7
わたくしは考えていた。
どうして家族の中で自分だけが恐ろしい目に合うのかを。
ケリーは私と似たような目にあっていたのに、気が付いたら怪奇現象を体験しなくなっていた。
わたくしだって、家族が恐ろしい目にあって欲しい訳じゃない。
でも、体験していないからこそ、わたくしの話に親身になって耳を傾けてくれないのだ。
ケリーに筋違いな文句言うと、申し訳なさそうにして謝られた。
わたくしはもう一度覚悟を決めることにした。
いつまでも解消されないモヤモヤが、アリサの心の中から外にいかずに留まっていた。
隣の部屋を調査するためにアリサが自宅から出ると、304号室のドアが開け放たれていた。
「どうして開いているのかしら?」
疑問に思ったが、今は夜中ではなく昼前という事もあり、恐怖を忘れて吸い込まれるように扉に近づいていく。
足を踏み入れた途端、違和感を感じた。
「あれ? ……空気が違う」
以前来た時に感じた埃と留まり続けて汚れた空気の匂いがしなかった。
そのまま奥に進むと、風が通ってきてアリサを横切って玄関の方へ流れていく。
原因は直ぐに分かった。室内の窓は全て開け放たれて、空気が入れ替えられている。
夜中と違って窓から外の光が射し込んでいるので明るい。
「誰もいないのかしら?」
人が侵入した痕跡があるのに、姿が見えず誰もいない。アリサは不思議に思いながらも、異変がないか部屋の中を調べて回った。
「……これはいったい、どういう事ですの?」
アリサが見たのは硬い物で叩いたような傷跡が壁に残っていた。しかもその部屋はアリサの部屋の隣だった。
「昨夜の音はこれが原因という事? 誰が何のために?」
何度叩いたのだろうか。ハンマーで殴ったような無数の傷跡に、アリサは執念のような忌まわしさを感じて恐怖した。
「あの黒いローブを着た男がやったのかしら? だとしたら幽霊じゃないわよね。ミイラと関係があるのかな。うーん。全然分からないわ」
傷跡から考察してみたが、情報も足りなくて答えを導き出したことは困難であった。
一通り見て回って、この傷跡以外にはおかしいところは無かった。一度家に戻ろうかと思ったアリサだったが、魔視を試していない事に気づいた。
「また魔方陣が隠されているかもしれないし、調べてみましょう」
壁の傷跡に向き合ったまま魔力を目に集めていくと、肩を叩かれた。
「きゃっ!」
アリサはびっくりして振り返るとバーンズが側に立っていた。自分が集中して気付かなかったのか、バーンズが気配させずに近づいたのか定かではないが、アリサは心臓の高鳴りを抑えるために、胸に手を置いてから深く息を吐き出す。少し落ち着いたので、バーンズに尋ねることにした。
「バーンズさん、どうしてここに?」
「はい。アリサ様。こんにちわ。ここには仕事で来ました」
バーンズはアリサが部屋に入っていたのに嫌な顔をしなかった。初めて会った時のように爽やかな笑顔でアリサに挨拶した。
「えっと、こんにちわ」
「どうしてここにいるのか気にはなりますが、業者が作業しに来ますので、お引き取りお願いますか?」
「ここに居たら駄目かしら?」
「ここにですか?」
「ええ、作業の邪魔をしないと誓うわ」
「申し訳ございません。認める訳にはまいりません。怪我でもされるような事があると大変ですから。ささっ、わがまま言わずにご自宅に戻ってください」
反論の余地のない言い方にアリサは黙って頷くしかなかった。少しでも解決の糸口を見つける目的がこうも簡単に崩れ去るとは思いもよらなかった。
バーンズは爽やかな笑顔を保ちつつ、無言でアリサを追い立てるように自宅まで送った。
自宅のベッドに腰を下ろしたアリサは心の中で燻り続ける気持ちを解消できずにいた。イライラして筋違いな文句を放つ。
「もうバーンズさんは本当に間が悪いわ。もう少し後だったら何か分かったかもしれないのに。困った殿方ですわ」
無断で部屋に侵入したことを棚上げして、目的を果たせなかったことを悔やんだ。
「次に行っても鍵が開いてる保障はないわ。どうしましょう」
部屋の中でウロウロして考えていると、ドアがノックされる。一瞬ビクッとなったが、「はい」と返事を返した。
入ってきたのはケリーだった。彼女は掃除道具を持ってやってきた。
「アリサ様、お部屋のお掃除をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、よろしくお願いするわ。ケリー」
ベッドに腰かけて、ケリーの掃除を眺めていた時に、自然とアリサが口を開いた。
「実はさっき隣に部屋に入ってたのですが、そこでバーンズさんにお会いして追い出されてしまったの。怒られることは無かったけど、調査出来なかったのは残念だったわ」
ケリーはギョッとしてアリサを見ると、掃除を中断した。一度咳ばらいをしてからアリサに話掛ける。
「アリサ様、危険なことはおやめになってください」
「ええ、ごめんなさい。どうしても音の正体を知りたかったの」
「アリサ様が悩んでおられるのは知っておりますが、それでも一人で行動されるのは止めて欲しいです」
「善処します。それよりもバーンズさんはわたくしを怒らなかったの。絶対に怒られると思ったのに。あの方って、お人好しなのかしら。ケリーはバーンズさんをどう思って?」
「………………」
アリアの問いかけにケリーは黙り込む。心配になってケリーに呼び掛ける。
「……ケリー?」
「アリサ様、私はバーンズという男を信用していません。何かされた訳ではないのですが、あの笑顔が胡散臭く感じるのです。アリサ様もそうでしょう?」
真剣な顔したケリーの捲し立てる言い方に気押されたアリサは頷いてしまった。
アリサの同意を得たことに満足したケリーは、掃除道具を持ち、一礼してから部屋を出て行く。アリサにはケリーが何でそこまでバーンズを毛嫌いするのか分からなかった。




