9 落ちこぼれは体験入団を果たす
これからは朝七時更新か夜七時更新がばらばらになります。朝更新が出来てなかったら、あ、寝てるなこいつと思ってください。
「レイのそばにいるなら覚悟がいる必要だ」
マティにその言葉を言われてから二週間。整備されたフルートとともに、私は今日聖奏団の敷地に足を踏み入れる。
「ここが……聖奏団の本部」
今まで一度も来たことはないけれど、一般に公開されている場所もあるようだ。集合場所には団員がいないと入れないので、質問コーナーのお姉さんに声をかけた。
「すみません」
「はい! ……ああ、今日から体験入団をするティトルの生徒さんだね。中で担当者さんが待っているはずだからそこまで案内するわね」
「お願いします!」
お姉さんに連れられて白い床と壁の道を進んでいく。迷子になりそうだ。クラス別で二人ずつと担当教員が一人。合計で七十二人。その中からフルートクラスの人を探すのは骨が折れる。そもそも担当教員の顔を知らないし、ペアの相手も先生から聞いていない。だけどその心配は杞憂だった。
「……アリストロシュ様」
円形の部屋の奥の方にレイくんとマティと三人で集まっていた。さすが公爵家……。互いに顔見知りなんだなあ。そばに行こうと思ったけれど、アリストロシュ様に言われた言葉を思い出して近づかないことにした。それに……アリストロシュ様とマティの傍にはできるだけ行きたくない。まだ、自分の答えが見つかっていないから。
もう一人もすぐに見つかった。
「あの、こんにちは」
声をかけたのは野性味溢れるイケメン。身長が高くて元気な印象のある男性だ。名前は知らないけれど、一度会ったことがある。相手もすぐに私を思い出してくれたらしい。
「おお! あのときの子か!」
「覚えていてもらえて嬉しいです。本来ならこんな所に来れなかったんですけど、先生方が強く進めてくださってて」
「ああ。話は聞いているよ。このひと月で神聖力が開花すれば間違いなく入団できるさ」
「ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします! この一月頑張ります!」
そのあと十分ほど経ってから集合時刻となり、私はアリストロシュ様と担当教員の人と三人でフルートクラスへと向かった。設備が豪華になっているだけで、あまり変化はないらしい。ただほとんどが白で統一されてるから迷いそうだ。
フルートクラスの座学教室にたどり着くと、教室の真ん中、一番後ろの席に案内された。ここで授業を受けるのか。グラヨールはその前の席に座ると改めて自己紹介をする。
「さて、俺の名前はグラヨール・デ・セクレット。階級は二。今回君たちの担当を務めることになった。よろしくな」
「セクレット? それってリエーと同じ名前……」
カモミの言葉にグラヨールは目を見開く。
「おお! リエーの友人か? ぜひ仲良くしてやってくれ! 君は確か……」
「カモミ・デ・フルーです。よろしくお願いします!」
ぺこり、と頭を下げる私の隣でアリストロシュ様が口を開いた。
「アリストロシュ・レ・アスティーです。この一月よろしくお願いします」
「あの有名なアスティー公爵家のご令嬢か! 普段どんなトレーニングをしているのか、俺も勉強させてもらうよ!」
私たちが挨拶し終わったところでちょうど鐘が鳴る。授業が始まるのだ。
授業の内容は簡単に言えば私たちが普段受けているのと同じ神聖円環についてだった。円環で使われる線の数が多ければ多いほど精密な神聖力が必要になる。
そもそも神聖具を用いて何らかの事象を起こすためには三つのポイントがある。一つ目は神聖力の出力。安定した神聖力をどれだけ長く出すことが出来るのかが観点となる。
二つ目は神聖力の操作性。精密性とも言われる。音符として現界した神聖力をどれだけ自分の思うとおりに動かせるか、というものだ。
三つ目は神聖力の創造性。どのような事象を起こしたいのかを明確にイメージ出来なければ、いくら安定して神聖力が現界しても何も得ることなく潰えてしまう。たとえ円環の形になっていようとも。
想像し、現界させ、思うように動かすことで円環は円環として世界に認識される。
円環の内部に作られる形にはそれぞれ意味がありこれを象形というのだけれど、高度なものになるとたった一ミリズレていただけで爆発が起きる危険性もあるのだ。
「では今から十分時間をとる」
今は円環にどのような象形を組み込んだら雨が降るか、という授業をしていた。
私はまだ何も出来ていない。まず円環を一から考えるということをやったことがないからだ。ティトル校では用意されている象形の大きさを変え、位置を変える円環の作り方をしている。いきなり好きな象形を使えと言われても難しいのだ。
