2-5
読みに来てくださってありがとうございます。
GW中5/6まで毎日更新します。
よろしくお願いいたします。
ソフィアはその日のうちに休暇を取って領地の邸に戻った。母から届いた手紙の内容を問いただすためである。
「お母様、ダニアを養女にするとはどういうことですか?」
「そのままよ。あの子は平民だわ。このままではどこかの商人に無理矢理引き抜かれてしまうかもしれない。弱小子爵家とは言え我が家は貴族。それに、あの男爵がこのまま黙っているとも思えない。あの男爵一派からダニアちゃんを守るには、まずはうちが保護するべきだと考えたのよ」
「他に目的は?」
「他に?ないわ、ただあの子がアルテューマで平和に暮らしていくために、まず取れる策をとろうと思っただけなんだもの」
「本当に?」
「他に何があるというの?」
ソフィアの心配はどうやら杞憂に終わったようだ。ほっとしすぎて倒れ込んだソフィアを慌ててソファに寝かせた両親は、改めてソフィアに尋ねた。
「ソフィアは何を心配していたんだい?」
「お父様とお母様がそういう人ではないと分かっているけれども……ダニアが生み出すお金に目がくらんで、ダニアの財産を手に入れるために養女にするんじゃないかって……」
「そんなわけないでしょう!」
「そうだ。私たちがそんな人間ではないとソフィアも思ったのだろう?」
「ええ、そうよ。でも、あの子が現実に今までしたことを考えれば、お金目当てにあの子に近づこうとする人がいるはずよ。さっさとロン様と結婚してくれればいいのだけれど、あの二人のペースだと50年経っても恋人のままでいるんじゃないかって思うほどよ?周りで見ている私たちの方がもっとガツガツ行けってイライラしてくるもの」
「あら、ソフィア、あなたいつからそんな積極的になったの?」
「今はダニアの話!」
最近モテるようになったことは、まだ両親に話していない。ちょっとだけ他よりも距離が近い人がいることも、まだ両親には言えない。
「とにかく、お金目当てじゃないのなら良かった。私からも話をした方がいいい?」
「そうだな。ロン様とアレクサンダー団長にはいずれ話をすることになるだろうから、お父さんたちはまずアレクサンダー団長に話をしよう。ソフィアはダニアちゃんにそれとなく聞いてくれるか?」
「分かったわ。ああ、ほっとした」
ソファでゴロゴロしはじめたソフィアに、母の目がキラリと光った。
「で、ソフィア。あなたも私たちに報告すべきことがあるわよね?」
「へ?」
思わず騎士団で呼名された時のように立ち上がってしまったソフィアに、母が何とも言えない笑顔を近づけてきた。
「うちの店は、若い女の子たちが集まります。もちろん休日を楽しむ騎士団の騎士や文官も来るわ。当然よね。そして若い女の子たちの話す内容と言えば、恋バナ。ダニアちゃんとロン様が一番ネタになっているけれど、最近ソフィアの名前も聞こえるのよねえ~」
「私以外にも、ソフィアはいるわよ?」
「事務部の文官の、今までツンケンしていたけれども急に柔らかくなったソフィアさんが二人もいると?」
「あ、その……」
「洗いざらいしゃべってもらいますからね?」
「いえ、帰ります、それじゃ」
慌ててソファから逃げようとしたソフィアの肩を、母は片手で押さえて言った。
「実は家ではこんな姿のソフィアですが本当によろしいのでしょうかエヴァン様、とお声を掛けてもいいのかしら?」
「いや~、やめて~お願いだから許してください~」
父は呆然と二人の様子を見ながら思った。
「エヴァンって……誰?」
同じ頃、アルテューマ騎士団内の一室で剣を手入れしていたエヴァンがくしゃみをしたが、その理由を知る者は誰もいない。
サルミスから戻ってきたザカリーたちの荷馬車に、ロンとダニア、そしてフィルが乗り込んだ。
「行ってきます」
「ああ、気をつけて」
アレクサンダー団長自ら、ロンとダニアを見送りに来てくれた。
