第50話 バグり散らかした家族の結成と、地味すぎるカムバックボーナス
今日も今日とて、年下の先輩に怒鳴られ、いや、正確には怒鳴られ続けた一日だった。
「お前さぁ、三十八にもなってこんなこともできないの?」
耳の奥にこびりついた不快な声を振り払うように、俺は大きく首を振る。
こういう日は――いや、ほぼ毎日なのだが、コンビニで安酒とおつまみでも買い込んで、適当に酔っ払って明日の労働に備えるに限る。
そんな擦り切れたルーティンをこなすため、いつものコンビニへと足を向けた。
間の抜けたチャイムが鳴る店内。
もちろんタナカさんの姿はない。
この店を訪れるたび、胸の奥がチクリと痛む。
(本当にごめん、タナカさん……)
心の中で深く謝罪しながら、缶ビールと惣菜をいくつか買い、アパートの部屋へと戻ってきた。
デスクの上に買ってきた品を並べ、椅子に腰掛ける。
そして、ここ最近ですっかり癖になってしまったタバコに火をつけた。
うーん、肉体労働後の一服は、悔しいけれど最高に美味い。
グッズの買取価格は期待したほどではなかったが、あと数回日雇い仕事をこなせば、しばらくの生活費の目処は立つだろう。
だけど、それから先はどうする?
そろそろちゃんとした再就職先を見つけないといけない。
「俺の、本当にやりたいこと……」
新卒採用に臨む大学生が抱くような青臭い悩みを、三十八歳のおっさんになった今、毎日のように考えている。
今更なのは百も承知だ。
今までろくに考えてこなかったツケが、一気に回ってきただけだ。
ビールのプルタブを開け、渇いた喉に流し込む。
もう一度タバコを深く吸い込み、煙を細く長く吐き出した。
その時だった。
頭上に、突如として眩い『光の輪』が現れる。
その輪はゆっくりと、抗う隙も与えずに自分を包み込むように降りてきた。
「あれ?」
◇
――どすんっ!!
次の瞬間、俺は座っていたはずの椅子を突然引かれたかのように、激しく尻餅をついていた。
床の感触が、アパートのフローリングではない。
「平太……っ!」
呆然とする暇もなく、声の主が飛び込んできて、俺の体に思い切り抱きついた。
抱きしめられた瞬間に分かった。
――ああ、俺は、戻ってきたんだ。
胸に顔を埋めている少女の顔はまだ確認できないけれど、間違いなくユキホだ。
「平太! 平太! 平太ぁあああ……っ!!」
ユキホは俺の名前を連呼し、わんわんと声を上げて泣きじゃくっている。
もう二度とこの世界に戻ってくることはないと思っていた。
けれど、正直に言えば、戻れるものならすぐにでも戻りたかった。
ユキホに会いたくて、会いたくてたまらなかった。
今、そのユキホが目の前にいて、俺にしがみついて泣いている。
客観的に見れば、俺自身も男泣きしていいシチュエーションだし、泣くほど嬉しい状況だ。
けれど、あまりにも突然の展開と、胸の中で泣きじゃくるユキホの熱量に圧倒されて、俺の頭は逆に至極冷静になってしまっていた。
(……うん。ひとまず、この感触をじっくり味わおう)
そう決めて、愛おしい娘(設定)の背中にそっと腕を回そうとした、その時。
ユキホはひょいっと逃げるように身を翻して俺から離れたかと思うと、目にも留まらぬキレの良いビンタをお見舞いしてきた。
――パチィインッ!!
「痛っ……ええ!?」
「もう!! 何やってんのよ!! あなた、本当に使えないんだから!!」
頬をさすりながら、俺は改めてユキホの姿を見た。
……あれ?
少しというか、随分と痩せたんじゃないか?
初めて出会った時と同じというか、全体的にちょっとやつれている。
あの健康的なモチモチ感が、完全に影を潜めてしまっているのだ。
「ご、ごめんよう……。なんか、川に落ちて死んじゃったみたいで……」
「死んじゃった、じゃないわよ! あなたがいなくなったせいで、こっちがどれだけ大変なことになってると思ってるのよ!」
「あはは、面目ない……。ところでユキホさん、結構痩せた? ひょっとして、俺がいなくなってご飯も喉を通らなくなっちゃった、とか?」
――ビシィイッ!!
