19.おかえりなさい ~Welcome Home!~
「で、私を見てると右利きの人は頭がいいって噂が本当だと思えるってどういうこと?」
「ん、いやそれは文字通りだけど。七海って記憶力もいいし、仕事もすぐに覚えるから頭いいよなって。」
「なるほどね〜、ポーラにそう思ってもらえるなんて嬉しいな~!」
セーラと涙ながらの約束をしたしばらく後、客室乗務員見習いの部屋で私はポーラとそんな会話をした。もし、彼女が昼間の「鏡の世界の人」の一件で私を傷つけてしまったと思っているんなら、その誤解はなるべく早くに解いておきたいと、そう思ったからだった。
セーラの心からの告白は、この世界と元いた世界との微妙なギャップにさいなまれていた私の心をすっと晴らしてくれ、「この子が私のことをこんな風に思ってくれているのに、今まで何を悩んでいたのだろう」という気持ちにさせてくれた。そのせいか、さっきまでのモヤモヤした気分とは一変し、今の私はなんだかとても高揚感に包まれたような気分でさえあった。
一方で、昼間とはまるでテンションの違う私を、ポーラとマリさんはきょとんとした顔で見ていた。
「ねぇセーラ、明日の朝に入港するイルミスってどんな街なのかな、ル・トゥーガも綺麗な街だったし、イルミスもきっと素敵な街だよね!」
「うん、イルミスも素敵な街だよ。でも……」
「でもってことはなにか問題があるの?治安が悪いとか、空気が良くないとか?」
「治安はとってもいいよ、ル・トゥーガみたいに街にお巡りさんがいなくても、スリにもひったくりにも合わないよ。それに空気も美味しいし、夜はさっきみたいに星がすごく綺麗なんだ。けど……」
今まで寄港してきた港や、これから寄港する予定の港に比べて、このイルミスという街について、セーラはやけに詳しく知っているようだった。それに、街のいいところを話すときの彼女の表情も生き生きとしている。しかし、言葉の最後に必ず言いよどむようなフレーズが挟まるのは一体どうしてだろう。私とセーラはさっきあんなに思いを込めてお互いの存在の大きさを確かめあった関係なのだから、彼女が何かを隠そうとしていたら、どうしてもそのことが気になってしまう。
「さっきから、でも……とか、けど……とか、一体この街とセーラに何があるの?」
するとセーラは思い切ったようにこう答えた。
「……七海に隠し事はしたくないから言うね。イルミスは、私のふるさとなんだ。」
それからのセーラの話を要約すると、つまり彼女はこのノルトリンク王国の港町出身で、マリさんやポーラと同じ北の大陸の船員養成学校に入り、そのまま北の大陸を母港とするコーラル・マーメイド号に乗り組むことになったということらしかった。それなら、彼女がこの街について詳しいのも納得が行く。
しかし、それはそれとしてなぜ彼女がこの街について話す時に、必ず最後に言いよどんでしまうのだろうか。セーラにそのことについて聞いてみても、返ってくるのは「明日になったら分かるからっ!」の一言のみであった。マリさんとポーラはなにか知っているような素振りをみせていたが、本人が話したくないのに彼女たちに聞くのもどうかと思い、私は大人しく明日の入港を待つことにした。
翌朝、波の穏やかなノルトリンク湾を快調に航海したコーラル・マーメイド号は、予定通りノルトリンク王国最大の港町、イルミスへと入港した。入港直後は例のごとくお客様への対応で外を見る余裕なんてまるで無かったが、やがて昼前くらいになると人の波も落ち着き、私たちにも外を見る余裕が生まれた。私はこの時を待ちわびていたとばかりに、イルミスの街並みを目に焼き付ようとギャングウェイに出る。
するとまず目に飛び込んで来たのは、私たちのコーラル・マーメイド号とは明らかに異なるグレー一色で彩られた無骨な船が港内にひしめき合うようにして停泊している光景だった。船の前方には大砲が乗っかっていて、マストにはいろいろな形をしたレーダーが搭載されている。それは間違いなく私の元いた世界なら、護衛艦とかあるいは駆逐艦と呼ばれていた戦うための艦艇の姿だった。
「ひょっとして、この街って……」
私はセーラの方を向く。彼女は観念したというような表情を浮かべたのち、本当のことを話し始めた。
「そう、イルミスはこの国で一番大きな港町で、この国で一番大きな海軍の港でもあるの。そして私の家族もこの街が母港の軍艦に乗り組んでるんだ。」
「じゃあセーラがこの街について話すときにちょっとためらってたのは、セーラが客室乗務員を目指してることに反対してるご家族が、この街に居るからってこと?」
彼女が船内にいた不審者を護身術で撃退した時に話してくれた、海軍一家のみなさんが、もしかしたらセーラを取り戻しに来てしまうのではないだろうか、ずっとこの船で航海するって約束したのに、いきなり大ピンチ到来かもしれないと私は考えたが、彼女は首を横に振った。
「ううん、私が客室乗務員になるのに反対してたっていうのはもう昔の話で、今はお父さんもお母さんも認めてくれてるんだ。……諦めてくれたっていうだけかも知れないけど。でも、一人だけ私が客船に乗るのを認めてなくて……。」
「ひょっとして、その人が入港のタイミングで、セーラを連れ戻しに来ようとしてるとか?」
すると、セーラは今度は首を縦に振った。どうしよう、彼女を引き止めようとしたところで、相手は海軍の軍人さんだ。私は強面で筋骨隆々のセーラの家族を勝手に想像し、一人戦々恐々とする。
「実は、コーラル・マーメイド号が今日入港することも知ってて、この後すぐに船内の来訪客用の応接室で面会することになってるんだ。」
予想以上に事態は急に進みつつあるようだった。こんな時に限ってマリさんもポーラも他のお仕事で一緒に居ることができないし、やはり私一人で彼女を守り抜くしかないのか。
「そうだ、七海も一緒に会ってくれるよねっ!七海からも私がこの船でちゃんとやってるってこと言ってあげてよ!」
いきなりの重大な任務に背筋が伸びる。ここでセーラと共にそのご家族を説得しなければ、昨晩した約束をさっそく破って彼女とさよならしてしまうことになりかねない。常神七海最大の決戦の時が、いきなり訪れようとしていた。
船の手すりでウミネコが休憩しているのんびりとした昼下がり、とうとう戦いの火蓋が切って下ろされようとしていた。私とセーラは二人で、船内にいくつか用意された応接室の前に居た。入港中ということもあり、周りでは久しぶりの再会を喜ぶお客様の楽しげな歓声が聞こえているが、セーラはなんとも言えない表情で、私はカチコチに緊張してしまっている。話を聞いた時は闘志に燃えていた私だったが、いざ面会を目の前にすると、強面の軍人さん相手に上手く話すことができるだろうかとか、家族の問題に見ず知らずの私が首を突っ込んで良いのだろうかといった不安が湧き上がってくる。
面会の時間を迎え、私は意を決して部屋のドアを開ける。居室のそれとは違って、なめらかにドアが開いた。
するとそこにあったのは、いかつい軍人さんの姿ではなく、セーラと同じ、見惚れるような美しい金髪と海をそのまま映したかのような碧眼を持った、セーラよりもほんの少しだけ幼い少女の姿だった。
「おかえりなさい、お姉ちゃん!」
少女はセーラの姿を見つけると、透き通った可愛らしい声でそう言った。