「ザカリー、ダニアを半年で必ず戻してくれ。ロンを長期間ノトスに行かせるのはやはり国際問題になりかねない。つまらないことでノトスとの関係を悪くしたくない。分かってくれるな?」
「それを決めるのは私ではなくダニアさんです。ですが、トラブルになるのは私としても望むところではありません。どのような状況であっても、ダニアさんの意志を尊重するとだけお約束します」
「ロンには家族がいない」
「はい?」
「ロンは幼少時に家族から引き離された。誰に対しても仮面を被り続けてきたロンが唯一弱みをさらけ出せるのがダニアだ。ロンからダニアを奪えば、ロンとフィーニスは世界を滅ぼしてしまう可能性がある。周りの者に言う必要はない。ザカリーの胸の中に納めておいてほしい」
そんなことを言われたら、ダニアのことは諦めろと言われているのと同じではないか。
ザカリーは非難を込めてアレクサンダー団長を見た。
「お前に引けと言っているわけではないんだ、ザカリー。ロンの心をえぐるようなことだけはしないでくれということだ」
「同じだと思うのですが」
「まあ、ロンが振られることはないと私は信じている」
アレクサンダー団長は空を見上げた。
「見ろ。ノトスに向かって一直線に雲が伸びている。アルテューマにこの雲が現れたら冬が来る。ダニアは、アルテューマの冬を知らない。去年何があったか覚えているだろう?」
ザカリーは小さく頷いた。
「できることなら、あの子には安住の地を作ってやりたい。アルテューマはいつでも戻っていきてもいい場所なんだと思えるようにしてやりたい。ようやくあの子はその土台を踏み固めたところだ。失った故郷と同じくらい、このアルテューマを好きになってほしいと私は思っているよ」
なんだか話をはぐらかされたとザカリーは感じた。胸の内がモヤモヤする。
「まあ、元気にダニアを帰してくれ。それだけだ」
「はい……」
「隊長、出ますか?」
ザカリーはギーの声に、自分がアレクサンダー団長に何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
まあいい。ダニアさんに、ノトスを楽しんでもらおう。
「ああ、出発だ」
ギーがそっと馬の体に触れると、鞭を使わなくとも馬は歩き始めた。後続の荷馬車二台には、サルミスの山羊チーズなどクラウデンの品が積まれている。アレクサンダー団長の姿が小さくなる。アルテューマを離れることに、ダニアは不安がある。だが、今回はロンがいる。他にもザカリーなど、信頼できる人がいる。
旅行だと思って楽しもう。
そんなダニアの心を折るような事件が王都で起こるなど、その時の一行には知るべくもないことだった。
クラウデンの王都は、国の中央にある。始祖シグルズは山々にほぼ円形に囲まれた土地に特別な力を感じて王都を置いたのだとフィーニスが教えてくれたが、前世の知識があるダニアから見て、その地形はカルデラ以外の何者でもない。カルデラの中に都を作っても大丈夫なのだろうか。火山活動がないから人が住んでいることは理解している。だが、王都の近くには温泉が湧く地域がたくさんあり、王都の中にも温泉を利用した公衆浴場があると聞く。ダニアはこのカルデラを作った火山が活動を停止しているだけで、いつまた活動を開始するかどうか分からない場所だということを理解した時、なんて危険な土地なのだろうと恐れおののいた。シグルズが感じた特別な力とは、火山のエネルギーだったのではないかとダニアは考える。
アルテューマは王都から徒歩で五日。街道は敷かれているが王都の周りの山を越えなければならないため、実際の距離よりは時間がかかる。今回は馬車なので3日で王都に着くとザカリーは教えてくれた。
『僕に乗れば直ぐなのに』
拗ねるフィーニスを撫でながら、ダニアが言った。
「特別助けてほしい時には、フィーニスにお願いするわ」
『絶対だよ?』
「ええ、お願いね」
フィーニスは腹を出してダニアに撫でられている。これが本当に伝説の黒龍であるファフニールなのだろうか?
