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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
ⅩⅤ 宝石吐きの女の子
269/277

6-1




 それは、『クリューちゃんお帰りパーティ』の日のこと。

 時間にして昼過ぎ頃のことである。




「あっ、来た!」

 リアフィアット市の外れ、『ようこそリアフィアット市へ』と書かれた看板の隣で。

 一台の馬車が遠くから走ってくるのが見えたから、クリューは両手を挙げてぴょんぴょん跳びはねた。

 ここで目的の馬車を待ち続けて、もう五台ほど人違い――馬車違いをしている。その度に謝っているけれど、それでも新たな馬車が見えるたび手を振ってしまうのは、待ち人に早く会いたくて仕方がなくて、やめられなかったからだった。

 今度こそと思い、大きく手を振る。近づいてきた馬車は少しずつ速度を緩め、クリューのところに近づく頃には、馬はとことこ歩いていた。

 馬車はやがて止まり、窓が開いた。

「クリューちゃん。こんにちは」

「リアフィアット市にいらっしゃいませ、お姉様!」

 ようやく会えた! わぁい、わぁいと歓声を上げると、かつてクリューの姉であった人――魔法使いフランソワズ――ファンション――ユキは、面白いものを見たように笑った。

 彼女は馬車の戸を開けさせ、鞄を提げて降りてくると、御者に「ここでいい」と言って支払いをした。

「お姉様、すぐ宝石店(うち)にいらっしゃいますか?」

「いや、先に、どこかで軽く食事をしていきたいな。お弁当を忘れちゃって、フィーネチカ市を出てから、何も食べていないんだ」

「あ、それじゃお姉様、良かったら私のおすすめのお店に――」

「クリューちゃん」

 たくさんのことを話したくてたまらない。そんなクリューの勢いを押しとどめるように、彼女はクリューの名前を呼んだ。

 うるさすぎただろうか。だけど、彼女がそう感じても当然だ。フィーネチカ市からこのリアフィアット市までは近くない、きっと疲れているはずだ。そんなところに矢継ぎ早に喋ってしまって――なんて思いやりのないことを!

 慌てて口を押さえるが、彼女が名を呼んだのは、そういう理由ではなかったらしい。苦笑いを浮かべていた。

「お姉様なんて、そんな固い呼び方しなくていいよ。確かにアンゼリカ様のもとにいた頃は、クリューちゃんの姉みたいなものだったけど、今の私は、ただのクルーロル宝石商会の事務員だし。前みたいに『ファンション』でも、スプートニクのように『ユキ』でも、なんでも……む」

 言いかけて、彼女は小さく唸った。

 クリューの『お姉様』呼びに対し、思い当たるものがあったようだ。

「もしかして、リャンが『お兄ちゃんって呼んでほしい』とか言った?」

「あ、はい」

「やっぱり。呼んでみた?」

「『ソアランおにいさま』って呼んだら、長いため息をついて動かなくなったので」

「うん」

「店に置いてあります」

「まったく正しい対応だ」

 魔法使いソアランは、他にもなんだかいろいろ喋っていたように記憶しているが、クリューにわかりやすい話ではなくて、興味は持てなかった。かつて婚約者であったという彼女なら、もう少し話に付き合えるかもしれないから、ぜひあとで話し相手になってあげてほしい。

 ふんふん、と上機嫌そうにしながら、彼女は歩き出した。

 横を歩き、鞄をお持ちします、と手を伸ばしたけれど、断られた。「仕事の書類も持ってきたから、ちょっと重たいよ」と。にんまり笑って、「出迎えがスプートニクだったら、ダンベルでも仕込んできたんだけど」とも言った。

 だけど、お客様に荷物を持たせたまま歩かせるなんて、ちょっと落ち着かない。もじもじしていると、「気になるならこうしよう」と指を立てて、軽く振った。

 彼女の指先から白い光がほろほろ溢れて、やがて一つの塊を形作る。色づいて、現れたのは大きなピンク色の蜘蛛のぬいぐるみ――現れた使い魔シャルは、一声「キュイ」と鳴いた。自分の体と同じくらいある鞄を背負って、少し前をとことこ歩いていく。

 彼女の、空いた手のひらは、ほんの少し赤くなっていた。

「だけど、よくわかったね。私が馬車で来るって」

「えっ?」

「転移の魔法で来るとは思わなかった?」

「あっ」

 言われて初めて、その可能性に気が付いた。そうだ、この人は魔法を使えるんだった。それも、普通の魔法使いよりとってもすごい魔法が使える、とってもすごい魔法使いなのだ。

