第152話 飛竜の騎士
「あなた、知ってましたか? 街であなたの事が評判になってますよ」
外出から戻ったばかりのテレーゼが、店番をしていた俺を捕まえるや否や、そう教えてくれた。
「俺の評判? それって凄腕魔道具職人タツヤ様の評判か? それとも仮面の皇帝アダム様の評判か?」
「ええと……、黒い飛竜に乗った騎士様の評判です」
「ああ、それか。その話なら俺も聞いたよ」
先日、テレーゼと一緒に飛竜に乗って夜のデートに出掛けた。その際、暴漢に襲われている少女を見つけ助け出した。
夜の出来事ではあったが、照明弾を使って周囲を照らしたため目撃者も多く、飛竜に乗った騎士が少女を助け出した話は、瞬く間に街中に広まった。
まあ、かなり尾ひれの付いた話になっていたようだが……。
「あの娘さんを無事に救い出せたのは良かったですし、タツヤさんが飛竜の騎士って称賛されるのは嬉しいですけど…………、私、嫌な女ですよね」
「テレーゼ、どうしたの?」
テレーゼの表情がみるみる曇っていく。
「街ではあなたが飛竜に乗って娘さんを助け出した話で持ちきりです。せっかくタツヤさんが私の夢を叶えようと飛竜を作ってくれたのに……、なのに私は……」
言葉は途切れてしまったが、テレーゼの言わんとしている事はしっかり伝わって来た。
愛する夫が自分の為にとわざわざ飛竜を作り、月夜のデートを演出してくれた。
それが、世間では危機に瀕した少女を飛竜の騎士が救い出したという英雄譚じみた話として広まっている。
本当は自分こそが騎士に守られるお姫様役だったのに、助けた娘にヒロインの座を奪われてしまった格好だ。おまけに話は飛竜の騎士と助けられた娘のロマンス風に脚色されている。
そんな話を聞かされれば、妻として心中穏やかではいられまい。
「テレーゼ」
俺は肩を落としているテレーゼを力いっぱい抱きしめた。
「……ぶっ! ……ぶはっ! ぶははははは!」
駄目だ。堪え切れずに吹き出してしまった。
腕の中のテレーゼが爆笑する俺を茫然と見上げている。
「ひどい! いくらタツヤさんでも笑うだなんてあんまりです!」
テレーゼが目に涙を浮かべて俺を睨んでいる。
ああ、怒ったテレーゼもなかなか魅力的だ。
だけど確かに今のは駄目だよな。早く謝らないとまずい。
「すまん。笑ったのは悪かったよ。でもテレーゼは誤解してる。ちゃんと話を聞かなかったのか、それとも俺とは違う話を聞かされたのか、どっちかだな」
俺はテレーゼの目に浮かぶ涙を指で拭った。
「よく聞いて。世間に広まってるのは、襲われた少女を救った金髪の騎士の話だ」
「え?」
「世間で噂の飛竜の騎士ってのはテレーゼの事だよ」
「はい??」
どうやらまだちゃんと理解出来ていないようだな。
「よく思い出して。あの夜、暴漢たちを倒したのは誰だ? 飛竜だよね。俺は何もしていない。俺は飛竜の騎士なんかじゃない」
「それを言ったら私も何もしてません」
「違うよ。テレーゼはいち早く襲われた娘に駆け寄り介抱したし、飛竜に乗せて治療院まで連れて行った。あの娘、襲われたショックであの夜の事をあまり憶えてないらしい。でも治療院に向かう飛竜の上で、騎士の背中にしがみついていた事だけはちゃんと覚えてるそうだ。風になびく金の長い髪が綺麗だったってね」
テレーゼの金の長い髪をすくい、彼女の目の前へと持ち上げる。
「ホント、綺麗な金の髪だ。あの娘が言う飛竜の騎士って、間違いなくテレーゼのことだよ。たぶん一緒にいた俺の存在なんて覚えちゃいないと思う」
「でも、騎士って……。私、男と思われてたのでしょうか?」
「あの時は分厚い飛行服を着てただろ。だからテレーゼの細めの体形が分からなかったんだよ。確かにあの飛行服、騎士っぽいデザインだったしね。それに騎乗中は目はゴーグル、鼻や口はスカーフで覆ってたんだ。ショック状態の娘がテレーゼを男の騎士と見誤っても不思議はない」
