プロローグ
「父さん、馬が疲れてるみたいだ。ちょっと早いけどこの辺で野営にしようよ」
少年は御者台の隣に座る父親に声を掛けた。
「そうだな。ずっと山道ばかりだからな。もう少し先の林に水場があったはずだから、そこまで頑張って行ってしまおうか」
「分かったよ」
少年は手綱を握り直し、ゆっくりと荷馬車を進める。
山の上り坂をしばらく進むと木々に囲まれた小さな水場が見えてきた。
「よし。俺は馬の世話するから、夕食の用意は任せた」
「夕食って言っても、いつもの干し肉と硬パンでしょ。早く家に帰って美味しい物食べたいな」
父親は荷馬車から馬を外して手近な木に繋ぎ直すと、水場から汲んできた水を馬に与えている。
少年はかまどを作って湯を沸かそうと近くに転がっている石を集めている。
不意に少年は何かの気配を感じ、手を止め周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「父さん。何だか分からないけど……何か変な感じしない?」
父親は息子の不安そうな様子を見ると、同じように周囲に視線を走らせた。
林の中は木々がまばらにしか生えておらず、見通しは悪くない。
目を凝らしても特に動くものは見当たらない。
だが……。
「確かに変だな。妙に山が静かだ……」
その時、周囲の木々に潜んでいた数十、数百の鳥たちが一斉に飛び立った。
突然林中に響き渡ったバサバサという大きな羽音に少年が悲鳴を上げる。
「うわっ!」
「何だ! どうした!」
木に繋いだ馬も、嘶きながら暴れ始めた。
父親は何が起きているのか分からず、ただ周囲に警戒の目を向けている。
突然、周囲一帯が薄闇に包まれた。
「何? 何? どうなってるの?」
少年は狼狽えながら空を仰ぎ見た。
「父さん! あれは、何?」
少年の視線の先には、何だか得体の知れない巨大な物体が浮いており、その物体が太陽を覆い隠していたのだ。
父親も目を見開いて空を見上げている。
「何だあれ? ワイバーンか? いや、もっとでかい! ドラゴンか? いやいや、そんなレベルじゃない! あれは大きな岩? いや山? 違う! 島だ! 島が浮いてる!」
上空に浮かぶ物体は巨大な円盤状をしており、まるで海に浮かぶ広大な島をそのまま空に持ち上げたような、そんな不思議な姿をしていた。
地上から見上げる島は、その底部の岩肌しか見る事は出来ないが、どうやら島の上部は森になっているようで、地上から視認できる外縁部には木々が生い茂っている。
また島には山も存在しているようで、山頂部らしき地形が僅かに地上からでも確認できる。
「父さん。すごいよ! 島だよ! 空に浮かぶ島だよ! 信じられない!」
「何であんな島が空に浮いてるんだ? 俺は夢でも見てるのか?」
突如として姿を現した空に浮かぶ島は、静かにゆっくりと大空を進んでいく。
その巨大さ故にゆっくり動いているように見えるが、実際はかなりの速度で移動しているようだ。
「でかいぞ。でかすぎる。距離感が掴めんから大きさははっきりせんが、たぶん島の長さは数キロあるぞ。それに俺達のいるこの山の頂よりずいぶん高い所を飛んでる。何なんだあれは?」
その巨大な島はあまりにも神秘的で、圧倒的な存在感を放ちながら大空を突き進んでいく。
父親と息子はその姿から目を離す事が出来ず、時を忘れて空に浮かぶ巨大な島を目で追い続けた。
「すごいね」
「ああ、すごいな」
やがてその島は徐々に遠ざかり、連なる山々の向こうへと姿を消していった。
「父さん。あの島は何だったのかな?」
「俺には分からん。本当にでかかったな。あれは神様が空に浮かべた島なのかもな」
「あそこに神様が住んでるのかな?」
「分からん。だが、そうかも知れんな」
少年は手のひらを広げ、島の消え去った空に向かって腕を伸ばした。
そして消えたその島を掴み取るかのように、手を握り締めた。
「行ってみたいな。あの島へ……。いつか必ず……」
◇◇◇
この日を境に、空に浮かぶ巨大な島は大陸各地で目撃されるようになる。
誰もがその神秘的な島を見上げその神々しさに想いを馳せるが、島の姿を目の当たりにした者は誰一人としていない。
学者達は、空に浮かぶその島の謎を解き明かそうと叡智を集めたが、その努力も虚しく、空に浮かぶその島は秘密のベールに包まれたままだ。
空の島は地上の騒ぎなど知らぬげに、今日もまた大空を進み続ける。
やがて人々はその謎に満ちた空の島を、それぞれの立場で評することになる。
ある者は、その島を「神々の座」と呼び、信仰の対象とし祈りを捧げた。
またある者は、その島を「悪魔の庭園」と呼び、島を地へ落とさんと狂奔した。
そしてまたある者は、その島を「空の宝島」と呼び、一攫千金を夢見て島に渡る方法を探し求めた。
様々な呼ばれ方をしたその島は、やがて誰とはなしにこう呼ばれるようになる。
「天空の楽園、エデン」と。
地上の人々はまだ知らない。
エデンの生まれた理由を。
エデンの秘めたる目的を。
エデンの絶大なる力を。
エデンの苦悩の叫び声を。
地上の人々はまだ知らない。
エデンが決して楽園などではないことを。
エデンの存在が、この世界を否応なしに戦乱の時代へと誘ってゆくことを。
タイトルに掲げた「ロマン兵器」は本編ではしばらく出てきません。
ということで、ロマン溢れる天空の島を、思わせぶりに先行登場させてみました。




