第151話 ワイバーン
『司令。例の転移魔法陣の解析が終わりました。報告書を送りましたので確認をお願いします』
シャドウ・ゼロから連絡が入った。
エルドラ帝国の密偵ノーマンがヘルムラント王国で使った転移魔法。その痕跡を調べていた調査部の解析結果が出てきたようだ。
宰相ブラッドとの打ち合わせ中ではあったが、一緒に報告を聞こうと通信を繋いだ。
「ゼロ。概略でいいから口頭での報告を頼む」
『了解しました。ヘルムラント王国に残された魔法陣は、やはり転移門を開く魔法陣に間違いありません。前の戦争でホルス王国が軍隊を送るのに使った魔法に似ていますが、こちらは転移方向が一方向限定で、門を通れる人数も数人が限度です。魔法陣が床に直接刻まれていた事から見ても、機能を限定して魔力の消費を抑えた簡易型ではないかと推測されます』
「省エネ版転移魔法陣か。それだと軍隊や大量の物資を送るのは無理だろうな。せいぜい伝令を送り出す程度か。……そうか、だから密偵の移動用に使っているのか」
実を言えば、ホルス王国が戦争に使った転移魔法や文献を詳しく調査した結果、転移の仕組みについては、ある程度解明されている。
この世界には目に見える空間の他に、目にも見えず触れる事も出来ない異空間というものが存在している。空間と異空間の関係は、さしずめ水面に垂らした油のようなものであり、互いに広く境界を接してはいるが決して交わる事はない。
そんな空間と異空間なのだが、時にこの二つの空間に歪みが生じ、複雑に絡み合ってしまうことがある。この空間の歪みを特異点という。
特異点の発生は純然たる自然現象であり、発生してもしばらくすれば勝手に消えてしまう。
その性質上、特異点は空間と異空間を繋ぐ通路として機能する。だが異空間は無限に広がる何もない暗黒空間だ。中に入ったからといって何かいい事がある訳でもない。
ところが、この特異点が二か所で同時に発生すると状況は一変する。
二つの特異点は異空間を通じて一つに結びついており、片方の特異点から異空間に入ると、他方の特異点から出てくる事が可能なのだ。互いの特異点がどれだけ離れていようと関係ない。異空間には距離の概念がなく移動は一瞬だ。
これが転移の原理である。
この原理を元に、特異点を安全に通り抜けるため考案されたのが転移門であり、その門を作り出す魔法が転移魔法という訳だ。
便利そうに見えるこの転移魔法、実は致命的な欠点を抱えている。
あらかじめ特異点の生じる場所と時間が分かっていなければ転移門を開けない。おまけに転移先がどこになるかも分からない。
そんな魔法に意味などあるのか?
「なのにエルドラ帝国は転移魔法をうまく使っているみたいだ。特異点がどこに発生するか事前に知ってたって事だよな」
『特異点の発生予測は可能なはずです。でなければ転移魔法が創られた意味がありません』
エルドラ帝国が転移魔法を使いこなしているのなら、転移魔法の拡散を防ぐという俺の試みは失敗に終わる。
本当にエルドラ帝国は特異点の発生を予測する方法を知っているのだろうか?
知りたい。何としても知りたい。
「エルドラ帝国に聞いたら教えてくれないかな?」
『特異点の予測方法があるのなら、それは当然機密扱いでしょう。はいどうぞと教える訳がありません』
「無理かな?」
『無理です』
世の中そんなに甘くはないか。
でもやっぱり知りたいなぁ……。
「力ずくで聞き出すしかないのか……」
『ご命令とあらば、シャドウの全戦力を以て情報を奪って参りますが』
「待て待て待て! 今のは軽い冗談だ! ちょっと言ってみただけだよ!」
『大丈夫です。私のも軽い冗談です』
どうもゼロには冗談のセンスは無いようだ。
俺たちの会話を聞いていたブラッドが言う。
「何だかお二人、性格が似てますよね」
ブラッドにも冗談のセンスは無さそうだな。
実は転移魔法には、時空を歪めて人為的に特異点を作り出すという裏技も存在する。
この技を使えば自由に転移が可能となるが、時空を歪めるには膨大な魔力と練度の高い魔術師が必要であり、誰もが簡単に扱えるものではない。
おまけに特異点の生成に失敗すれば、術者が廃人となる可能性が高いと判明し、今では禁忌魔法の扱いだ。
「ゼロ、ありがとう。報告書は後で目を通しておくよ。……念押ししておくが、さっきの話は冗談だからな。勝手にエルドラ帝国に攻め込んだりするなよ」
『……残念です』
シャドウ・ゼロとの通信を切り、現状の問題を整理する。
状況的にノーマンがエルドラ帝国の密偵なのは間違いないだろう。
そのノーマンに逃げられてしまった為、エルドラ帝国がエデン帝国を探っていた理由は分からないし、どんな情報を持ち帰られたかも不明だ。
ゼロの報告で、エルドラ帝国が省エネ版転移魔法を使った事実は確認できた。
だが大軍を転移させられる正規の転移魔法が使えるかどうかまでは確認できていない。
結局、何も状況は変わっていない。
エデン帝国がエルドラ帝国に目を付けられたという事実があるだけだ。
「そういう訳だ、ブラッド。エルドラ帝国の意図が掴めるまでは、警戒を緩める訳にはいかん。最悪の事態を想定し、帝都バベルの防衛力増強が必要だ。そこでだ。これを見てくれ」
執務机の上に、ロボット感溢れる飛竜の姿がホログラム投影された。
「機械竜、メカ・ワイバーンだ」
光り輝く金属ボディーの飛竜が、優雅に翼を羽ばたかせている。
「陛下。飛竜を作るのは反対だと、前に申し上げたはずですが」
「それは聞いた。でも少しだけ俺の話を聞いてくれないか。この飛竜はだな…」
俺はメカ・ワイバーンの諸元をブラッドに説明していった。
ブラッドは俺の説明を聞きながら、ホログラムの飛竜が翼を羽ばたかせている様子をじっと見つめている。
「こいつは人を乗せて空を飛べるし、偵察能力や戦闘能力も十分にある。この飛竜を量産して配備すれば、帝都の守りは万全だ。どうだろうか?」
ブラッドが考え込んだ。さあ、返答は如何に?