二発目のビンタを喰らった。
完全に余計なことを言った。反省している。
「バカじゃないの!? 大変だったって言ったじゃない、このバカ平太!!」
「ごめん、本当にごめんって……」
平謝りしながらユキホとの再会(物理的痛み付き)を噛み締めていると、ふと、背後に気配を感じた。
納屋の開いたドアのところに、一人の女性が呆然と立ち尽くしている。
色褪せた薄いジーンズに、見慣れた現代のトレーナー。
間違いない。タナカさんだ。
俺は反射的にタナカさんの足元に向かって流れるような土下座を決めた。
「本当にすみません!! 勝手にこんな見知らぬ世界へ送り込んでしまって、本当に、本当に申し訳ございませんでしたっ!! 俺も知らなかったんです! 本当にごめんなさい!!」
額を痛いほど地面に擦り付け、全力で、全身で、この平身低頭の謝罪で申し訳なさの気持ちを表現した。
「あの……」
上から、震える声が降ってくる。
恐る恐る頭を上げ、タナカさんの顔を見上げた。
タナカさんの目からは、大粒の涙がポロポロと溢れ、頬を伝っていた。
「よかった……。本当によかった、戻ってきてくれて……。私じゃ、私じゃどうにもできなくて……」
その涙は、怒りではなく、安堵によるもののように感じた。
彼女はこの数日間、それこそ細い糸を渡るような緊張感の中にいたのだろう。
すると、私の横でユキホが涙を拭い、キリッとした表情でタナカさんに振り返った。
「タナカさん、いや、ミチル。一時はどうなることかと思ったけれど、これでようやく『準備』は整ったわ」
「えっ? 何……何のこと?」
タナカさんが涙を拭い、首を傾げる。
「視界の端っこをよーく見てみて。何か『●』みたいなボタンが浮いてない?」
「ん? あ……。う、嘘、なんかあるかも……」
「そこに、意識を集中して合わせてみて」
「あ……なんか開いた! 画面の下にアイコンが並んでるよ!?」
「そのアイコンの、一番左のやつに意識を合わせて」
「うん、えーっと、これかな……。あ、なんか開いた。えーっと……【ミッション:信濃国を守れ】……?」
「そう」
ユキホは深く、力強く頷いた。
「それが、この世界に送られたミチル。そして私、平太を合わせた『私たち家族』の使命よ」
……私たち家族?
俺の脳内で、猛烈なツッコミと、それ以上の歓喜が渦巻いた。
この世界に来た当初は「父上と呼ぶには違和感がある」だなんてツンツンしていたユキホが、自ら進んで「私たち家族」という言葉を口にしたのだ。
その事実が、ものすごく、飛び上がるほど嬉しい。
……ん? 待てよ。
ということは、ユキホが娘で、俺が父親、そして目の前のタナカ(ミチル)さんが……母親、ということになるのか。
異論は全くない。ないのだが……。
三十八年間、まともな恋愛もせず(できず)冴えない独身人生を生きてきた俺が、彼女(恋人)をすっ飛ばして、異世界でいきなり「妻(設定)」を獲得してしまった……。
まあ、それより先に「娘(仮)」ができていた時点で、俺の人生の順序は、とうの昔にバグり散らかしているわけだが……。
その時、久しぶりに見る金色と虹色の光のエフェクトが激しく渦巻いた。
同時に神々しいファンファーレが耳の奥で鳴り響く。
(おっ、まさかこのタイミングでシステムが動くか!?)
目の前に、半透明のポップアップメッセージが躍り出た。
─────
【長期未ログインプレイヤー限定・戦線復帰支援ブースト特典】
以下の限定ブーストアイテムを支給します。
スキルカード:コピー × 1
─────
(カムバックボーナスじゃねえか!!!)
それはありがたい。
ありがたいのだが……。
なんで『コピー』なんだ……?
この戦国異世界で、事務力を強化されたところで一体なんの意味があるって言うんだよ。
普通、限定のスキルカードったらさ、使ったら一瞬で最強になれる「一騎当千」とか、どんな軍勢も消し飛ばす「天下無双」とか、そういう分かりやすいチート要素があるべきだろ……。
コンビニケーキを出すファンシーな初期能力の次は、オフィスワークの便利スキルかよ……。
運営は俺に、この世界で敏腕総務にでもなれって言うのか?
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
当初はこのまま次章へ続ける予定でしたが、物語全体の構成を改めて考えた結果、平太が一度現代へ戻り、再び戦国世界へ帰ってきたここまでを「第一部」として、いったん完結とすることにしました。
文字数も約12万字となり、この先まで一つの作品として続けると、かなり長い物語になる見込みです。そのため、続きは「第二部」として、改めて新しい作品として連載を開始する予定です。
もちろん、物語そのものはまだ終わりません。
第二部では、戦国世界へ帰ってきた平太が、そこで得た居場所や大切な人たちを守るため、さらに大きな問題へ関わっていくことになります。
第二部の公開時期については、ある程度書き溜めができた段階で、改めてお知らせします。公開後はこちらにもリンクを掲載する予定です。
まずは第一部の最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
物語はまだまだ続きます。
第二部でも、引き続きお付き合いいただけるとうれしいです。




