3-18
読みに来てくださってありがとうございます。
どうしても切れなくて8000字超えてしまいました。
よろしくお願いいたします。
翌朝、ロンはダニアと一緒にフィーニスの背に乗って、視認だけでは難しいほどの上空に昇った。ドーム状の建物はシールドに包まれた街の中央に確認した。ロンは金の瞳の力で、シールドを隅々まで見渡した。
この世に100パーセントのものはあり得ない。弱点が必ずあるはずだ。舐めるようにシールドを見ていたロンは、極わずかな違和感を拾った。
どこだ?
ふと、シールドの頂点に小さな点があるように見えた。
「このシールド、サルミスでテロに加担したハティたちが作ったものに似ているわね。あの時は頂上をフィーニスが割ったんだったわよね?」
ダニアの小さな声に、はっとする。じっくり見れば、ドーム状のシールドの天頂に見えた小さな点は、そのまままっすぐ下に延びている。金の瞳が、シールドの弱点であり、この穴を使えばシールドを壊せると告げている。
「この穴は、シールドのエネルギー源に直結しているのだな」
おそらくそれは指一本に満たないほどの細い穴であるはずだ。それはスラム街の人々からは見ることのできない場所であり、こうやって上空から探さなければ見つからない場所だ。スコルの魔術師たちも、ここなら破られないと考えたのだろう。
「フィーニス。あの穴を通すようにして破壊できるか?」
『やってみる』
フィーニスは口から強烈な炎を吐き出した。それも繊細に、指一本分ほどの長い穴をスムーズに通るだけの細さに調整している。細い分弱く見えるが、広がりを抑えているだけなので、むしろ高密度の炎の矢と言ってもいい代物だ。
『何かにぶつかって、壊したような感覚があるよ』
フィーニスの言葉と同時に、シールドが揺らいだ。じっと見ていると、それはまるで雲や霞のように薄くなり、消えていった。
「俺たちも行こう」
下を見ると、アルテューマの騎士や魔術師たちが続々とビルの建ち並ぶ街の中に侵入している。シールドが消えたことに驚いたのだろう、スラムの人々がこちらを見、そしてフィーニスに気づいて慌てて小屋の中に逃げ込んでいる。
「ダニアは俺にしっかりしがみついているんだ」
フィーニスがドーム状の建物目がけて突っ込んでいく。炎をその屋根に吐いたが、びくともしない。
『耐熱仕様ってやつ?』
「では物理的にいこう。フィーニスが足で踏みならせば直ぐに壊れそうだ」
シールドが高熱で破壊されたので、慌てて耐熱の魔術を掛けたのだけだったのだろう。ロンの言ったとおり、フィーニスが爪を立てて屋根を引き剥がせば、あっという間に巨大な穴が見えた。メティとは少し造りが違うようだ。
その穴を急降下していけば、横から様々な魔術が飛んできたが、フィーニスはそれらを躱し、ロンが反射で防いでいく。
地底が見えてきた。魔術師と思われる人々が、大きく壊れた黒い物体の周りで叫び、隣にある白い水晶を守ろうとしている。
「あれか」
『壊れている方が、生活のためのエネルギーを貯めていた黒水晶だね』
膨大な魔力を黒水晶に貯め、それを使って快適な暮らしをしてきたのだろう。照明と思われるものも消えており、魔術師が明かりを放って、残っている白い水晶の周りを囲んでいる。
「やっときたな、ローンヴァルド。裏切り者シグルドの子孫。瞳持ちのハティよ」
ダニアはその男に見覚えがあった。
「マリッツ……」
「知っているのか?」
「王家に通信機を献上した、スコルの魔術師団の団長だわ。ベサール魔術師長に言われて控え室で待機していた時、部屋を間違えたと言いながら入ってきたから、よく覚えているの」
「王宮内の偵察か。ダニアはフィーニスから下りるな。フィーニス、何かあったらすぐにダニアを連れて飛べ。いいな」
『いいよ』
ロンはフィーニスから下りた。
「お前が今ここで降伏すれば、クラウデンはスコルを滅ぼすことまではしない。だが、降伏しないならば、スコルと雌雄を決するために来た。ファフニールが国一つ滅ぼせるだけの力を持っていること、スコルのお前ならよく理解しているだろう?」