テレーゼはやっと自分の置かれた立場を理解したようだ。
だがまだ納得がいかないという顔をしている。
「テレーゼはあの娘が襲われているのを見て、躊躇なく飛竜を突入させた。俺が何か言うよりも早く、自分の判断で救出に向かった。飛竜の騎士と称えられる者がいるとすれば、それは間違いなくテレーゼだよ」
なおも言い募ろうとするテレーゼだったが、店に客が入って来たのを見て、慌てて接客に向かった。
先日起きた事件は、仕事を求めて帝都に流れてきた男たちの一団が引き起こしたものだった。街で見掛けた若い娘に言い寄り、無下にされての犯行だ。
幸い事は未遂に終わったが、男たちに囲まれ刃物で脅された娘の心の傷は大きく、未だ精神状態が不安定という話だ。
帝都バベルでは街の各所に治療院を開設している。
だが治療院では怪我や病気を治す事はできても、心の傷までは癒せない。今後は心の問題を扱える人材を育成する必要がありそうだ。
またこの事件により、飛竜の存在は帝都の住人に抵抗なく受け入れられると判明した。
この飛竜、当初の設計ではロマン溢れる金属ボディーのメカ・ワイバーンとするつもりでいた。
だがメカ・ワイバーンの完成予想モデルを見たテレーゼから『騎士とお姫様が乗るのが機械竜とはセンスを疑う』と、いつにない強いクレームが入った。
男の抱くロマンと、女の抱くロマンスは相容れない存在なのだろう。
泣く泣くメカ・ワイバーンを黒い表皮で覆い、本物の飛竜っぽい外見へと設計変更したのだが、結果を見ればこれが正解だったようだ。
飛竜は既にカナン島の生産工場で量産に入っている。
騎乗する竜騎兵の育成が終われば、すぐにでも配備は可能だ。
そうなれば、帝都バベルの守りは盤石となるであろう。
◇◇◇
ファニス王国。
エデン帝国の属国であるセントース聖王国の東北に位置する国である。
そのファニス王国の辺境の街ザインの宿屋の一室で、五人の男女がテーブルを囲んで座っていた。
その中の目付きの鋭い中年男が、一同を見回し口を開いた。
「皆、聞いてくれ。今後の予定が変更になった。三日後にここザインの街からエデン帝国領に向け大規模なキャラバン隊が出発する。俺たちは馬車でこのキャラバンに同行しエデン帝国領に向かう」
男はエルドラ帝国皇帝ランドルフの密命を受けた諜報員クライヴ。
かつてヘルムラント王国の使節団の一員ノーマンとして、エデン帝国に潜入した密偵である。
「クライヴ隊長。ここから先は別行動で、各自で情報を集めながらエデン帝国に向かうって話でしたよね。何でそんな急に変更を?」
当惑気味な表情で訊ねたのは、このメンバーの中ではクライヴに次ぐ年長者であるオットである。年長者といっても、クライヴとは親子ほどの年の差がある男だ。
「ちょうどいいキャラバンを見つけたんで、交渉して同行を承諾させた。このキャラバン隊はラピア大平原を突っ切ってエデン帝国領まで行く。安全な街道を使って国伝いにエデン帝国に向かえば、三ヵ月はかかる行程だが、ラピア大平原を抜ければ一ヵ月半で到着できる。この機会を見逃す手はない」
ラピア大平原と聞いて、水商売風の薄手の衣装を着た女、カリーネが顔をしかめた。
「ラピア大平原って高ランクの魔物が多い無人地帯でしょ。大丈夫なの? 私たち、戦闘職じゃないから、魔物の相手なんて出来ないわよ」
「キャラバン隊は護衛を大勢引き連れていく。何度かラピア大平原を往復した実績のあるキャラバンだ。心配はいらん」
「本当かしら? まあいいわ。魔物に襲われたらみんなで私を守ってね」
男たちになまめかしい視線を投げるカリーネを見て、隣に座っていた若い細身の男が眉を顰める。
「おい、カリーネ。仲間内でそういう態度は止めろ。いざとなればいくらでも助けるが、初めから男を盾にしようなんて考えは不愉快だ」
「ふふっ、アクセルったら相変わらずお堅いわね。そんな堅物だと女が寄り付かないわよ」
