そしてなぜか菊池たちは山岸にこの力を譲渡し別のセクションへと旅に出たのだ。
「俺をバカにしやがって! 殺してやる! 殺してやるよ!!!」
実にボキャブラリーが貧困だ。
中学生かテメエは!
山岸は殺すを連呼している。
殺れるもんなら殺ってみろ。
再び温度計が異常を知らせる。
俺はバックステップし安全圏に逃げる。
次の瞬間、またもやサーモスタットが警報を奏でた。
俺は横に飛ぶ。
ああクッソ!
キリがない!!!
山岸の奥の手は遠隔攻撃。
近寄るのはリスクがある。
このままではじり貧だ。
俺は足の収納ボックスを確認する。
細川から貰ったあの武器を使う時が来たのだ。
サーモスタットからまたもや警報。
よし今だ!!!
俺は山岸の攻撃をかわしながら収納ボックスのロックを解除。
そして奥の手、細川からもらった武器を抜いた。
それは金属製の武器だった。
シリンダー、マズル、ハンマー。
男らしさをアピールする無骨なデザイン。
日本のデパートでは売っていないアイテム。
それは拳銃だった。
こいつはいわゆるリボルバーだ。
大きすぎるので火薬式ではないらしい。
俺は拳銃の引き金を引く。
オートエイミング、自動照準なんて便利なものはない。
俺の感覚で狙った。
火が噴き出し、重い炸裂音が響く。
弾丸は回転しながら突き進んだ。
次の瞬間、山岸の足下、その床が弾けた。
「ひいいいいッ!」
山岸が悲鳴を上げ山岸のアゼルが尻餅をついた。
あー……やっぱり外した。
実戦で拳銃を撃つのは初めてだ。
いや試射はしたのだが、その時も止まった的に当てるのですら難しかった。
警察官や軍人だって的に当てる練習をするのだ。
そりゃ一朝一夕には行かないわな。
だが、俺の攻撃は予想以上に効果を上げた。
山岸は俺が反撃できるなんて思いも寄らなかったようだ。
ヤツは急に態度を変えたのだ。
「ひいいいッ! や、やめてくれ! お、俺が悪かった!!!」
よほど拳銃が怖かったのだろう。
アッサリと謝罪を口にする山岸。
俺は「あちゃー」と顔を押さえる。
俺は忘れていた。
完全に忘れていた。
弱いものには強く、強いものには媚びへつらう。
それが山岸イズム。
山岸という生き様なのだ。
俺に負ける。
そう自覚した瞬間、山岸は命乞いに作戦をシフトしやがったのだ。
同じ日本人として情けなさがこみ上げ、名状しがたいどす黒い嫌悪感が俺を支配していった。
簡単に言うと「なにこのクズ……死ねばいいのに」ということだ。
「あああああああ。卑怯だぞ。言ってくれよ! そんな武器を隠してたなんて……」
どこの世界に奥の手を教えてやるヤツがいるんだ?
「なあ、友達だろ? 許してくれよ……なあ? なあこの通りだ!!!」
『友達』を奴隷として売り飛ばす友情ねえ。
感動のあまり泣けてくるぜ!
山岸のアゼルは器用に土下座をしていた。
俺があきれ果てていると通信が入る。
サイガだ。
「タカムラ! 殺せ! 早く殺すんだ!!!」
その声はいつもの余裕はなく、かなり焦っていた。
どういうことだ?
「おい、サイガ! いやもう勝負はついた……」
「俺の親父が殺されたときも同じなんだ! 勝てないとわかった瞬間にだまし討ち。それがお前のヤツらのやり方だ!!!」
え?
親父?
「ちょっと待て! じゃあお前は……」
そうか!
ようやくわかった!
領主の殺害。
それが俺たちの契約だ。
俺はそれを誇張だと思っていた。
だが、そう言ったお前の狙いは……
その時だった。
俺に隙が出来たと思ったのだろうか。
山岸ががばっと起き上がった。
そして怒鳴った。
「死ねやこの虫けらあああああああああッ!!!」
温度計が警報を出す。
そうか!
命乞いをする間、ずっと溜めてやがったのか!
大きい炎を出すために時間稼ぎをしてやがったのか!
絶体絶命。
炎が俺を襲う。
だが俺はその時、微笑んだ。
ようやくだ。
今までのは戦いにすらなっていなかった。
血肉沸き躍る闘争はこの瞬間始まったのだ。
俺の全身にある凶暴な力。暴力。
それが俺に動けと語りかけた。
ああそうだ。
俺はヤツを倒すのだ。
己の力で倒すのだ!
俺は力に溺れることにしたのだ。
警報が鳴り響く。
すぐに逃げなければならない。
それが正常な判断だ。
だが俺は逆の選択をした。
野郎は一対一の神聖な戦いを愚弄し続けた。
だが最後には例え卑怯でも戦士になった。
それでいい。
戦士として俺の前に屈しろ!
