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第149話 戦乱の幕開け

 監視対象を追尾中の偵察ポッドから目標をロストしたと連絡が入った。


 偵察ポッドは監視対象の上空に浮遊し、その動きをどこまでも追尾する。十分高度を取ってカメラやセンサー類を駆使して追尾しており、地上から空を見上げても見つかる恐れはない。

 今回は監視対象に貼り付けたマーカーからの信号も受信している。万が一にも対象をロストする恐れはない。


 ……にも関わらずヘルムラント王国の使節団員ノーマンは忽然と姿を消してしまった。

 追跡しきれず取り逃がしたのではない。文字通り消えてしまったのだ。

 偵察ポッドの監視記録を確認したシャドウ・ゼロは、これを緊急事態と判断し就寝中の俺を叩き起こした。


『ノーマンはヘルムラント王国に入国し、小さな街の空き家と思われる家屋を訪れています。そこでノーマンの反応が消失しました』

「ロストした原因は何が考えられる?」

『偵察ポッドが不調をきたした形跡はありません。考えられるとすれば、地下深くに潜んだか、あるいは転移魔法を使ったか』


 偵察ポッドに搭載された多種の監視装置を使えば、家屋内でも人の動きは追跡可能だ。とはいえ限界はある。地中深くに掘られた部屋や通路などは探知が難しい。

 シャドウ・ゼロはノーマンが地下に潜んだ可能性は低いと考えているはずだ。だからこそ夜中にも関わらず俺に連絡を入れたのだろう。


「ゼロ。至急シャドウ1を現地に向かわせ調査させろ。誰か魔術師を一人連れていけ。もし転移魔法が使われたのなら、何らかの痕跡が見つかるはずだ」

『もしノーマンを見つけたらどうしますか?』

「ロストした原因次第だ。ノーマンが尾行を巻こうと何かしたのなら捕まえて連れて来い。そうでなければ監視を継続だ。その家が奴の最終目的地ではあるまい」

『了解しました』


 秘密諜報組織シャドウの筆頭諜報員であるシャドウ1には、エデンの戦闘偵察機シルフィードを一機任せている。シルフィードならヘルムラント王国まで数時間で急行できるし、光学迷彩で姿を隠せるため他国での活動も安心だ。調査の結果はすぐに出るはずだ。


 遠距離を一瞬で移動できる転移魔法は、エデン帝国にとって非常に危険な魔法だ。この魔法が世に広まれば、大空を支配するエデン帝国の優位性が失われる。


 転移魔法は正体不明の旅の魔術師がホルス王国に伝授し、何人かの魔術師が習得に成功した。幸いそれらの魔術師は全員を帝国の監視下に置いたため、彼らから転移魔法が広まる可能性は低い。


 だが肝心の旅の魔術師の消息は全く掴めていないのだ。この魔術師を何とかしない限り、転移魔法の拡散は防げない。


 今回ノーマンが消えた理由が転移魔法であるのなら、今度こそ旅の魔術師の手掛かりが掴めるかもしれない。


 ふと『大山たいざん鳴動めいどうしてねずみ一匹』という言葉が脳裏に浮かんだ。

 ノーマンという男を危険と決めつけ大騒ぎしているが、見つけてみれば財宝狙いでバベル城に忍び込んだコソ泥という可能性もあるのだ。


 ノーマンは鼠なのか、それとも……。

 答えはすぐに出るはずだ。



 ◇◇◇



 ミルドランド大陸の北部を支配する軍事大国、エルドラ帝国。

 その帝都ガリアにある皇帝の居城で、皇帝ランドルフが一人の男を執務室に迎え入れていた。


「皇帝陛下。クライヴ、ただいま帰還いたしました」

「帰った早々に呼び出してすまんな」

「こんな旅装束のままで失礼かと存じ…」

「やめんか。この部屋には俺と貴公しかおらん。もっと楽にしろ」


 エルドラ皇帝ランドルフ。

 筋骨隆々とした巨漢の皇帝である。歳は五十を過ぎてはいるが、未だ肉体の衰えを見せておらず、今でも配下の騎士に混じって鍛錬を欠かさない偉丈夫である。


 ランドルフはクライヴを椅子に座らせると、戸棚からワインボトルを取り出し、テーブルに置いた二つのグラスに注いでいく。


「まずは貴公の無事の帰還を祝おう。二年に渡る任務、ご苦労であった」

「ありがとうございます。陛下」


 二人は軽くグラスをぶつけると、ワインをぐっと飲みほした。


「ふーーっ。南方にも良質なワインが多いのですが、この慣れ親しんだ香りは格別です。帰って来たという実感が湧きます」

「長い調査行だったからな。心行くまで味わうがいい」

「いえ。詳しい報告書は別途提出しますが、まずは口頭にて簡単な報告だけさせて下さい。存分に飲ませて頂くのはその後で」


 クライヴは皇帝ランドルフと古くからの付き合いの熟練の密偵だ。

 皇帝の命により、大陸南方の国々の情報を集めるため、旅人に扮して諸国を巡り歩いていたのだ。


 広大なミルドランド大陸には数多くの国々が存在する。そして同様に人の踏み込めない砂漠地帯や山岳地帯、それに魔物が多い森林地帯など、どの国にも属さない無国籍の土地もまた多く存在している。