「ああ、もちろんよく知っている。だが、我々はハティとは違う。ハティは月しか食らえぬが、スコルは太陽を食うのだ。同じと思われても困る。それに、お前がファフニール連れだとは言え、単身乗り込んだところでこちらには高魔力持ちの魔術師たちが山のようにいるのだよ。初めから結末など決まっているだろう」
「どうかな?」
アルテューマ騎士団とクラウデンの魔術師、そして「善きハティ」たちが、この地下に到着したようだ。
「地上は制圧した。あとはここだけだ」
「地上にいた奴らはたいした連中じゃないからな。さあ、その首をよこせ、ローンヴァルド! お前の瞳を私がもらってやろう」
雷光のような光がマリッツの手からロンに向かって放たれた。だが、ロンはマリッツが話をしている間に、マリッツと魔力を貯め続けている黒水晶の弱点を見切っていた。
雷光が放たれるのをまるで事前に知っていたかのような絶妙なタイミングで、ロンは「反射」を使った。雷光はそのままマリッツの元に跳ね返った。横に飛び避けたマリッツは憎々しげにロンを睨んだ。
「お前!」
「お前の魔力が尽きるのを待つだけでもいいんだが?」
余裕の笑みを浮かべるロンの向こう側に、ファフニールの背に目だけ出してこちらを見ている女の姿が見えた。マリッツは決めた。ロンを攻撃するふりをしてファフニールの背に転移した。フィーニスは慌てたように後ずさろうとしたが、転移で来られては間に合わない。ダニアはその手をつかまれ、マリッツと共に、黒水晶を守っている魔術師たちの所に転移させられた。
「女の命を助けたければ、私の攻撃を受けろ」
「ロン、駄目!」
ロンはどうすべきか考えた。瞳が示す、現状でのスコルの弱点は、やはりあの水晶だ。だが、どうやって壊す?
マリッツがダニアの口と鼻を塞いだ。窒息させるつもりだ。
「簡単には逝かせない。極僅かに呼吸できる方が、長らく苦しむことになるからな」
ダニアが苦しがって暴れている。そこに、アルテューマ騎士団に保護され、ジェルバの手をひっぱった玲が、騎士たちと駆け込んできた。
「ダニア!」
玲が悲鳴のような声を上げた。ダニアの耳にも、玲の声が聞こえた。
ああ、救助されたんだ、ダニアはほっとした。苦しいが、そこに心の余裕が出たのだろう。極僅かな時間ではあったがダニアに生まれたその一瞬で、ダニアはポケットからパウダー状の胡椒の入った小瓶を取り出すと、マリッツに向かって投げた。
「何をしやがる!」
次の瞬間、マリッツ他近くにいた魔術師たちも大きなくしゃみを始めた。思わずダニアの口を塞いでいたマリッツの手も離れる。その瞬間に、ダニアはマリッツの傍を離れた。ロンとフィーニスがダニアに向かう。くしゃみに苦しむ魔術師たちの間をすり抜けようとしたダニアだが、距離が離れていた魔術師たちには当然効いていない。あっさり捕まったダニアの頬をマリッツはパーンと平手打ちすると、ダニアを引きずって操作パネルの前に立った。
「お前たちも道連れだ。この水晶に貯められた魔力を一気に解放し、この世界を終わらせる!」
やめろ、という声があちこちから飛んだが、マリッツは薄ら笑いを浮かべた。
「終わりだ!」
レバーが引かれ、ガチャッという音がした。水晶の動きが止まり、キラキラと光り出す。
圧縮されていた魔力が急速に水晶の中で膨張していく。
「ダニア、こっちへ来い!」
狂ったように笑い続けるマリッツの傍から離れたダニアは、何とかロンとフィーニスの元へ逃げた。
「退避しろ!」
慌てている玲を、ジェルバが抱きかかえて壁の向こうへと走っていく。フィーニスに乗って上に飛ぶしかロンとダニアが逃げる道はない。だが、外に飛び出す前に膨張を始めた水晶は爆発するだろう。
『僕の背に隠れて!』
フィーニスに言われるまま、ロンとダニアはフィーニスに背後に隠れた。
次の瞬間、バリンという大きな重いものが割れる音がして、水晶の中から光が飛びだしていった。ダニアの目の前で、まるで流星が飛びだしていくように、四方八方へ、遠くへ、近くへと光が無数の固まりになって飛んでいく。
「きれい……」
思わずつぶやいたダニアに、ロンが抱き込んでいた腕を緩めて空を見上げる。
「本当だ」
これが禍々しい、世界の終わりの光とは思えない。水晶は光を吐き出しながら、少しずつ小さくなり、やがて光を吐き出しきったのだろうか、真っ白に燃えついたように輝きを失った。
