第10話 風に乗って
足りないものがある。
それを手に入れるために――外へ出る。
鍋の中で煮えているソースの匂いは、いつもより少し物足りなかった。
シュンは静かに味を見る。
「……うーんなんかなぁ」
「どうしたの?」
アイラが覗き込む。
「悪くない。でも、限界がある」
塩と香草だけでは、どうしても味の幅が狭い。
もっと深みが欲しい。
「もっといろんな味があればな」
ぽつりと呟く。
アイラは少し考えてから、口を開いた。
「それなら、街へ行ったみたら」
「街?」
「うん。ベルデンバークっていう場所がここからだと一番近い」
初めて聞く名前だった。
「ここから歩いて二日くらい」
「二日か……」
遠い。
「でも、いろんなものがあるよ。調味料とか、見たことない食材も」
少しだけ、胸が動く。
「……行くか」
「え?」
「その街」
即答だった。
だが、問題がある。
「お金、いるよ」
「ああ、そうだな」
そこは理解している。
村とは違う。
「持ってないよね?」
「持ってないな」
少しの沈黙。
「……ドイルに聞いてみよう」
ドイルの家は相変わらず静かだった。
「なんだ」
短く問われる。
「街に行きたいんだけど」
シュンは正直に言った。
ドイルの目がわずかに細くなる。
「……ベルデンバークか」
「知ってるのか」
「何度か行ってる」
やはり外と繋がっている。
「金がいるぞ」
「わかってる。どうにかならないか?」
「貸してやる」
あっさりと言った。
シュンは少しだけ驚く。
「いいのか」
「その代わり」
ドイルはわずかに口元を動かす。
「また食べさせてくれ」
シュンは小さく笑った。
「任せてください」
それで話は決まった。
問題はもう一つ。
「歩いて二日はさすがに遠いな」
帰りも含めれば、かなり時間を取られる。
その時だった。
〈シルフ〉「飛べばいいじゃん」
軽い声が響く。
「……は?」
〈シルフ〉「風で運ぶよ」
「できるのか」
〈シルフ〉「乗るものがあればね」
乗るもの。
考える。
「……絨毯か」
アイラがはっとする。
「絨毯なら、テヘランさんの家にあるよ」
「リーダーか」
少しだけ面倒そうだが、他に手はない。
「行くか」
テヘランの家は村の中心にあった。
他よりも少し大きい。
「テヘランさん」
アイラが声をかける。
中から出てきたのは、落ち着いた雰囲気の男だった。
「……シュンか」
すぐに視線が向く。
観察するような目。
「料理がうまいらしいな」
静かに言う。
「聞いた話だ」
少しだけ間。
シュンは答える。
「まだまだだ」
「謙遜するな」
短く返される。
「それで、何の用だ」
「絨毯を借りたいんです」
はっきりと言う。
「街に行きたいんです」
テヘランは少し考えた。
「理由は」
「食材と調味料を求めて」
正直に言う。
嘘はない。
そして、続ける。
「その代わり」
一呼吸。
「今度、食べに来てくれ」
静かに言った。
テヘランの目がわずかに変わる。
「……いいだろう」
短く答えた。
絨毯は思っていたよりも大きかった。
丈夫で、しっかりしている。
「ほんとにこれで飛べるの?」
アイラが不安そうに言う。
「さあな」
シュンは肩をすくめる。
「シルフ」
〈シルフ〉「任せてよ」
軽い声。
絨毯の上に乗る。
「落ちるなよ」
「それ、フラグっぽいよ……」
少し震えている。
「……行くぞ」
風が動く。
ふわりと体が浮く。
「うわっ!」
アイラが思わず声を上げる。
地面が離れる。
村が小さくなる。
「……すげえな」
思わず呟く。
風に乗る。
ただそれだけなのに、まるで別の世界だ。
〈シルフ〉「楽しいでしょ?」
「悪くない」
正直な感想だった。
山を越える。
森を抜ける。
やがて――
視界が開ける。
「……海か」
青が広がる。
その先に。
「……あれが」
アイラが小さく呟く。
建物。
人。
動くものすべて。
「ベルデンバーク……」
シュンは静かにそれを見つめた。
村とはまるで違う。
音も、匂いも、空気も。
「……行くぞ」
小さく言う。
風がさらに強くなる。
新しい場所へ。
その一歩を、踏み出した。
読んでいただきありがとうございます。
ついに街へ。ここから新しい出会いと展開が始まります。続きをお楽しみください。




