episode 086
ドアの上部には、『視聴覚室』と記されている。
そこは、冬流も授業で何度か訪れたことのある場所であった。
「真夜中のピアノ」
「やめんか」
夏純の茶化し言葉を一喝した彼は、手元にあるダーツの感触を確かめながらドアノブに手を掛けた。
半分ほど手前に引き、身体を滑り込ませる。
「あたっ!」
間髪入れず中に入った夏純は、目の前で立ち止まっていた彼の背中に、しこたま鼻をぶつけていた。
「馬鹿、何で止まっているの……」
彼女の悪態は、そこで止まった。
冬流は、まるで金縛りにでもあったかのように、動きを止めていた。
彼の視線は、真っ直ぐに前方を向いている。
2人の目の前に広がっている光景。
そこには、100人以上の『北野鍾子』が在った。
そこからは、生命らしきものを感じることは出来ない。
あるものは、机に突っ伏している。
あるものは、壁にもたれて座っている。
そのどれもが、物体としては存在しているのに、生命が集合している独特の雰囲気は皆無であった。
『汝、決して我に追いつけず』
黒板一杯に記されたその文字は、冬流たちを嘲り笑っているように見えた。
そこでようやく緊張の糸が切れたのか、夏純が発した叫び声が、大部屋全体を揺さ振ったのだった。




