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54.はい(肯定) ~Yes(Positive).~

「あのっ、話したいことがあるんだけどっ!」


セーラはそれだけ言うと私の手をおもむろに掴み、私は半ば引きずられるような形で彼女の後を追いかけることとなった。慣れた居住区の中、複雑な階段や通路も今となっては目をつぶってでも目的の場所に到着できそうな気がする。だから、セーラも目的の場所だけ言ってくれれば私を引きずらずに済むと思うんだけど、彼女は決してそうしなかった。そう言えば、私がこちらの世界を訪れて、初めてセーラと出会い、居住区に案内してもらったときも、こんな風にして一緒に手を取って階段を登ったり降りたり、曲がり角を左に曲がったり右に曲がったりしたことをはっきり覚えている。それからしばらく、私はずっとセーラの背中を追っかけないと自分が船のどこにいるのかさえも分からなかったんだ。


もう一つ思い出すこともある。それも私とセーラが初めて出会った時のことで、正体不明の私を密航者だと思ったセーラを、私は今と同じく半ば引きずるようにして人気の少ない船員専用の通路へと連れ込んだのである。


「あの時と反対だね。」


私はセーラに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやいた。彼女がそれを聞いていたかは返答がなくて分からなかったけど、伝わっていてくれれば嬉しいなと思った。


半ば引きずられながら、初めて彼女と出会ったときから今までのことを思い出す。思えばファーストコンタクトは「人工呼吸」から始まってからの密航者疑惑だ。そこからよくセーラは私のことを許してくれたと思うし、それどころか体を張って私のことを守ってくれることさえあった。なぜ彼女はそこまで私によくしてくれるんだろう。一応西の大国出身ということになっているとはいえ、いきなりコーラル号に飛び乗ってきた身元の明らかでない私を、彼女はどうして許してくれて、認めてくれているんだろう。こんな私に対する優しい気持ちのわけが、私にはどうしても掴めなかった。


そして私たち二人はフロントの近く、クルー専用の人気の無い通路まで移動した。ああ、ここだ。ここはちょうど私が密航者疑惑を晴らすためにセーラを連れ込んだ場所で、ある意味私たちの思い出の場所になっている。


「突然こんなところまで連れ出してごめんね。でも、私、七海に言っておかないといけないことがあるんだっ!」


セーラはそう言うと、意を決したかのようにその言葉の続きを口にした。


「今日一日、七海に冷たくしちゃってごめんなさい!」


その言葉は、「言っておかなければならないことってもしかして私と絶交するとかそういうことでは……」と身構えていた私の予想の斜め上を行くもので、私は一瞬何を言われたのか理解できなかった。ようやく彼女の言葉を飲み込むと、今度は「謝るのはセーラじゃなくて私なのでは?」という気持ちが湧いてくる。


「い、いや謝るのは私の方だよセーラ? 私が昨日の夜勝手にセーラの寝てるベッドに入っていっちゃったのが悪いんだよ。」


「……勝手に入った? 違うよ、昨日は私が、七海を、私のベッドに誘ったんだよ?」


セーラの二言目は、私をさらに驚かせるものになっていた。いや、確かに昨日の夜のはっきりとした記憶は私には無いけれど、まさかセーラから招き入れてくれたなんてそんなことがあり得るのだろうか。というか、セーラにそんなことをしてもらっておきながら、私は一晩眠っただけでそれをすっかり忘れてしまっていたなんて、もったいないにも程がある。今の私ならもう絶対に忘れないように、航海日誌のように彼女の一挙手一投足を記録しておくだろうと言うのに!


「昨日の夜、七海が一人で泣いてて、私とっても不安だったんだ。だから、なにか出来ることは無いかって思ってそうしたんだ。あと、眠ってる七海の頭をなでてみたりとか……。でも、時間が経って冷静になってくると、七海と同じベッドで寝てるっていうことにとってもドキドキしちゃって、それで眠れなくなっちゃったんだ。」


だから彼女は朝、自分の机で寝ていたのか。多分私も同じ状況になったら、緊張して眠れなくなると思う。以前に船酔いして、セーラと二段ベッドの上下を交換したときでさえ少し緊張してしまったのだ。しかし、昨日の夜の私はかなり精神的に追い詰められていたので、そこまで思い至る余裕も無かったらしい。


「朝起きたら少しはドキドキも収まるかと思ったんだけど、七海のことを見るたびに昨日の夜のことを思い出しちゃって、ドキドキが止まらなくなって、これだと私が普通じゃないって思われちゃうから、今日はなるべく七海と関わらないようにしてたんだけど……」


セーラが今日、私のことを避けていたのはそういう理由だったのか。いろいろと予想を越えていく出来事が続いてしまい、もはや私の理解力のキャパシティを越えようとしていた。


「でも、このまま七海を避け続ける毎日なんて、想像しただけでおかしくなっちゃいそうだから、ちゃんと七海に私の気持ちを伝えて、そして今日のことも謝ろうって思ったの!」


「セーラの、気持ち?」


「そう。私は七海のこと、大切に思ってる。この世界の誰にも負けないくらい大切に思ってる。だから、七海にずっとそばに居て欲しい。私もずっと七海のそばにいるからっ!」


セーラは最後の力を振り絞って、鈍感な私でさえもこれは友達の「その先」の気持ちなんだろうなと察することが出来るように、自分の気持ちを話してくれた。そのまま彼女は私の胸に飛び込み、何も言えなくなってしまった。


「うん、約束する。絶対にセーラのそばから離れない。離れたくない。」


私は自分の胸の中で、おそらくは泣いているであろうセーラの頭を優しく、ただひたすらに優しくなでた。

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