第18話 インドア同盟の結成と、異世界に舞い降りたケミカルな魔薬
岩松たちが「おうっ! そりゃあっ!」と雄叫びを上げながら、凄まじい勢いで土を掘り返している。
その圧倒的な肉体労働の光景を横目に、俺の背後から、なんとも陰鬱でどんよりとした声が聞こえてきた。
「はぁ……。どうして私がこんな野蛮な肉体労働を……。大体、鍬を振るう筋肉と、筆を握る筋肉は別物なのですよ。これでは私の繊細な筆運びが台なしに……」
「あぁ……陽の光が眩しい……。お肌が焼けて砂のように崩れてしまう……。早く家に帰って、昨日貸本屋で借りてきた草双紙の続きが読みたい……」
ブツブツ、ブツブツと、まるでこの世の終わりのように文句を垂れ流しているのは、我が上宿から派遣されてきた二人の若者、石渡久蔵と、芦沢五助だ。
二人とも細身で青白い顔。ひょろひょろとした頼りない腕。
どう見ても農作業に向いていない人種である。
おそらく、上宿の大人たちも「とりあえず数合わせで出しておけ」くらいの感覚で送り出してきたのだろう。
見事なまでの「余り物」感が全身から漂っている。
だが、俺は彼らに強烈なシンパシーを抱いていた。
(わかる……超わかるぞ、お前たちの気持ち。インドア派にとって太陽の下での肉体労働は、控えめに言ってもただの拷問だよな!)
キラキラと心地よい汗を流す下宿のイケメンたちと、木陰でどんよりとうなだれる俺たち上宿の三人。
完璧なまでに「陽キャ」と「陰キャ」の境界線が引かれている。
……というか、上宿が最近衰退気味なのは、単に橋が落ちたせいだけじゃない気がするな。
こういうところだぞ、名主さん。人材の適材適所をもっと考えてくれ。
なんだか自分がリーダーシップを取って動かないと、この場が永久に硬直する気がしてきた。
代表とは言われたものの、基本は適当に草むしりでもしていればいいかと思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。
他の二人に至っては、俺以上に「誰かが何か言ってくれるまで、一歩も動きません」という意志を目に宿している。
仕方がない。
さっき岩松が言っていたとおり、まずは草刈りから始めることにしますか。
「あのー。じゃあ、とりあえず草刈りでも始めましょうか」
俺がそう声をかけると、二人は待ってましたとばかりに、キッと鋭い視線で詰め寄ってきた。
「とりあえず、とは何ですか? 一応でもあなたが代表者なのですから、もっと戦略的な、効率化を図るための計画を提示してください」
「漫然と体を動かすなど、知性の敗北です。私らだって、やらなきゃいけないとはわかっているんですから、もっと効率的な方法を考えてください」
おいおい、急に詰め寄ってくるなよ。
こいつら、激しく面倒くさいぞ……。
「いや、そう言われてもさ。俺、農業のことなんてさっぱり分かんないんだよね。逆に、何か良い案ない?」
俺がそう話を振ると、二人は一瞬きょとんとしたが、すぐに腕を組んで難しい顔で考え込み始めた。
まず、久蔵がぽん、と手を打って答えた。
「……先に、畑に水を入れてしまうのはどうでしょう。土壌を十分に柔らかくし、根こそぎ引き抜く手法です。ここに生い茂っているのは『チガヤ』ですからね。チガヤは地下茎がしつこく、表面だけ刈ってもすぐに再生してしまいます。確実に、かつ最小限の力で抜き取るためには、土壌をふやかすのが最善です」
「お、おお……。五助くんはどう思う?」
もう一人に話を向けると、五助はあごに手を当てて言った。
「いまある水路は朽ちかけています。現在の水量と傾斜を考えると、この荒地に水を行き渡らせるには、おそらく十日以上の時がかかります。ですから、まずは水路と簡単な畦の補修から始めるべきかと」
「あー、なるほど。じゃあそうしようか」
俺がそう言うと、二人は「えっ?」という顔で顔を見合わせた。
「……いいんですか? 水路の修繕からなんて、一見、遠回りに見える作業から始めても」
「いいも何も。俺だって、できるだけ無駄な力は使いたくないもん。あの人たちみたいに、気合とパワーで一日中鍬を振り続けるなんて、俺には絶対無理だからさ」
指をさした先では、下宿の筋肉集団が「おりゃー!」「どりゃー!」と叫びながら、根性と馬力で荒地をこじ開けている。