俺は山岸に向かって獣のように駆け出した。
警報音がピークに達する。
俺はそこで大きく跳んだ。
鳥よりも速く。
自由に。
俺の背後で全てを焼き尽くす死神の鎌の音が鳴り響いた。
俺の背中がフィードバックで焼けていき、危険を感じた俺の心臓の音がドラムのようにビートを刻む。
俺は完全にこの危機感を楽しんでいた。
一方面食らったのは山岸の方だ。
俺が爆風を背に受けて飛び込んできたのだから。
俺は山岸へ飛び込みながら、山岸のアゼルのツラ目がけて肘の鉄槌を打ち下ろす。
爆風の加速は思ったよりも威力があった。
俺のアゼルの肘、その装甲が一発でひしゃげる。
殴られた山岸の方はもっと被害が大きかった。
顔部分が大きくひしゃげていた。
アレはカメラまでいっただろう。
山岸の方はフィードバックで顔が凄いことになっているだろう。
想像したくもない。
山岸のアゼルの外部スピーカーから呼吸音が響いた。
次の瞬間、山岸のアゼルがヒザから崩れ落ちた。
俺はうつぶせになった山岸のアゼルに近寄ると、その潰れた横っ面を踏みつけた。
「降参しろ。これが最後の警告だ」
山岸の野郎が戦うことを選択した。
そのことを俺は評価した。
意外に根性あるじゃんコイツ。
だから殺さないでサイガに引き渡してやろう。
「も、もちろん降参しますうううう」
靴の裏もお舐めします。
そう言わんばかりの態度だった。
その哀れな姿に俺はようやく吉田の言ったことを理解した。
ここで怒りにまかせて山岸を殺す必要はない。
得るものなどなにもないのだ。
これでよかったのだ。
俺は無言で足をどけ踵を返した。
さーて。寝よーっと……
そう思った瞬間、急激な温度上昇を知らせる警報が鳴る。
「死ねえええええええ!」
豚の叫び声がした。
ですよねー。
大方の予想通り、山岸はもう一度不意打ちをすることにしたのだ。
俺はさっと山岸の方を向くとまるで機械のように引き金を引いた。
正直言ってなんの感情も湧かなかった。
山岸のアゼルが弾丸の威力で跳ねた。
俺もさすがにこの距離じゃ外さない。
山岸は死んではいなかった。
フィードバックの痛みにもがきながら俺に怨嗟の声をぶつけていた。
「あああああああああ! て、て、てめえ! 本当にやりやがったな! 殺す! 殺してやる!!! お前がかばった女たちもだ! 探し出して殺……」
「そうか……」
俺はわざと撃鉄を上げる。
すると山岸が怒鳴る。
「ま、待て!!! いいのかタカムラ! 貴賓席を見ろ!!! おい野郎ども今だ!」
俺は貴賓席を見た。
鎖で繋がれて騎士に連行されてきたのはサイガ、それに細川!!!
二人は正座させられ、その首の後ろに剣か突きつけられていた。
「あはははは! 動いたら殺すぞ!」
吐き気がするほどの卑劣。
それが山岸だ。
そうだ。俺は知っていた。
俺が甘かった!
「そのまま立ってろ。えへへへ。焼き殺してやる! 焼き殺してやるよ!」
温度計が警告を発する。
俺はそれを見ながら考えていた。
どう切り抜ける?
おれはどうするべきだ。
俺は窮地に立たされていた。
その時だった。
「クソ領主!」
ゴミが山岸のアゼルにぶち当たった。
「黒騎士がんばれ!」
「やれよ全裸!」
「黒騎士! 黒騎士! 黒騎士! 黒騎士! 黒騎士! 黒騎士! 黒騎士!」
俺を応援する声が響く。
「おい! 騎士の野郎! そいつら放せ!」
あれは!
俺のファンのチンピラたちだ。
チンピラが騎士に詰め寄る。
他の観客も騎士を囲んでいく。
そして自体はとんでもない方向へ転がる。
一人の観客が騎士に殴りかかった。
チンピラたちも騎士に飛びかかる。
他の観客までもが次々とそれに加わる。
それはまさに暴動だった。
暴動は一瞬で広がり、大規模な殴り合いに変化した。
騎士はもみくちゃにされ、地べたに倒され蹴られている。
騎士は皆猛者たちだ。
だが暴動を起こした民衆の数はあまりにも多かった。
もはや細川たちを構っている余裕は騎士達にはなかった。
そのどさくさに吉田が細川たちを闘技場から逃がすが見えた。
「ふざけんな!!!」
山岸が怒鳴った。
「残念だったな……」
くっくっくと腹の奥から笑いが漏れる。
山岸はこれで終わりだ。
炎で暴動を止めようとしたら今度こそ仕留める。
お前にできるのは俺への攻撃だけだ。
俺は拳銃で山岸を狙う。
相討ち狙い。
それに賭けるしかなかった。
俺は死ぬかもしれない。
だがここで山岸を仕留めさえすれば細川に類は及ばないだろう。
あとは女子の救助は吉田に任せるしかない。
頼んだぜ吉田!
俺が覚悟を決めたのと同時に山岸が叫んだ。
「まだだ! 死ね!!!」
温度計が警報を奏でる前に俺はためらいなく引き金を引いた。
全ての弾を打尽くすまで。
突如時間が止まった。
俺が放った弾丸が宙に浮き、山岸の炎は今まさに俺を覆い尽くそうとしていた。
これが死の瞬間というヤツなのか。
頭の中で声がした。
声変わり前の幼い少女の声。
その声が俺にささやいた。
「煉獄のオーナーを確認。ナノマシンを移転します」
頭の中に細川の顔と共にイメージが湧いた。
腕からこの世のものとは思えない痛みが走り、黒い線が広がっていく。
その声と共に時間の流れが戻る。
俺の腕の線。
まるで入れ墨のようなそれが光った。
俺の周りにあった炎はまるで意思を持っているかのように山岸へ向かう。
いったい何が起こったというのだ。
弾丸は突き進み山岸のアゼルを打ち抜いた。
同時に炎が山岸のアゼルを焼き尽くす。
山岸の悲鳴はなかった。
悲鳴を出すよりも速く弾丸はコックピットを貫き、炎は全てを焼き尽くしたのだ。
数秒の沈黙の後、客席から俺を讃える歓声が上がった。