雨……水の雫。巨大な水の塊を切断する? 水系の象形を使えとは言われていないから、風系の象形を使えばいいのかな。前に一度、空気中には目に見えない水が漂っていると聞いたことがある。それを活用すれば水を用意する必要はなくなる……? それであれば水系の象形じゃなくて無系の象形で作れそう。
無系の象形は形どることは簡単だから、円環を作るこの授業では答えとして一応為る……のかな。
となりをちらりとのぞけば、アリストロシュ様は真面目な顔でガリガリと紙に書き込んでいた。あんなに書かないといけないのかな……。わたし、これでいいのかな。
悩んだ結果、私は【範囲選択】を二つと【固める】、そして【連鎖する】の無系象形を使うことにした。
「さて、自信があるものはいるか?」
その声に団員たちの手がまばらにあがる。先生は周りを見ると、私の隣に目を向けた。
「体験入団生、アリストロシュ君。発表を」
教室内がざわついた。驚きと好意、そして興味深そうな視線が向けられる。その中に嘲笑が無いことに驚いた。それでもどうしても居心地が悪くて、立ち上がったアリストロシュ様を見た。自信のある顔つきで前を向くアリストロシュ様は、淡々と話し始める。
「私が使用した象形は【範囲選択】が二つと【集中】です。まず、どの範囲に雨を降らせるのかを決めて、それより大きな範囲に存在する雲を集めます。範囲内が【集中】によって範囲内に圧縮されることにより、自然界での事象をそのまま再現できるかと思います」
再び教室内がざわついた。
「素晴らしい。完璧だ。難点となるのは【集中】の象形の実現だが、理論としては申し分ない。【集中】以外の象形を用いることも考えられてはいるが、現在はそれが一般的だ」
「ありがとうございます」
優雅に一礼して腰掛ける。さすがアリストロシュ様だ。もうすぐに正解を出してしまうなんて。私は【集中】を使うなんて考えもしなかったのに。そう思っていた時だった。
「では、同じく体験入団生のカモミ君。君はどう考える?」
「はっ、はい!」
名前を呼ばれて思わず立ち上がってしまったけれど、私の円環はアリストロシュ様のようにしっかりとしたものではない。大丈夫かな。
心配になる私に、先生は優しく声をかけた。
「大丈夫だ。間違っていれば間違っていると伝えるし、この場には人の考えをバカにするような人はいない。もし居たら私がガツンと言ってやろう」
その言葉に勇気づけられ、私は震えながらも発表を始めた。
「わ、私が使ったのは【範囲選択】二つと、【固める】、【連鎖する】、の合計四つです。雨を降らせる範囲を指定して、その中の範囲をさらに指定します。二つ目の範囲に【固める】を使用して、事象が現れた際は【連鎖する】によって自動的に連鎖します。組み合わせ方によっては雨の雫の大きさまで制御できるのでは、と思います。以上、です」
先生の顔色がみるみる変わっていく。わたしはそんなに酷い発表をしただろうか。助けを求めるようにアリストロシュ様を見るけれど、アリストロシュ様も愕然とした顔で私を見ていた。そしてきゅっと私を睨みつける。
「カモミさん……あなた、どうしてその考えにたどり着いたんですの?」
「え、?」
「雨というのは雲から発生するものです。それ以外の方法で雨を降らせる方法はありませんわ」
やっぱり私は間違っていたらしい。グラヨールさんを見ても頷きを返された。
「いや、可能性はある」
その空気を変えたのは先生だ。先生は難しげな顔をして私の目を見る。
「カモミ君はどうして空中から水を取りだしたんだね」
「あ、あの……私のお母さんが、ある場所に旅行に行った時の話をしてくれたことがありまして、その時空気が乾いている場所とじめじめと湿っている場所の違いは何かと話していたんです。それで、空気には水が入っているのではという意見のもと、お義母さまが【固める】を使ったら水が出てきた、ので……」
後半になるにつれてしどろもどろになっていく。なんてことだ。これじゃあ身内の汚点を晒しているも同然だ。私は顔を赤くして俯いた。
「先生。この場で【固める】を使用してみるべきではないでしょうか?」
誰かが、そう言った。それはグラヨールさんだった。
「彼女の言う通りならば、この国の歴史が変わります」
「分かった。やってみよう」
そして先生がフルートを口にする。私は先生の目の前に水の雫が現れているのを見ると、緊張が解けたようにほっとして座り込んだ。
「まさか、本当にこんなことが……! これはただの判明ではない。まさに世界を変えるぞ! カモミ君、礼を言う」
「お礼、ですか……?」
「ああ。この国にセッキーという地域があるのは知っているかな? そこは雨がなかなか降らず飲み水もままならない。君は今、人々を救うきっかけになったのだよ」
その言葉は、私に驚きを与えた。
チャイムが鳴る。先生が駆け足で教室を出ていくのが水の奥に見えた。
私は、誰かの役に立つことが出来るのだと。おちこぼれでも、何かに貢献できるのだと証明されたのだ。
ただただ嬉しかった。