2-6
読みに来てくださってありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
王都に入ったダニアは人混みに進まない馬車にイライラすることもなく、ぼんやりと店や人々を見るともなく見ている。前回王都に来た時、ダニアはトラヴァーの弟子だというだけで料理界から弾かれた。どうしようもなくて故郷に帰ろうと思ったところを、ロンたちアルテューマ騎士団の騎士たちに声を掛けてもらってアルテューマ騎士団に入ったのだった。
あれから約1年半が過ぎている。夏の終わりから秋にかけて滞在した前回は風もなく暑いところだと思った。晩秋・初冬いずれとも付かぬ今はもっと寒さを感じるはずだったのに、寒さを全く感じない。
「ここ数年、王都の冬があまり寒くないんだ。それに、温泉の湯量が増えているという報告もある。何かがおかしい気がするんだが、それが何なのか、俺にはよく分からない」
フィルはサルミス騎士団にスパイとして潜入していたハティだ。ハティとして必要な情報にアクセスできるようになるために、騎士団の仕事は相当真面目にやっていたらしい。
「王都までは遠いから、みんな連絡係になりたがらない。俺が率先してやることで、メティに寄ることもできて、当時の俺にとっては一石二鳥だった」
北の国境に位置するサルミスから王都の南西にあるメティへの移動には時間がかかる。だが王都からメティは馬を走らせて乗り継いでいけば1日で、並足の馬で移動しても余程ゆっくり進むのでなければ2日あればたどり着ける。サルミスからメティに行くのは一苦労だが、王都までの出張のついでに行くのであればいい目くらましになる、と当時のフィルは思っていたのだという。
「毎年この時期のサルミスからの定期報告には俺が来ていた。だからよく分かる。どうしてなんだろうな」
温泉の湯量が増えているということからダニアが推測したのは、この火山の下にあるはずのマグマだまりが上昇している可能性だ。となると、火山性の地震もあるはずなのだが。
「地震も増えているんだよな。その辺りも含めて王都の魔術師たちが研究しているはずなんだけど、何にも通達がないからわかったことがないんだろうな」
本当だろうか?王都には異世界から渡ってきた人がいると聞く。もしそれがダニアの前世と同じ世界の人であれば、そしてその人が火山や地震について多少なりとも知識を持つ人であれば、気づけるはずではないだろうか?尤も、同じ地球でも地震がほとんど発生しない地域の人であれば、そんな知識はないのかもしれないが。
「マグマだまりが上昇しているのだとしたら、危ないわね。遠くない内に噴火する可能性がありそう」
ぼーっとしていたダニアは、前世の知識のままぽつりと言った。
「マグマだまり?」
フィルの声にはっとして馬車の中を見れば、ロンも同じように不思議そうな顔をし、そしてフィーニスが難しい顔をしてダニアを見ている。
「何でもないわ、ちょっとお料理のことで、ね」
自分でも不自然な取り繕い方だったとは思うが、それ以上にその一瞬に言えることが思い浮かばなかった。気まずい雰囲気のまま馬車が中央騎士団に到着した。馬車を止め、ロンたちが守衛所で手続きをする。中央騎士団内には、定期報告や研修など様々な理由で王都にやってくる各地の騎士団員が滞在するための宿泊棟がある。ダニアが以前仮住まいしていたのもその棟だ。普段ならその棟に宿泊するのだが、今回はザカリーたちボルシュ商会と行動を共にしている。そのため、ロンとフィーニス、そしてフィルだけが馬車を降り、ダニアたちは宿泊先のホテルに向かった。
「ロン様たちは夕食には間に合うと思いますが、それまでゆっくり休んだほうがいいですよ。それに、ロン様たちの仕事で数日は王都に足止めされますから、明日私と王都の市場にでかけませんか?」
「お仕事の邪魔にはなりませんか?」
「問題ありませんよ。この先まだ町はありますが野営も増えますから、保存の利く食糧は手に入れておきたいんです。それに、何かいい物があれば買い付けて、ノトスの店で売りたいんですよね」
「そういうことでしたら、ご一緒させてください」
ザカリーはうれしそうに頷いて自分の部屋に行った。