「大きなお世話だ」
「何ならお姉さんがお相手して差し上げましょうか?」
カリーネがアクセルの耳元にふっと息を吹きかけ、彼の膝を指先でなぞる。アクセルがピクリと体を震わせた。
カリーネの対面に座っていた小柄な少女が、その様子を見て声を張り上げた。
「カリーネさん! 人前で何やってるんですか!」
「何って……。そんな恥ずかしい事、私の口から言わせる気? イングリッドって、可愛い顔してなかなかやるわね。興味があるなら、あなたも一緒に混じる?」
「な、な、何を……」
イングリッドと呼ばれた少女は、言葉を失い口をパクパクさせている。何を想像をしたのか、その顔は真っ赤に染まっている。
クライヴは大きなため息を付くと割って入った。
「カリーネ、そこまでにしておけ。何度同じ事を繰り返せば気が済むんだ?」
「はあぃ、隊長。ごめんなさいね」
全く反省した様子は見られない。クライヴもう一度ため息を付いた。
オット、カリーネ、アクセル、イングリッド。
彼ら四人は、クライヴと同じエルドラ帝国の諜報員たちだ。
十代から二十代の若き密偵たちで、使いようによっては一流と呼べる才能の持ち主たちだ。
だが同時に、過去に度々問題を起こしたトラブルメーカーでもあり、使いどころを見い出せず燻っていた所を、クライヴの部下として抜擢されたのだ。
今回の任務は、これまでにない遠地での重要任務だ。何かトラブルが起きても本国からの救援や増援は一切ない。
そんな敵地の中で、信頼して背中を預けられるのは、この五人しかいないのだ。下らない諍いで、チームの結束を乱されてはたまらない。
「アクセル、イングリッド。お前たちもだ。もう一ヵ月も一緒に行動してるんだ。カリーネの性分は十分に分かってるだろうに」
「それはそうですが……」
急造の諜報チームではあるが、エルドラ帝国を出発し隣国メルキン王国の転移ポイントに辿り着くまでの一ヵ月間、ずっと行動を共にしてきた。お互いの性格は十分把握できているはずだ。
説教モードに入りそうな気配を察知したのか、オットが陽気な声で話題をすり替えた。
「いいタイミングでメルキンの転移門を使えたおかげで、エルドラ帝国からファニス王国まで、たった一ヵ月しかかかっていない。ここから先、ラピア大平原を突っ切るなら、エデン帝国まで一ヵ月半。普通なら一年かかる行程が合計二か月半とは、驚異的な移動速度だ」
全くその通りだ。これだけの距離を二か月半で走破した例などないはずだ。
「そうだな。うまく転移門が使えたのは幸運だった。天は俺たちに味方しているようだ。今回の任務、必ず成功させて五人揃って帰国するぞ」
四人に部下たちが一斉に頷く。
だが、カリーネの笑顔が何だか気になった。
「カリーネ。言っておくが、キャラバン隊のメンバーや護衛にちょっかいを出すなよ。問題を起こしてラピア大平原の真ん中でキャラバンを追い出されたりすれば、俺たち全員終わりだからな」
「いやですわ。私だってそれくらい心得ていますわ」
本当か? 非常に疑わしい。
余計な騒動を起こさぬよう、それとなく見張るべきだろうか?
「イングリッド。後で大型の幌馬車を買いに行く。俺と一緒に来てくれ。残りの者は手分けして食料や日用品の買い出しだ。ラピア大平原に入れば、途中で補充なんて出来ない。買い忘れの無いよう頼むぞ」
「了解しました」
エデン帝国には、思ったより早く入国できそうだ。
前回は時間がなく、大した調査は出来なかったが、今回は時間がたっぷりある上に五人がかりだ。エデン帝国の情報はすぐに集められるだろう。
そして今回の最大の目的である浮遊石。
エデン帝国が独占する浮遊石を手に入れ、エルドラ帝国に持ち帰らねばならない。
果たして自分たち五人だけで、浮遊石を手に入れる事は可能なのか?
クライヴは軽く頭を振った。
浮遊石の前に、まずはラピア大平原を無事に通過する事だけを考えよう。