「そんな、馬鹿な! 世界を滅ぼすんじゃなかったのか? ……」
マリッツが震えている。通信機が着信を知らせた。
「ロン、生きているか?」
通信機から聞こえたのは、クラウデンの戦場にいるアレクサンダー団長の声だ。
「スコルの方角から大量の光が振ってきて、農地に吸い込まれている。火山灰で使えなくなった湖も浄化されているという報告が入っているぞ」
スコルもハティもクラウデンもない。そこにいた人々は何がどうなっているのか、よく分からずに困惑している。
『さあ、今から仕上げだ』
突然フィーニスがロンとダニアから離れた。
『二人と過ごせて、楽しかったよ。でも、僕にはやらなきゃいけない仕事があるんだ』
「フィーニス?」
ロンがいぶかしげにフィーニスを見た。
『ロンもちょっと辛いかも知れないけど、我慢してね』
フィーニスはそう言うや否や、空に向かって大きな口を開けて何かを吸い込み始めた。スコルの魔術師、ハティの血を継ぐ者たちの体からまるで金色の蒸気のように何かが立ち上り、フィーニスの口に吸い込まれていく。その金色の煙は、空のあらゆる方向から流れてきて、フィーニスの口の中に入っていく。
「フィーニス! 何をしているんだ!」
だが、フィーニスは止めない。ロンは自分から立ちのぼるものを見つめ、そして驚愕に目を見開いた。
「魔力を食っているのか?」
魔力を?
ダニアがフィーニスの首にしがみつくようにすると、フィーニスの片翼がダニアをそっと守るように畳まれた。スコルの魔術師たちも何が起きているのか気がついたようで、止めろ、と狂ったように叫んでいる。その場を動けないようだ。魔力のないクラウデンの魔術師やアルテューマ騎士団の騎士たちは、今のうちとばかりにスコルの魔術師たちを捕らえ、拘束していく。
立ちのぼっていた煙のような魔力が細く薄くなり、やがて見えなくなった。ダニアを守るようにしていたフィーニスが、とんとダニアを突き放した。と同時に、フィーニスの体が傾いた。
「フィーニス!」
ロンも魔力を奪われ、動けない。ダニアはロンの腕の下に体を入れると、フィーニスの傍に連れて行った。
「フィーニス? どうして魔力を奪ったんだ?」
『それが僕の役割なんだ』
フィーニスは苦しそうだ。
『ロン、ダニア。聞いてくれる? 僕は1000年前にハティを滅ぼしたと言われている。それはね、魔力を奪うことで、ハティの人々が何もできなくなったから国が崩壊したってことなんだ。魔力の有無や強弱は、努力じゃない、生まれつきのものだ。それなのに、イアールンヴィズも、そこから割れたスコルもハティも、魔力だけで人の価値を決めるようなことをした。身分も似たようなものだけれど、身分は努力で手に入れることも出来るし、ふさわしくなければ排除もされる。そんな人間を見て、神様たちは魔力を人間に与えるべきではなかったって後悔なさったんだ。それで、金が大好きな僕が選ばれた。神様が人間に与えた魔力は、等しく金色なんだ。だから、金を集めるために人の姿を捨てた僕を、神様たちがちょうどいい道具だってお思いになったんだ』
「そんな……フィーニスはフィーニスよ」
フィーニスはダニアの言葉にうれしそうな表情をした。
『僕は誤った魔力の使い方をする人間から、罰として魔力を吸い上げるよう命じられた。最初は一人ずつやっていた。でもね、探すのも面倒だし、大変なんだよ。だから、1000年毎に国家単位で滅ぼすようにした。1000年前のハティの時には善人からは魔力を奪わなかった。善人ならいい魔力の使い方をするだろうって思ったんだ。でも、子孫に魔力が受け継がれる中で、子孫の中には悪い奴もいた。結果的にダニアやロンが苦労する原因になったのを見て、僕、失敗したんだって気づいたんだ。だから、今回は、全員から魔力を吸い上げた。僕に魔力を吸われた人間は、もう二度と魔力を持てないよ』
「でも、フィーニス、そうしたらあなたはどうなってしまうの? 1000年前に封印されたって、あれはどういうことなの?」
ダニアが涙を流している。ロンも泣きそうな顔をしている。
『眠るだけだよ』
「眠る?」
ダニアの問いかけに、フィーニスはかすかに頷いた。
『お腹いっぱいになると、眠くなる。そういうこと』