ダニアはベッドにそっと腰掛けた。官舎のベッドよりもはるかに高級なものだ。部屋だって平民のダニアが一人で使っていいのだろうかと思うほど広くて美しい備品に溢れている。ボルシュ商会がいかに裕福な商会なのか、そしてその次期会長となるザカリーがどれほどの立場の人であるのかを、ダニアはこの部屋一つで察してしまう。ザカリーがダニアに好意を寄せていることにダニアは気づいている。だが、ダニアはロンを選んだ。ザカリーには申し訳ないと思うが、ザカリーならば縁談など選り取り見取りのはず。何も天涯孤独の身となったダニアでなければならないなんてことはないのだ。むしろ有力者のお嬢様と縁づいた方が商売にも有利に働くことだろう。
ダニアにとって、ザカリーは「友だち」なのだ。ロンに言ったのとは少し違うが、一生商売上の付き合いは続けていきたいと心の底から思っている。いい食材、クラウデンにない食材を仕入れるルートを確保しておきたいということもある。ザカリーと話すのは楽しいということもある。何よりも、自分とそれほど年が違わないのに自分の判断で大口の商取引を行い、広げた人脈のその広さと太さに、ダニアでは全くできないことだと本気で尊敬しているのだ。相手の優れた点を素直に認め、尊敬できるところがダニアのいいところだが、本人はそれに全く気づいていない。ダニアが誰にでも親切にするからダニアが困った時にみんなが助けてくれるのだが、周りの人がいい人だからだと信じているダニアでは永久に理解できないかもしれない。
「さて、ちょっと時間ができたことだし、レシピをまとめ直しましょうか」
馬車の中でぼんやりとコロッケの存在を思い出していたダニアは、コロッケだけでいくつレシピが書けるだろうかと考えた。普通のコロッケ、コーン入りのコロッケ、クリームコロッケ、あ、かにクリームコロッケは別立てしても怒られないかしら?ノトスに行くなら、きっとカボチャのコロッケも作れるだろうな。カレーのコロッケもできる。わくわくしながらレシピをまとめようとして、ふと今の状態ではどうしても作れないものに気づいた。
「すき焼きの残り物で作ったコロッケ、美味しかったなあ」
願わくば、もう一度食べたい。このクラウデンには醤油やみりんがない。外国の調味料は余り流通しない上、ダニアの故郷やアルテューマの図書館には外国の料理や食材の本がなかった。もしこの世界にもあるならば是非作りたい。欲は言わない、醤油と鰹節だけでも欲しい。それは十分に強欲だなんて言わないでほしい。
「王都の図書館なら、外国の食材について書かれた本があるのかしら?」
もしそうならば、是非調べたい。ザカリーの話では、醤油やみりんはノトスにはないと確認済みだ。東のスコル、北のセヴェル、西のデュシス。もしかしたらもっと遠い国もあるのかもしれない。そしてダニアの知らない食材や料理がたくさんあるはずなのだ。ロンたちが帰ってきたら図書館に連れて行ってもらえないか相談しよう、とダニアは思った。
疲れた様子でロンとフィルが帰ってきた。少し休んでからダニアも一緒に夕食を取った。ザカリーたちは商談があって、先方と食事に行くことになったと聞いている。
「後でダニアの部屋に行く。話がある」
小声でロンにささやかれたダニアは、小さく頷いた。
「遅くにごめん」
ダニアの部屋に入ったロンは、ソファに座った途端に隣のダニアの膝に倒れ込むようにして膝枕の態勢に入った。
「ロン?」
「疲れた。フィーニスのことも含めていろいろねちねち聞かれて、嫌な感じだったんだ」
『僕、いい子にしているよ?』
「ああ、フィーニスは何にも悪くないよ。フィーニスのことも俺のことも、中央の騎士団の連中はこれっぽちも信用していない。叛意さえあれば直ぐにでも殺そうとしてくるな、あれは」
「フィーニスの力が怖いのね」
「そりゃそうさ。ハティを滅ぼした伝説のドラゴンだからな」
「そのフィーニスに命じられるロンのことも怖いのね」
「だからさ、俺に何かすればフィーニスが怒るって分かるはずなんだが、そこがうまく繋がらないようなんだよな」
「変なのね」
ダニアの膝に頭を乗せて目を閉じるロンの気怠げな姿は、ファンであれば卒倒するほどのものなのだろう。ダニアはただそっとその髪を手で撫でながら、ロンの力が抜けていくのを感じていた。
「ねえ、ロン。私、王都の図書館に行きたいわ」
「ああ、いいよ」
ロンの目が開いた。ロンの髪を撫でていたダニアの手を、ロンがそっと握ってロンの頬に沿わせる。
「そのかわり一人で行っては駄目だ。ザカリーも駄目。俺とじゃなきゃ、駄目」
「ふふ、わがままね。忙しいのに行けるのかしら?」
「大丈夫。時間は取れる」
ダニアの手を離すと、ロンは自分の手をダニアの頬に伸ばした。ダニアの顔が赤くなる。