 そんな無国籍地域にも先人たちが作り上げた街道は通っているのだが、管理されていない街道に安全性など無く、軍隊か大勢の護衛で固めた商隊くらいしか通行は難しい。


 十分な護衛を揃えられない一般の商人や旅人は、遠回りでも国境を接する国々を伝って移動することになる。当然旅費もかさむし日数もかかる。往復に年単位の月日が必要となる事も珍しくない。


「お主は相変わらずだな。まあいい。後でじっくり飲みたいと言われれば、先に報告を聞かぬ訳にもいくまい」


 口頭での簡単な報告とはいえ、二年にも及ぶ調査行である。

 クライヴが報告を終える頃には、既に二時間が経過しようとしていた。


「そうか……。もう一度確認するが、マムクス王国、レーネイド王国の両国には北への派兵の雰囲気はない。そもそも連合構想自体が事実無根だと。アラゴスに関しては不穏な動きはあるが、当面本格的な動きにはならない。他国は静観……というより北征など話題にも上がっていない。間違いないな?」

「はい、その通りです」

「他からも同様の報告が上がっていたが、どうも信頼性に欠ける報告ばかりで判断に迷っておったのだ。だがこれではっきりした。マムクスとレーネイドは今後も注意を怠らなければ問題ないだろう。クライヴ、ご苦労だった。改めて礼を言おう」


 ランドルフは満足気に頷いた。


「さて、今日の仕事はこれで終わりだ。もう遠慮は無用だ。存分に飲むがいい」


 ランドルフがクライヴのグラスにワインを注ぐ。注がれた赤いワインを見つめ、クライヴがランドルフに告げた。


「陛下。実は本来の調査とは別に、ヘルムラント王国の帰還用の転移門が開くまでの間、大陸南西部に現れた新興の帝国を見てきたのですが」


 ランドルフが興味深そうな顔でクライヴを見つめた。


「新興の帝国だと? それはエデン帝国の事か?」

「はい。そのエデン帝国です」

「最近よくその名前を聞くが、どうにも腑に落ちん話ばかりで、その存在さえ疑っておるのだが」

「エデン帝国は確かに実在します。エデン帝国に潜入して皇帝の結婚式典にも参列してきました。エデン帝国は実在の国です」


 念を押すようにクライヴは二度繰り返した。


「ふむ。儂の所に来ているおかしな話というのが、どこぞの帝国が浮遊石なる宙に浮く石を手に入れ、乗り物や船を空に浮かべているという話なのだが」

「事実です。私自身も大きな箱のような物体が空を飛んでいるのを何度か目撃しました」

「巨大な島をも浮かせていると聞いたぞ」

「自分の目では確認していませんが、実際に空に浮かぶ島を目撃した者は大勢います。天空の島には巨大な城が建っており、皇帝アダムはその城から地上の人々を見守っているのだとか」


 ランドルフは天空の島の話を聞くと怪訝な表情を浮かべた。


「空にそびえる天空城とな。まるで大昔のおとぎ話そのものではないか」

「陛下。エデン帝国はおとぎ話の国ではありません」


 クライヴはこの旅で知り得たエデン帝国の情報を、皇帝ランドルフに語って聞かせた。


 エデン帝国は周辺三国を支配下に置き一大勢力となっているが、帝国本体は単一の都市国家でしかないこと。

 そして帝都バベルは新しく建設されたばかりの都市であり、広い道路や街灯や下水道の完備されていること。店舗や住民の住居が次々と建てられつつあり、発展の最中にあることなどなど。


「特に驚きなのが、帝都の中心に一夜で築かれたというバベル城です。一夜というのは大袈裟にしても、比類なき見事な城で我々の知る城とは一線を画す建造物であるのは間違いありません」

「そんな短期間に城壁や城を作り上げるなど、貴公の言でなければ信じられん話だな」

「全て事実です。不思議なのはこれほどの都市や城を作り上げるには、国家予算に倍する莫大な資金が必要なはず。なのにその資金の出所が分からないことです。建設費用は皇帝アダムが個人で出しているとの噂もありましたが、確証は得られていません。皇帝の人物調査も少ししてみたのですが、帝国を建国する前の皇帝の情報は全く掴めませんでした」


 ランドルフが手にしたワインをグイと飲み干す。


「出自不明の皇帝が個人で作り上げた都市だと。クライヴ、エデン帝国の軍事力は如何ほどだ?」

「残念ながら帰還用の転移門が開くのに合わせて出国したので、軍事面の調査までは手が回りませんでした。ですがエデン帝国は周辺三国を短期間でねじ伏せた実力を持っています。並みの軍事力とは思えません」