「そんな……」
フィーニスにしがみついて、ダニアは泣いた。
未知の生物討伐のためにロンが派遣された時のこと。
そのロンが連れてきたのが、小さな黒いファフニールだったこと。
一緒にノトスにも行ったし、フィーニスをぬいぐるみのように抱いて不安な夜をやり過ごしたこともあった。
フィーニスともっと長い時間を過ごしたロンは、魔力を吸い取られたことと、フィーニスを失うかもしれないことで冷静ではいられなくなっている。
『前回、ハティから魔力を吸った時、僕は自分の宝物を奪われないようにって、あの指輪をシグルズに渡した。今回はロンに預けていくから、子々孫々に伝えて、1000年後にまたロンの子孫に会えたらうれしいな』
「そんなこと言うな、もっと一緒にいようよ?」
『無理だよ、もう眠いんだもん。僕はここで眠る。眠ったら、ダニアのご飯をお供えしてくれる? 今はお腹いっぱいで、ダニアが作ったご飯を食べたいけど、食べられないんだ』
フィーニスの体が縮んできた。いつもダニアが抱っこしていた、いやロンの肩に止まっていた時のサイズにみるみるうちに縮んだフィーニスを、ロンとダニアが撫でた。
『ロンに会えて、うれしかった。次もロンにそっくりな人に会いたいな』
「ああ、会おう。1000年後に、また、必ず。会いに来てくれてありがとうな、フィーニス」
「守ってくれてありがとう、フィーニス」
『うん。ロン、ダニア、ありがとう。またね』
フィーニスの体が魔力の残滓と同じように金色の粒子になって、光りながら土の中へと消えていった。
「行ってしまったな」
「……うん」
ロンは手近にあった黒い石を、フィーニスが消えた地面に置いた。そして、その場でダニアと抱き合って泣き続けた。
スコルは崩壊した。1000年間蓄積され続けたスコルの魔力は、傷ついた大地を癒やし、汚れた湖や川を浄化し、大気中に浮遊していた大量の火山性の塵まで除去していた。あの光は世界の崩壊ではなく、世界を救うために貯められたものだったのだという結論になった。塩害に苦しんでいた乾燥地帯や海岸部の土地の余計な塩分も除去されたという報告があった時、1000年前のスコルのリーダーは、ハティの国がクラウデンに取って代わられた時、戦いで国土が荒れたのを教訓として、大地を癒やす魔法に変換する装置を作ったのだろうと誰もが思ったのだ。
フィーニスによってスコルだけでなく、善きハティもそうではないハティも、この世で魔力を持っていた者は皆魔力を失った。魔力を使った魔術は誰も使えないものとなり、本人の努力と修行で使えるようになる魔術式を使った魔術だけが残った。スコルの魔術師たちはプライドをへし折られ、生きる意味を見失った。魔力がないという理由でこれまでスコルの魔術師たちによって虐げられてきた民は、そんな元魔術師たちを許さなかった。
アルテューマ騎士団とクラウデンの魔術師たちが撤退し、終戦協定のために再びクラウデンの代表者がスコルの中枢にやって来た時、魔術師階級だった者の姿を見つけることはできなかった。民にたたきのめされたり、逃げたりしたのだ。民の代表者と終戦協定を結んだクラウデンとスコルは共に議会制の国を目指すことになった。王や特別な階級というものを否定する考えに抵抗したクラウデン貴族もいたが、あの宮中伯の一言で誰もが黙った。
「お前たち、誰一人前線で戦っていないだろうが。王都からさっさと逃げ出した奴、田舎に引っ込んで我関せずという姿勢を貫いた奴。貴族としての勤めを果たせないなら、全員で爵位を国に返上し、貴族をこの国からなくすべきだろう」
宮中伯は法務関係の大臣であるとともに、生き残った貴族の中では最も尊敬されていた人物であった。貴族たちの中には、貴族制度を残す他国に向かった者もいたが、去る者は追わなかった。
火山の噴火で破壊された王都は放棄され、ヴァストークに都が置かれることになった。クラウデンがこれからどんな国にしていくのかは、まだ協議中だという。ダニアが子爵家の養女であるということに価値があるかどうかは、新しい国の形が定まるまではわからない。
それから、玲は元の世界に戻ることをあきらめたようだと伝え聞いた。