「恥ずかしがる割には、スリスリして猫みたいで、可愛い」
「もう、ロンの馬鹿!」
ふふ、と微笑み合う。ロンがそのままその手をダニアの後頭部に回すと、自分の顔に引き寄せた。軽いリップ音がしてからロンの手が離れる。顔を上げたダニアは、そのまま両手で顔を覆ってしまった。
「今度はりんごだな」
「もう!自分の部屋に戻って!」
ロンはからかってごめん、と言うと起き上がり、顔を覆ったままのダニアの頭にぽんと触れた。
「王都の大きな図書館は身分証明がないとは入れないが、騎士の俺となら一人は入れる。ただし予約が必要なんだ。できるだけ早く予約を取るから、それまでは待っていて」
「はい……」
指の間からロンを見るダニアの顔は、まだ赤い。
「癒やされたから何とか眠れそうだよ。ダニア、ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい」
扉の閉まる音がしたが、ダニアの顔から熱が引くにはもう少し時間がかかりそうだ。
王宮の一角に、魔術師たちが研究をするための棟がある。異世界から渡ってきた女性も、その棟で働いている。働いているといっても、実際に何かを作るわけではない。かつていた世界にある道具について、それがどのようなものであるのかを説明し、その情報から魔術師たちが作った道具を評価する。機構や原理について知っているわけではないので、見た目や機能を確認して、魔術師たちがそれをうんうん唸りながら作るのだ。
その道具はこの世界にはないものばかりで、軍部がその恩恵に与っている。軍部と言っても中央騎士団だけだ。地方の騎士団にはほとんど支給されない。以前ロンが持っていた位置確認できる道具、GPSは、ある程度の精度や製品化に目処が立ったため、地方の騎士団でも副団長以上の人物や、犯罪者の体に埋め込んで逃亡した場合に備える、なんていう使われ方も始まっている。
月見里玲は、特別な人間ではない。勉強が嫌いで、何となく日々を過ごし、親と教師に反抗し、好きなように生きたいと思って生きてきた。モラトリアム期間とばかりに授業をサボり、ほどほどにアルバイトをして小遣いで服やアクセサリーやバッグを買う、極めて不真面目な大学生であった。玲が友だちの家で大騒ぎして近隣住民から苦情が入り、警察官に注意されて最低な気分で飲み会を中止し、自宅に帰る途中だった。あれ、と思った時にはアスファルトの道ではなく、むき出しの土が続く埃っぽい道になっていた。周りをよく見れば全く知らない風景が広がっている。玲はガクガク震えながら人家を探した。そして、川縁で行き倒れていたところを通りがかった人に救われ、リレー方式で王都に保護されることになったのだった。
玲の知識は、王都の魔術師たちに言わせれば中途半端なものだった。とにかく便利だったものやこの世界でまだ見ていないものを挙げさせ、絵を描かせ、どのように使うのかを尋ねた。転移魔法のようにこちらにあって玲のいた世界にないものもあったが、玲のいた世界にあってこちらにないものもたくさんあった。玲は「スマホ」をほしがったが、遠隔通話以外の機能が理解できず、まだ開発中だ。長く話を聞こうとすると直ぐに飽きてしまうし、ご飯が美味しくないと文句ばかり言っている。平民だったと本人が言うとおりマナーも何もなく、贅沢と怠惰を好む玲に、魔術師も王家も眉をひそめたが、新しい技術開発のためにと我慢した。
その玲も、20才になる。さすがに縁談を用意しなければならないが、玲を知る人ほど玲を妻にすることに抵抗を示した。王でさえ、側室にしようとは思えなかった。王子たちも全員拒否した。
そんな時に急遽浮上したのは、アルテューマ騎士団副団長であり、ファフニールを使役し、瞳持ちでありながらハティでもあると発覚したロンだった。周囲がロンを進めたのではない。中央騎士団に定期報告に来ていたロンを、たまたま中央騎士団に実験のために訪問していた玲が見て、好みのタイプだと騒ぎ出したのだ。
「異世界からの訪ね人も、伝説のファフニールの力なら抑えられるかもしれないなあ」
報告を受けた国王が何やら思案し、ロンの身辺調査を命じた。命じられた側近がロンを気の毒に思いながらも人柱になってくれと思っていることを、まだロンもダニアも知らなかった。
読んでくださってありがとうございました。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