 危うくこの街の端っこで、一人寂しく待ちぼうけるところだった。彼女が馬車での移動を考えてくれたことを、心の底から感謝した。

「ま、それはともかく。何か話があったから、出迎えに来てくれたんじゃないの?」

「あ、はい。あの、あの」

 話そうとして――言葉に詰まったのは。

 彼女は自分のことを、姉とは呼ばなくていいと言った。だけどそれなら、どう呼んだらいいだろう? 悩むクリューに、彼女はにっこり笑ってくれた。

「クリューちゃんの呼びやすい呼び方でいいよ」

「はい、それじゃ、ええと」

 どう呼ぶのがいいだろう。クリューが決めるのを、彼女はじっと待ってくれる。

「ええと……では、『お姉様』」

 迷ったけれど、結局、クリューは彼女をそう呼んだ。

 少なくとも今は、そう呼ぶのが正しいだろうと思ったからだ。

 姉の右の瞼が少し震えた。だけど、唇が柔らかく緩んで「何?」と言ってくれる。許可を貰ったような、妹として受け入れてもらったような気になった。

 安堵にほっと息をついて、クリューはまた、話し始めた。今度は慌てないように、急がないように気を付けながら。

「あの、あの。お姉様に、少し、お話したいことがあって」

「ふふん。お姉様はなかなか頭が回るのだ。わざわざ街の入口なんていう、店から遠いところで私を待ち伏せていたということは、スプートニクには聞かせられない話だね。……となれば、ずばり、恋の話かな?」

 ふぇ、とつい声が出た。顔が熱くなるのがわかる。

「え、あの、そ、そんな、そんな、ええと」

 恥ずかしくなって、頬を押さえる。姉は声を上げて笑った。笑うなんて、ひどい。

 しばらくして笑い声が収まった頃、クリューは一つ、咳払いをした。そんなことより、クリューには、彼女と話しておきたいことがあるのだ。そしてそれは、恋心ではない。いやそれも、いつかは相談したいけれど!

「……あの、ええと……よ、よろしいですか」

 だけど、今話したいことは、それではない。

 勝手に熱くなる頬をぺちぺち叩いて収めてから、改めて、尋ねる。今度こそ彼女は、からかったりしなかった。

「うん。どうぞ」

「あの……お姉様は、大変に優秀な魔法使いであると、伺いました」

「あっはっは、そんなではないよ。たまたまちょっと、一般的な魔法使いより頭が冴えているっていうだけの話でさ。さっきも言ったけど、君たち宝石商にとっては、ただのクルーロル宝石商会の職員だし」

「いいえ」

 かぶりを振った。違うと思ったからだ。

 ――いや、違うわけではない。確かに宝石商の取引先としての彼女は、大人しくて、引っ込み思案な、宝石商互助組織の、職員だ。

 だけど、彼女の現在における一面が、そうであったとしても、

「スプートニクさんが、私に、お姉様の、今までのことをお話ししてくれました」

 彼女の生きてきた道を、クリューは知っていた。

 だから、聞きたいことがあった。

「私のこと?」

「お姉様は、実のご両親を亡くした後、私のお母様のもとで、私と、私のお母様の護衛をしてくださったと伺いました」

「うん」

 それは肯定ではなく、意味はない、ただの相づちのように思えた。

 ただ、聞いてくれていることは確かだ。そのことに安心して、続ける。

「……ですがその中で、お姉様はお命を狙われることになりました。お姉様は、私たちを安全な場所に逃がし、ご自身は、魔法使いとしての存在を消し研究者としての地位をお捨てになり、クルーロル宝石商会に身を隠したと」

「うん」

 クリューは思う。姉は、察しているのだろうか。……もしかしたら、察しているかもしれないなと思った。この、強大で、優秀で、狡猾で、不器用な姉は。

 クリューが今から、何を語ろうとしているのか。

 すでに、気付いているのかもしれない。

「その話を聞いて、私、考えたんです」

「……何を?」

 疑問符。それもまた、どこか、演技ぽさがある。

 クリューは思い出す。スプートニクに、彼女の話を聞いたときのことを。

 スプートニクは、頭がいい。少なくとも、クリューよりはずっとずっと。宝石商としてたくさんのことを学び、あらゆる経験を積み、そうして彼は、生きてきた。

 スプートニクから、クリューの姉だという人の話を、生き様を聞いたとき。

 クリューは、たった一つのことが気になった。

 だけど、自分より頭のいいはずのスプートニクは、どうしてか、『そのこと』は考えもしなかったようだった。

「……お姉様が私たちを守った、その結果」

 クリューが気になった、たった一つのこと。

 それは。

「お姉様のお手元には何が残ったのだろう、と」

 ――スプートニクは、考えもしなかったようだった。

 まるで「彼女はそんなことなど気にも留めない」と言わんばかりに。

 そんな俗物めいたこと、彼女が思うわけがないと言わんばかりに。


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