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王女は、業に抗った  作者: 一石千月
終章 枷を外したその代償に
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終章【エピローグ】

 ターナは、自室の窓から広い空を眺めていた。もう間もなく、太陽が南中を迎える時間帯だ。日に日に秋の気配が感じられるようになってきた。

 バイロンによる摘出手術から、二週間が経過している。自らの身体に埋まっていたクリアターコイズは、透明度こそ失われていたものの、濃密な青緑色を湛え、天然のターコイズと見紛うほど美しかった。十年以上も一心同体でありながら、幾度となく苦しい選択を迫り続けたその石は、今では呆気ないほど静かにその姿を晒している。

 無論、クリアターコイズの作用は失われた。『叡智の海』へ赴くこともできない。『干渉』も『発動』もない。

 超常的な力とは無縁の、一人の人間に戻ったのだ。


——今日もずいぶん凌ぎやすい陽気ね。たまには西の池でのんびりしたいな。でも、午後から会議なんだよね。ギルザの民への投資制度を整理するんだっけ。そう言えば、執政官が「よく練られた案です」って私を褒めてくれるけど、本当に私が立案したのかしら? 徹夜で何か調べてたのはうっすらと記憶してるけど、そのことなのかな? まあ、大した問題じゃないか。


——この頃、黒十字解放戦線との関係も改善されているわ。ファビオがしっかりしてるのよね。タンデスの市民からも、大きな不満は漏れてこない。大したものだわ。でも、『同化者』である彼女は、全然表に出てこなくなったわね。何て名前だっけ。えっと……。あれ? 私、どこでこの子と会ったんだろう?


——そう言えば、ナミからランチのお誘いがあったんだ。いつも気を回してくれて、本当に優しい子よね。返事しなきゃ。来週だったら時間も取れそうだし。きっと彼氏も来るんだろうな。ふふふ。ナミってぞっこんだもんね。彼氏……って、ギル? ジョシュア?


——頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。本でも読もうかな。ブリッツの『回顧録』。残りは三分の一かあ。頑張ろう。読破したらカルザスに報告しなくちゃ。でも、どうして報告するんだろう? これってもらったの? 自分で買ったの? あっ、そうか。お返ししなきゃって思ってたから、もらったんだよね。でも、何のときにもらったのか、いまいちはっきりしないなあ。ん? そういえば、もうお返しってしたんだっけ? それとも、まだ……なのかしら?


——まずいなあ。記憶が断片的なのよね。でも、後から思い出すこともあるし。やっぱり手術が原因なんだろうなあ。でも、このままだと自分の言動に自信がなくなっちゃう。相手との会話が噛み合わなくて焦るし。やっぱり、バイロンに相談したほうがいいのかな。


——あ、しまった。国葬の来訪者リストを見直そうと思ってたんだ。今からやれば、今日中にできるかな? じゃあ、読書は後回しだな。でも、国葬のこと、全然覚えてないんだよね。とても忙しくて、気を張ってたのは確かだけど、会った人の様子が頭からすっかり抜け落ちてる。嫌だなあ。


——カルザス、元気にしてるかな。きっと仕事で忙しいんだろうな。また会いたいな。こんな私だけど、また可愛いって褒めてくれるかな? あのとき、すごく嬉しかったもん。そう、あのとき、あの……。え? いつ「可愛い」って言ってくれたんだっけ? どうしよう。思い出せない……。


 ターナの過去の記憶は、モザイクの光景と化していた。

 失われたのは超常の力だけではない。彼女の人生を形づくっていた色とりどりの記憶もまた、まだらに欠け落ちていた。

 それでも無慈悲に、季節は秋へと向かう。

ご覧いただき、ありがとうございます。

天気のいい週末の公園、雨の日の夜の自室など、あなたの穏やかな時間が、この物語でわずかでも潤えば嬉しく思います。

                              一石 千月

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