20.あなたは私の航跡へ舵を取られたし ~You should steer in my wake.~
「おかえりなさい、お姉ちゃん!」
強面でたくましい海軍の兵隊さんを想像していた私の目の前にあったのは、セーラをほんの少しだけ幼くしたような金髪碧眼の少女だった。その少女は透き通った可愛らしい声でセーラのことを「お姉ちゃん」と呼ぶと、一目散に駆け寄って彼女に抱きついた。白いセーラー服に紺色のスカーフというこの船の制服を着たセーラの姿と、紺色のセーラー服に白いスカーフという少女の姿が、コントラストになっていて見ていてとっても癒やされる光景だ。
「お姉ちゃんが帰ってくるの、わたしずっと待ってたんだよ。このコーラル・マーメイドっていう船が西の大国を出発した日から、ずっとカウントダウンして、あと10日、あと5日って!」
「あはは、そうなんだ……」
「そしてとうとう、お姉ちゃんが帰ってきたんだ。もう絶対に離れないんだからね。今度こそ、お姉ちゃんには海軍の学校に入ってもらって、わたしやお父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒に海に出てもらうんだから!」
ここまで言われれば、私でも彼女が何者なのかというのはすぐに分かる。この目の前のセーラ(小)といった感じの女の子は、きっとセーラの妹に違いなかった。そして彼女の可憐な様子からすっかり忘れてしまっていたが、彼女こそがセーラを海軍に入れさせることをまだ諦めていない人物で、セーラをなんとしても取り戻そうと企んでいる人間なのである。
「セーラ、この人は誰?」
私は目の前の少女のペースに流されてしまわないよう、分かりきったような質問をセーラに投げかけて、会話の流れを断ち切ろうとする。
「誰って、あなたこそ誰ですか!まあお姉ちゃんと同じ制服を着てるってことは、大方この船の船員さんなんでしょうけどっ!」
するとセーラよりも先にセーラ(小)の方から戦闘態勢を隠しもしないような勢いの返答が返ってきた。
「七海、この子は私にとって唯一の妹でソアラ・アサートンっていうんだ。今は海軍の学校で学生をしてるの。で、ソアラ、この人は常神七海さん、私と同じ客室乗務員見習いで、いつも私と一緒にお仕事してるんだよ。」
セーラは自分のやることに猛反対しているとは言えども妹に会えたことはやっぱり嬉しいのか、ニコニコとした表情で私とソアラ両方の紹介をしたが、私とソアラの間には一触即発の緊張感が漂っていた。なんせ私はセーラと一緒にこの船で航海を続けたいし、ソアラはセーラをこの船から取り戻して自分と同じ海軍に進んで欲しいと思っている。セーラに対する思いが真っ向から衝突している私たちの間に、摩擦が生まれない方が無理があるというものである。
「そうなんですか、うちの姉がお世話になりました。常神さん。」
そういってソアラは私に手を差し出してくる。なるほど、一応軍人さんの卵だけあって、そういうところの礼儀はしっかりするタイプのようだ。いや、しっかりしているのは儀礼だけで、言ってることはは完全に私への宣戦布告も同然ですよね。
「お姉さんにはいつもお世話になってます、これからもよろしくお願いしますね。ソアラさん。」
そう言って私は差し出された手を握り返す。意識していないのに手を握る力が自然と強くなってしまう。私とソアラの間にバチバチと火花が散り始めているのを、セーラもうすうす察しているのか、彼女は特に何も口出し出来ず、黙ったまま様子を伺っていた。
「ところで、ソアラさんはお姉さんをどうしても海軍に入れたがっているようだけど、それはどうしてなんですか?セーラはこうやってコーラル・マーメイド号の客室乗務員として立派にやってますし、今更進路を変えなくてもって思うんですが。」
宣戦布告がなされた以上、遠回しに言っても仕方が無い。私は早速本題を切り出す。セーラが慌てたようになにか言いたげな素振りをしたが、それを差し置いて間髪を入れずにソアラが返答する。
「それは、アサートン家の人間が代々海軍士官として活躍しているからですよっ!」
「でも、すでにセーラは客船で活躍してますし、私の大切なパートナーとして、無くてはならない存在なんです。」
「無くてはならない……!?」
無くてはならない存在という私の言葉にセーラが大きく動揺し、その後顔を真っ赤にした。しかし、、一方のソアラはさすがにそれだけで引き下がるほど甘い相手では無いようだ。
「大切なパートナー?失礼ですけど、常神さんはお姉ちゃんのことを一体どれくらい知っててそんなこと言うんですか。お姉ちゃんはただ優しくて綺麗で、賢いだけじゃないんです!勇敢で強くて、わたしが昔野良犬に襲われたときも、まったくひるまずに立ち向かってくれて、見事に野良犬を撃退してくれるような人なんです。パートナーって言ったって、どうせあなたはお姉ちゃんのことを、可愛くて癒やされるくらいにしか思ってないんでしょうけど、私にとってお姉ちゃんはヒーローみたいな存在なんですからねっ。」
確かにセーラと一緒に居た時間は彼女と比べれば短いかもしれない。けれど、一緒に航海をした時間で彼女とはいろいろな経験をしてきたのだ。それをこんな風に言われると私としても黙ったままではいられない。
「いや違います。セーラは私が泥棒に突き飛ばされたとき、私の仇を取るために一人で泥棒に立ち向かってくれたんです。セーラが可愛いだけじゃないってこと、よーくよーく知ってます。だから、ソアラさんにとってのお姉さんはヒーローかも知れないですけど、私にとってもセーラは正義の味方なんです!」
私の熱弁が効いたのか、ソアラは一瞬何も言い返せなくなった。セーラが誰かのためにその隠された強さを見せるということはあまり無いことなので、自分以外にもそういう経験をした人物がいることに相当のショックを受けているのだろうか。流れが私に有利な方向に傾きかけた時、ソアラはようやくその口を開いた。
「と、とにかく、そんな強くて勇敢で格好良いお姉ちゃんは、客船の客室乗務員よりも、海軍の方が向いてるんです!豪華客船でのんびりとお客さんの相手をするなんて、お姉ちゃんのいるべき世界じゃないんですよ!」