「意外に使えそうな気がします。……いえ、素晴らしいと思います」
おお、反対から一転し高評価を得たぞ。
どうやらお遊びなどではなく、真面目に飛竜を作ろうとしている事が伝わったようだ。
だがまだ迷いがある感じだな。もう一押しか。
「軍の兵士を飛竜に騎乗する竜騎兵として育成し、竜騎兵団を組織するんだ。なあ、ブラッド。飛竜に乗った竜騎兵が帝都の空を飛んでる姿を想像してみろよ。カッコいいぞ。それを見れば自分も竜騎兵になりたいって軍に入隊する者が大勢出てくる。帝国軍のイメージが向上すれば、一般兵士の入隊も増えると思うんだが」
現在、エデン帝国軍は未曽有の危機に見舞われている。
敵と戦って壊滅寸前……なんて話ではない。
兵士が集まらず、軍としての体裁を保つのさえ難しい状態なのだ。
最近はあまりの不人気ぶりに軍を辞める者まで出始めており、このままでは遠からず帝国軍は瓦解する。
飛竜はエデン帝国軍の起死回生の一手となるはず。何としてもこの計画は実現させたい。
「エルドラ帝国は飛竜の活躍で大帝国へと発展した。エデン帝国もこのメカ・ワイバーンで発展させられると思うよ」
駄目押しの効果か、とうとうブラッドが折れた。
「分かりました。ですが、まずは実機を作って性能評価をしてからです」
「もちろんだよ。さっき見せたのはあくまで完成予想モデルだ。ちゃんとした設計はこれからだ。何か要望があれば、出来る範囲で取り入れるぞ」
「そうですか。では私の要望ですが……」
何だよブラッド。お前もノリノリじゃないか。
◇◇◇
静まり返った夜のバベル城。
その広い屋上テラスで、俺は隣に立つテレーゼに手を差し出した。
「テレーゼを飛竜に乗せると誓ってはや一ヵ月。ずいぶん待たせちゃったな」
「大丈夫ですよ。待ってる間も結構楽しかったですから」
テレーゼを引き寄せ、横抱きに抱き上げる。
そして夜空を見上げ声を張り上げた。
「来い! ワイバーン!」
強い風が巻き起こり、目の前に黒く大きな飛竜が舞い降りた。
飛竜は翼をたたむと、主人の前にひざまずくように頭を垂れ、大きな身体を床に伏せた。
黒くゴツゴツとした飛竜の背中には、大きな鞍が取り付けられている。
「思ったより大きいですね」
「二人乗れるようにすると、どうしてもこのサイズは必要なんだ」
抱きかかえたテレーゼを飛竜の鞍へと押し上げ、自分もその後ろに跨る。
「怖いか?」
「空を飛ぶのは慣れてるはずなのに、何だが胸がどきどきします」
「俺もだよ。それじゃあ、しっかり掴まって。行くぞ!」
前席のテレーゼを抱き抱えるようにしながら手綱を握り、飛竜に合図を送る。
飛竜は首をもたげ翼を大きく広げると、夜空に向かって吠えた。
「グオーーーー!」
次の瞬間、飛竜が飛んだ。
「キャーーー!」
急上昇する飛竜の動きに驚いたテレーゼが悲鳴を上げる。
「ビックリさせてごめん。もう大丈夫だ。目を開けて下を見てごらん」
飛竜は既に上昇を止め、バベル城を中心に旋回を始めている。
涙目のテレーゼがゆっくりと顔を上げ、眼下に広がる夜景に目を向けた。
「……きれい」
月明かりに照らされた帝都バベルの街並み。大通り沿いには街灯の明かりが列を成し、街の中心にはライトアップされたバベル城が聳え立っている。
空から見下ろす夜の帝都の姿は、得も言われぬ美しさがある。
「気に入ってくれたみたいだな」
「空から見る夜景をこんなに綺麗だと思ったのは初めて……」
「肌に風を感じながら見る景色は、窓越しに見る景色とはまた違った趣があるからな。ワイバーンに騎乗して見る風景なら尚更だよ」
飛竜が頭をひねりこちらをチラリと見た。そして自慢げにひと声鳴いた。
「クワッ」
いいね。外見も仕草も本物のワイバーンそのままだ。
まあ、本物のワイバーンなんて見た事はないんだけどね……。
「この年になって、子供の頃の夢が叶うとは思ってもいませんでした」
「囚われの姫を救い出す飛竜の騎士の物語。確かに素敵な話だよな」
元々飛竜を作ったのは、この物語のシーンを再現するためだ。