「ジェルバがスコルの捕虜に確認してくれたんだけど、もし戻るなら、あの水晶に貯められたのと同じくらいのエネルギーが必要だったらしくてさ。残念ながら無理ってことらしいよ」
衝突しながらもジェルバは玲の面倒を見ているようだ。このあと2人がどうなるか、ダニアにとってはもう遠い存在だ。
ダニアはあの戦いが終わった後もずっとスラムでごはんを作り続けた。炊き出しではない。スラム街の人々に対し、ダニアはただで食べさせはしなかった。じゃがいも一つ、卵一個でもいい。小銭でもいいから、必ず対価を要求した。施しを受けることを当然とし、自分の力で稼ぐことを忘れさせないためだった。
それと同時に、料理に興味があるという者には惜しみなく料理のいろはから教えた。包丁で手を切る者や鍋やフライパンで火傷をする者は毎日いたが、ダニアのいる小屋からは毎日笑い声が絶えなかった。米や醤油は比較的手に入りやすかったために、おにぎりやどんぶりなど、おかずが少なくてもお腹を満たせるようなものを毎日作った。
決して贅沢な食事ではなかったが、今ある素材を使って工夫することを教えた。生で食べるかスープにするか程度にしか料理を知らなかった者たちが、少しずつ味と素材を調理法を覚え、家庭で、あるいは自分の店として小屋で料理を出すようになっていった。
あとはここの人たちに任せてもいいかもしれない。
そう思った頃に、ロンが終戦協定に関係する残務処理が終わったと、アルテューマから迎えに来た。
「ここの人たちも、これからは自分の力で生きていくんだな」
「そうね。生きるためには、やっぱり食って大切なのよね。私が料理を教えた人たちが、スコルの風土にあった形でおいしい料理を作れるようになったらと思っているわ」
「そうだね。ダニアはこの半年、本当によく頑張ったね」
半年前にフィーニスを見送った後、ロンは魔力をごっそりと抜かれたことで要治療者と判断され、優先的に転移で戻ることになった。だが、ダニアはもうしばらく残ることを選んだ。
「フィーニスに、ごはんをお供えしてって言われたでしょう? それに、スラムの人たちの食生活を改善したいの。これから新しい国を作るのに、食が貧しいと心が豊かになれないわ。安くて、おいしくて、お腹いっぱい食べられるように、半年くらいでいいからここで私にできることをしたい」
「ダニア、クラウデンも噴火で食糧が不十分だから、クラウデンから支援物資を送ることはできないと思う。それでもいいのか?」
「元々の食材に、手を加えることを教えるだけだわ。スコル国内の食糧生産の状況が分からないけれど、多少の食材は買いたいから、少しお金があると助かるのだけれど」
「手配するよ。半年か。長いな。その間ダニアに会えないなんて」
「ここがある程度形になったら、アルテューマに戻るわ」
「分かった。心残りがないように、しっかりやるんだ」
「ありがとう、ロン」
そんな会話を思い出していると、ロンがダニアに言った。
「帰ろう、アルテューマに」
「ええ、帰りましょう。時々、フィーニスに会いに来ましょうね」
「ああ、そうしよう」
アルテューマに戻れば、ダニアには料理人としての仕事が待っている。ダニアが食べる人を思い、体の状態に合わせて考えるメニューによって、疲れた人々の胃と心が癒やされていく。フィーニスが眠る地には、あの時の弟子たちが人間用の食事をお供えし続けているようだ。年に一度はダニアとロンも出向いてお供えをすると決めている。
あまりに有名になりすぎたことで自分の店を開くことを諦めたダニアだが、ロンと共に夫婦で騎士団に出勤し、厨房に入っていく。自分の店を諦める代わりに、お金さえ払えば誰もが騎士団の食堂を利用できるようにしてもらった。騎士や騎士団の事務スタッフや医療スタッフだけでなく、アルテューマの街の人間や行商でやってくる商人もダニアの顔を見に、そしてダニアが作った料理を食べにやってくる。
昼時、次々とやってくる人たちに、ダニアが大きな声で声を掛ける。
「おいしいごはんはいかがですか? しっかり食べて、元気出して頑張りましょう!」
ここまで長い間、お付き合いくださいましてありがとうございました。
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