『僕は、本当の姿の時に格好良ければいいんだ。この姿の時は子どもと同じだから、いいんだよ』
都合がいいことをのたまうフィーニスを斜めに見つつ、ロンは遠くに見えてきた、王都を囲む山の方を見る。王都に行くと、いつも嫌な感じがする。生理的な拒否感と言えばいいだろうか。水が合わないという言い方が適当かもしれない。王都の人々、王族、魔術師たち。そのどれもが、ロンにとって違和感を覚える存在だ。特に王族は、その存在に意味があるのだろうとかと首を傾げざるを得ない。
遠い遠い親戚だというのにな。
この瞳のことで母親から引き離されるよりも前から、父はいなかった。母と住んでいたのはハティの居住区ではなかった。ならば、父がハティで母がシグルズの血をひくものだったのだろう。母は父がハティだと知っていたのだろうか?知って、知られて、別れたのだろうか?今となっては母の名も知らぬロンにその答えを知る術はない。ただ、母がまだ生きていること、そして寂しい思いをしていないことを願うばかりだ。
「ロン?」
ロンの気配の変化にきづいたダニアがそっとロンの名を呼んだ。
「何か嫌なことを思い出したの?」
「いや、そうじゃない。俺の両親ってどんな人だったんだろうって、ふと思っただけさ」
「そう。私の両親は、変わった人だったわ」
「変わった人?」
「ええ。そうでなければ、学校に行くべき年齢で学校に行かずに料理人の元で修行をするなんて言い出した娘の望みを叶えようなんてしないでしょう?」
「そうだな。だが、君の望みを叶えようとしてくれるなんて、いいご両親だな」
「そうね。両親が応援してくれなかったら、私はロンにもきっと出会えなかったわ」
「ダニア」
「だから、言ってね」
ロンがダニアを見つめると、ダニアもロンをまっすぐに見つめた。
「困った時、苦しい時、辛い時、必ずよ」
これまでロンの人生に、自分を守ってほしいと媚びる女は腐るほどいた。与えられることが当然で、自分が与える側になるなど思ったこともない、そんな女たちだ。だが、ダニアは彼女たちとは違う。対等であろうとし、支え合う関係でいたいと言う。自分の本心にいつも蓋をして、寂しさも何もかも飲み込んできたロンにとって、それは甘く、これ以上ないほどの中毒性を孕んだ言葉だ。
「あまり優しくしないでくれ。俺が駄目になりそうだ」
泣き顔を見られまいと顔を隠したロンの髪を、ダニアはずっと撫でていた……ロンがまだ幼なくて母と一緒に生活していた時に、母がそうしてくれたように。
「信じられる人が傍にいるというのは、ありがたいものだな」
「そうね。お互いに、ずっと、そういう関係でありたいと思うわ。それがたとえ友情であったとしても」
「ダニア?友情って?」
「ロン、あなたはこれからどれほど重要視される人物になるか分からない。そうなったら、私が傍にいられなくなる可能性があるわ。ソフィアのお父様とお母様が私を養子にする手続きを私がいない間に進めてくださるから、今までの私よりも立場は強くなったでしょう。ブリアンナ様たちに対抗できるくらいにはね。でも、ロンは違う。あなたの血を求める者は多いでしょう。そうなった時、田舎の子爵なんて簡単に消せるような人たちが出てくるかもしれない。だから……」
「嫌だ。俺はダニアじゃなきゃ駄目なんだ」
「最悪の場合の話よ。私だって簡単にロンの隣を明け渡すつもりはないわ。でも、どうにもならなかった場合、それでも私はあなたの味方で居続けるって、そのことを言いたかったの」
「そう、か」
「ええ。私はロンが好き。大好きよ。何でもロンと二人で考えて、よりよい道を選んでいきたいと思っている」
「俺が言わなきゃいけない台詞なのにな。なんだか格好悪いな、俺」
「それだって、私の前だから、でしょう?」
「そうだな」
「それでいいのよ。報告書のことで少し疲れているでしょう?寝ていていいわよ」
「でもそれだと護衛が」
「フィルさんもいるわ。それに、私たちボルシュ商会の商隊の中にいるのよ?護衛もいるんだから、大丈夫」
「なら、遠慮なく休ませてもらうよ」
ダニアの許可を得ることもなくその膝に頭を乗せると、すぐにロンは寝息を立て始めた。
「おやすみなさい、ロン」
その髪を撫で続けるダニアを、ザカリーが涙目になって見ていることに、ダニアは気づかなかった。
読んでくださってありがとうございました。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