だからお姫様役のテレーゼには、豪華なドレスで飛竜に乗ってもらうつもりでいた。
が、生身で空を飛ぶのにヒラヒラしたドレスは無理があった。
そこで仕方なく、お洒落な飛行服とゴーグルを用意したのだが、これが意外に似合ってる。さすが我が嫁、飛行服姿も凛々しくて素敵だ。
ちなみに俺も騎士の姿ではなく、テレーゼとお揃いの飛行服にゴーグルだ。
姫と騎士というシチュエーションではなくなってしまったが、まあそこは大目に見てもらいたい。
「テレーゼ、これを持って」
手綱を渡し、テレーゼに飛竜の操作方法をレクチャーする。
飛竜を操るテレーゼの手綱捌きは、思いのほか上手い。
少し教えただけで、もう飛竜を自在に乗りこなしている。
「素晴らしい。じゃあ、後は自由に飛んでみて」
飛竜がスピードを上げた。右へ左へと豪快にターンを繰り返す。そうかと思えば急上昇に急降下、更には翼をたたみローリングまでしている。
おいおい、何だそれ? そんな高度な操縦、俺は教えてないぞ。
初めて飛竜に乗ってこんな機動が出来るなんて……。もしかしてテレーゼはニュータイプか?
「クワッ」
高度を下げての飛行中、突然飛竜が首を捻って小さく鳴いた。
その視線の先は、地上の一点に向けられている。
「どうした? 何があった?」
飛竜が見ている辺りは街灯の少ない地区だ。街並みは暗く、飛竜が何を気にしているのか分からない。
テレーゼが下を指差した。
「人が大勢集まって騒いでるみたいですね」
指差された方向を注視するが、俺には暗くて何も見えない。
だが、確かにその方向から騒がしい声が聞こえてきている。
……違う。あれは女の悲鳴だ。
「照明弾を投下しろ!」
飛竜の胴体から小さな照明弾が投下された。
眩いばかりの光が夜の闇を照らし出し、周囲の様子が明らかになった。
街の空き地で一人の男が少女を組み伏せている。男は手にした短剣で嫌がる少女の服を切り裂いているようだ。
その二人の周囲を七、八人の男たちが取り囲んでいる。全員が仲間のようだ。
男たちは皆、突然周囲が明るくなった事に驚き戸惑っている。
誤認しようのない状況だ。
テレーゼが鋭く叫ぶ。
「突入します! 掴まってて下さい!」
俺の返事を待たず、テレーゼが男たちの中へと飛竜を突入させる。
俺は慌てて飛竜に指示を出した。
「殺さない程度に痛めつけてやれ」
男たちは突然現れた飛竜を見てパニックに陥っている。
飛竜はその牙や爪、そして長い尻尾を振り回し、狼狽える男たちを次々と薙ぎ倒していく。周囲に悲鳴が響き渡る。
瞬く間に男たちは倒され、残るは少女を襲っていた男だけになった。
だがそこで飛竜は動きを止めてしまった。
男は少女の首に腕を回し、もう片方の手で少女の首筋に短剣を突き付けている。
半裸姿で人質にされた少女は、恐怖のあまり声も上げられない。
飛竜の背に乗る俺とテレーゼを見て男が言った。
「動くな! お前ら魔物使いか? この女の命が惜しければ、その魔物を…」
男は最後まで言い切る事が出来なかった。飛竜の尾の先が、目にも止まらぬ速さで男の持つ短剣を弾き飛ばしたのだ。
急いで飛竜から飛び降り、腕を抱えて呻いている男の元に駆け寄る。
見れば男の腕があらぬ方向を向いている。完全に折れてるようだ。追撃の必要はなさそうだ。
テレーゼも飛竜を降り、襲われた少女の介抱をしている。
俺は飛行服の上着を脱いで、テレーゼに差し出した。
「その娘、怪我はしてないか?」
「大丈夫だと思います。でもショックで口を利けないみたいです」
確かに少女は目が虚ろで、されるがままにテレーゼに上着を着せられている。
これでは詳しい事情を聞けそうもない。
「テレーゼはその娘を連れて治療院に向かってくれ。俺はこいつらを衛兵に引き渡してから行く」
テレーゼと少女が飛竜で夜空に飛び立つのを見送る。
やはり飛竜は使える。上空からでもしっかり犯罪行為を見つけ出した。
量産すれば帝都の防衛だけじゃなく、犯罪摘発にも力を発揮するだろう。
帝都バベルの空に、飛竜の群れが舞う日は近い。