 ランドルフの眉間に皺が寄る。少しイラついているようだ。


「もっと詳しい情報が欲しい。優秀な密偵を送り込みたいところだが、信頼の置ける密偵は全て東部戦線で活動中で動かせん。どうしたものか……」

「陛下。お願いがございます」

「何だ、クライヴ」

「その任、私にご命じ下さい。もう一度エデン帝国に出向いて詳細な情報を集めて参ります」


 クライヴの言葉にランドルフが頷いた。


「エデン帝国を放置するのは危険だ。特に浮遊石の存在は今後の戦争のやり方を一変させる可能性がある。これは貴公にしか託せん。クライヴ、行ってくれるか?」

「勅命、しかと受け賜りましてございます」


 ランドルフは席を立つと、書棚から地図を取り出しテーブルに広げた。


「転移門の位置を記した地図だ。利用できる門があれば使うがいい」


 地図上にはいくつもの印と線、それに短い説明書きが書きこまれている。

 ランドルフは地図上の一つの線を指し示した。


「エデン帝国へ向かうとなると、使えそうなのはメルキン王国からファニス王国に抜ける転移門だけだな。門が開くのは一ヵ月後だ」


 クライヴも地図を見て移動ルートを確認する。


「この帝都ガレアからメルキン王国まで約一ヵ月。メルキン王国から転移門でファニス王国に渡り、ファニスからエデン帝国まで約三ヵ月。往路は合わせて四か月といったところでしょうか。帰路は使えそうな転移門がありませんから、帝都ガレアへの帰還には一年程かかります。調査期間を含めると、エデン帝国の情報を持ち帰れるのは一年半から二年先ですね」

「ふむ、……遅すぎるな」


 ランドルフは何か考え込んでいたが、執務机の引き出しを開けると、中から小さな袋を取り出しクライヴに渡した。


「そこまで悠長に待ってはおれん。この中に通信用の魔導水晶が入っておる。エデン帝国に関する情報は、都度これで報告しろ」


 クライヴは袋を受け取ると中を覗いてみた。小さな透明な水晶玉が入っている。本来なら宝物庫に大切に納めておくような品物だ。


「陛下、これは私如き密偵に持たせていい品ではありません」

「誰にでも預ける訳ではない。クライヴ、貴公だから託すのだ。エデン帝国の情報、特に浮遊石の情報は是が非でも手に入れろ。可能なら浮遊石そのものを奪い取れ」

「わかりました。この命に代えても」

「一人では手が足りんだろう。一線級とまではいかんが、そこそこ使える密偵を何人か付ける。貴公の手足として使うがいい。浮遊石を手に入れるためなら使い潰しても構わん」


 クライヴは黙って頭を下げた。


 貴重な魔導水晶を預け、密偵を捨て駒にしても構わないと明言するとは、皇帝の本気度が窺えるというものだ。


 今度の任務はこれまでにない困難なものになるだろう。

 クライヴの胸中にはそんな予感が渦巻いていた。



 ◇◇◇



『司令。シャドウ・ゼロです』

「俺だ。ストレイカーだ」


 指示した調査の結果を今や遅しと待ち受ける俺に、待望の連絡が入った。


『ヘルムラント王国に派遣したシャドウ1から報告が入りました。ノーマンの反応が消えた家屋を調査しましたが、中には誰もいませんでした。家屋の地下にて魔法陣の刻まれた部屋を発見。同行した魔術師は、それが未知の転移魔法陣ではないかと推測しています』

「やはり転移魔法か。という事はノーマンには逃げられたか。……ところで『未知の』とは何だ?」

『推測ですが、魔法陣は一方通行の簡易的な転移門を呼び出すものではないかと』

「転移門の出口はどこか分かるか?」

『これも推測ですが、エルドラ帝国の領域内と思われます』

「転移魔法陣の情報を収集したら直ちに帰投させろ。持ち帰ったデータはケルビムに解析させる」

『了解しました』


 密偵ノーマンはエルドラ帝国の鼠に間違いないだろう。

 大陸随一の軍事大国が転移魔法を使っているとなると、これは由々しき事態だ。


(これは面倒な事になったな……)



 ◇◇◇



 数百年の闘争の歴史を持つ軍事大国、エルドラ帝国。

 建国から二年も経たぬ新興の都市国家、エデン帝国。


 本来なら交わる事のない遠く離れた二つの帝国が、この日、時を同じくして互いを警戒すべき相手と認識した。


 後に大陸中を揺るがす事になる二つの帝国の争いは、こうして静かに幕を開けたのである。


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[一言] 浮遊石が強欲な国家を引き付ける。 転移門で瞬間移動できるんだから、空を飛べないくらい我慢すればいいのに。
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