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僕を知らない僕  作者: 太秦佑助
第二章
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【個変主義】

この物語はフィクションであり、登場する組織や人物は実在のものとは一切関係ありません。また、物語には独特な考えが表れますが、これは物語を読みやすくするための要素であり、私個人の信念とは異なります。この点を理解いただいた上で、物語をお楽しみいただければ幸いです。

人々は、美人かそうでないかで生きやすさが変わる。美人であっても生きにくい時は生きにくいと感じる。例えば、ストーカーやナンパなどの行為は美人の人の被害が多いであろう。美人にも美人で悩みがある。しかし、美人ではない人は、見た目だけで合否結果に無意識に関わってくることもある。美人の人と容姿以外のことが同じであったとしても、人々の意見は変わる可能性がある。また、SNSでもよく見られるのだが、誹謗中傷に関しても美人ではない人がされる可能性が高い。なぜなら、同じような迷惑行為をしたとしても美人は許され、美人ではない人は世間から叩かれる。男性でもそうだ。女性が痴漢をされたら、人々は女性を守ろうとする。だが、男性が痴漢をされた場合には、「女の人に触ってもらえるとか最高かよ」、「男のくせに騒ぐなよ」と被害者を馬鹿にするような発言がよく見られる。女性に対しての痴漢も決してあってはならない。だが、男性の被害者を守らないのはおかしいのではないかと私は考える。このように世界は知らずのうちに人を区別し、他人を差別している。だからこそ、私は個変主義を掲げる。人々は自分が相手と違う存在であることを認識するべきだ。また、相手が周りと違っていたとしても当たり前だと思うべきだ。他人の気持ちは、自分とは同じではない。相手の心を想像することは大切だが、相手の気持ちを決めつけることはやってはいけない。うれしいこと、楽しいこと、つらいこと、悲しいことは全く同じになる人はいない。もし、全ての人が同じというのであれば、全ての人が稲作をすればいい。一人一人が違うからこそ、新たな産業ができ、モノやサービスなどが生まれる。見た目で区別するのは悪いことだとは思わない。私もたまにある。だが、今からの時代は、自分の不通を相手に押し付けてはいけない。それが鎖国ではない証拠だ。

次話、11月10日17時から公開予定です。

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