「それにさ、もしかしたら各集落で開墾した面積の分だけ、自分たちの持ち分になる、みたいなルールになるかもしれないだろ? あんな化物たちと同じやり方をしてたら勝てるわけないんだから、俺たちは徹底的に頭を使って、効率で勝負しよう」
そう言うと、どんよりと暗かった二人の顔が、パァッと見違えるように明るくなった。
上宿は上宿で、基本は「気合と根性」だからな、親方もそうだし。
俺たちみたいなインドアの人間には生きにくい世界だよ、本当に。
彼らへの親近感が湧いたところで、俺はこっそり視界を切り替え、ステータスを覗いてみることにした。
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名前:石渡久蔵
年齢:18歳
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名前:芦沢五助
年齢:17歳
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やっぱり、岩松と同じように名前と年齢しか見えない。
十八歳と十七歳か、若いなあ。
そんなことを思いながらシステム画面を閉じようとした、その時だった。
「ん……? なんだこれ」
視界の奥、半透明の画面の向こう側の景色に、妙な違和感がある。
荒地のさらに奥にある藪の一角が、ピンク色というか、サーモグラフィの熱源のようにぼうっと色づいている。
その熱源に視線を固定すると、まるでピントが合うように、色がだんだんと濃くなり、光の範囲がピンポイントに狭まっていく。
(もしかして……ここになんかある、ってことか?)
「あ、悪い。俺ちょっと、おしっこ行ってきていいかな」
「あ、はい。わかりました。足元にお気をつけて」
二人に手を振り、俺は熱源が指し示す藪の方向へと、ガサゴソと草を掻き分けて進んでいった。
この世界に来る前も来てからも、俺はこんなことばかりしている気がするな……。
そんな自虐交じりのため息をつきながら藪を抜けた、その時。
目の前の草むらに、ぽつんと置かれた「それ」が目に入った。
「何だこれ……木箱?」
サイズ的には、段ボールの60サイズ(小ぶりな荷物用)くらいか。
年季の入った古びた木箱が、まるで誰かがたった今そこに置いたかのように、不自然に佇んでいる。
恐る恐る手を伸ばし、指先で木箱の表面に触れてみる。
すると、指先が触れた瞬間――。
あの、お蘭ちゃんにケーキを出した時と同じ、光り輝く「輪っか」が虚空に出現した。
そして、シュゥゥゥ……と音を立てて、輪っかが閉じる。
同時に、目の前にあったはずの木箱が、跡形もなく消え去った。
「おいおい、吸い込まれたぞ……。ってことは、まさか……」
俺は期待を胸に、視界の右下端に並ぶ4つのシステムボタンに意識を移す。
案の定、その中の一つ――【アイテム】のアイコンの上に、通知マークのような「赤いポツ(●)」が灯っている。
意識のピントを【アイテム】ボタンに合わせる。
――――――――――――
【所持アイテム一覧】
・至高の苺ショートケーキ × 7
・エナドリ × 5
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「増えとるやんけ!」
思わず声を上げてしまった。
残り二個だったはずのケーキが、七個に増えている。
そして、その下に追加された、現代では死ぬほどお世話になった不穏な四文字。
「エナドリって……。あの、翼を授けてくれるやつか?」
どうしてファンタジーなのか戦国風なのかわからないこの世界で、現代のケミカルな魔薬が手に入るのか……。
運営のセンスが本気で謎すぎる。
試しに「エナドリ」に意識のピントを合わせてみると、目の前にウィンドウがポップアップした。
─────
『エナドリ』× 1 を使いますか?
[ YES ] / [ NO ]
─────
あー、なるほど。
俺は迷わず [ YES ] を選択した。
すると、俺の目の前の空間に、小さな光の輪が出現する。
光が弾け、輪が消えたのと同時に――コトリ。
目の前の地面に、銀色と青色の見慣れたアルミ缶が出現した。




