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7 落ちこぼれは呼び出される

 夜一時にベッドに入り、朝まで六時間ぐっすりと眠った私はカーテンを開けた。雲ひとつない晴れ渡る空。まるで今の私の心情のようだ。

 その天気はティーパーティーが開かれる三時頃まで続き、私は紅茶の香りを感じながらフルートクラス担当の先生の元へ足早に向かっていた。先生がいるのは教師塔の二階。食堂と繋がる渡り廊下の先の小さな部屋だ。クラスを正式に担当する先生には、一人に一つ部屋が与えられるため、寝泊まりする人も多いらしい。私が呼ばれるのはこれで何度目だったか。少なくとも百はとうに超えているはず。


「失礼します。カモミ・デ・フルーです」


 担当教員室の扉を叩くと、急に室内で大きな物音がした。何かあったのかな。そのあとも断続的に物音が続き静かになった後に、「どうぞ……」というか細い声が聞こえた。

 正直ちょっと怖い。


「失礼します……うわあっ!?」


 室内は酷い有様だった。本来なら左右の壁は棚によって封鎖されていて、応接用の二人がけソファが二つローテーブルを挟んで向かい合っているはずだ。その奥に執務机があり、その後ろに窓。呼び出された時はいつもそうだった。多少積み上がっている書類の高さに違いはあるけれど。

 それがどうだろう。どちらも棚が倒れてその下には中に入っていただろう本が散らばっている。先生お気に入りの応接用のソファは穴だらけで、ローテーブルは真っ二つに割れていた。今日は一段と書類が多かったのか、あたりは書類の海だ。足の踏み場もない。限界まで開いた窓から風が吹き込み、いく枚かが舞い上がった。

 先生は見当たらなかった。


「先生……? どこです、かー?」

「ここだ、ここ! ちょっと引っ張りあげてくれ……」


 私がフルートに手を当てて少し怯えながら声をかけると、向かって右側の棚の下からかぼそい声が聞こえた。潰れている。私は慌てて書類を踏みながら駆けつけた。


「うぇええええ!?!? ちょ、ちょっと大丈夫ですか!? 生きてますか!? 息できてますか?? 意識ありますか!」

「大丈夫大丈夫……じゃないかもしれない」

「そんな! 私こんな大きな棚を持ち上げたりは出来ないですよ!」

「フルート取ってきてさえくれればいいって」


 そうだ、フルート。私と違ってフルートを自然に吹ける先生はフルートさえあればどんなことにも、基本対応できるのだ。


「えっと……、あった!」


 部屋の中に落ちていた白いフルートを差し出すと、一吹きで棚が起き上がる。それと同時に、棚の中身も定位置に戻っていく。

 リズムに乗って書類が空を舞い、ソファの穴は繕われていった。あっという間にいつもの担当教員室に戻っていた。

 さすが上二の聖奏団員は違う。私もあんな風になれるだろうか。


「さて、急に呼び出して悪かったな」


 応接用のソファにどかりと沈み込み、割れが直されたローテーブルに一枚の書類が載せられる。


「えっと、これは……」

「そのままだ。聖奏団入団試験前、ティトル聖奏高等学校からの体験入団生受け入れ制度希望者表」

「私が聖奏団に?」

「ああ。座学はアリストロシュ・レ・アスティーと同列の一位をキープ。実技でも足並みを揃えることができる。ほかの先生方とも話して問題ないとの声も聞く。もちろん学校長の許可も得ている」


 私は素直に驚いた。私のことを優秀だと見てくれる先生がいることに。今までダメダメだった実技は隊列を整えることだけしかできないと思っていたから、まさかそこが見られているなんて。


「どうだ、行くか?」

「……っ、私は」


 すぐに返事は出来ない。こうして勧められたことはとっても嬉しいし、叶うことならこのチャンスを掴みたい。だけど、いいのかな。私は神聖力の使えない落ちこぼれでもしかしたらこのティトル校に泥を塗ってしまうかもしれない。


「私は、行っても……いいんでしょうか」


 膝の上に乗せた手をぎゅっと丸める。すると、一拍ほど置いて先生が口を開いた。


「ばかかお前は」

「……へ!?」


 一瞬、何を言われたのかが分からない。その言葉に顔を上げると、先生は真面目な顔をして私に語りかける。


「俺はお前が努力してきたのを知っている。いつも図書室に通い、実技室を借りて足りない知識を補おうとしていたお前の姿を、ほかの先生方も見ている。ここでこうして選ばれたのはお前の努力の結果だ」


 その言葉は私の心に染み渡る。かわいた川に水が与えられるように。


「一度しか言わないぞ。俺たちはお前に──カモミ・デ・フルーに期待をしている」

「っ、はい……!」

「その努力をそのまま捨てさせたくはない。だからこそ学年をあげてきて、今回の話もお前に持ってきた」


 立ち上がって私を見下ろす先生を、私はもう見ていられなかった。目から止めどなく流れてくる液体が、私の手を濡らしていく。


「胸を張れ! カモミ・デ・フルー! お前が進んできた道は何も間違いじゃない!!」

「はい、っ! 今回の体験入団、どうかよろしくお願いします……!」


 涙まみれのぐちゃぐちゃの顔で私は大きな声で返事をした。


「ったく……顔ぐちゃぐちゃじゃねぇか。ほれタオルで拭けよ」

「ありがとうございます……ひぐっ」

「まぁ気持ちは分からんでもないがな」


 私は顔を拭きながら、ひとつ気になったことを思い出した。


「先生……」

「なんだ?」

「さっきの物音は一体なんだったんですか?」


 先生は顔を逸らした。どうやら大きな事件に巻き込まれたというわけではないらしい。ならどうして部屋があんな惨状になっていたのかな。どうしても気になってしまう。


「……気にするな」

「気になります」

「気にするなって」

「学校長にチクリますよ」

「……っ、鳩が窓から突っ込んできたんだよっっ!!」


 まさに豆鉄砲を喰らった鳩のように私は固まった。


「鳩……?」

「そうだ、俺は鳩が嫌いなんだよ!」


 驚きだ。まさか先生は鳩が怖いだなんて。怖いもの知らずな見た目と裏腹に嫌いなものがあることに私はびっくりした。


「全く……ただでさえ仕事が増えてるってのに。おら、お前もとっとと出てけ。もう用はすんだからな」

「呼んだのは先生なのに……っ!?」

「そうだそうだ、大人は勝手だ。ほら出てけ!」


 なんて酷い人だろう。私は立ち上がるとそのまま扉を開いた。


「「失礼しました」」


 パタン、と扉を閉めて今何が起こったのかと思う。私の声が誰かのものと被って聞こえた。


「カモミか」

「レイ君!」


 向かいの担当教員室から出てきたのはレイ君だった。


「レイ君も呼び出し?」

「ああ。体験入団のことでな。カモミもか?」

「そう! びっくりしたけど……嬉しいんだ。私ってダメダメだから、誰かに認められるなんて思ってなくて」

「そんなことはない」

「え?」


 私言葉を遮るようにしてレイ君は声を出した。顔色を変えないまま、だけど聞き逃せないような声で。


「認められたということは、頑張ってきたのだろう。その努力を自分で卑下することは自分に対して失礼だ」

「そっ、か……」


 まるで私を元気づけようとしているみたいだった。周りのことなんて関心がないように見えて、その実よく見ているということだろうか。なんて、優しい人。


「神聖力だって今は使えなくとも、いつか使えるようになればいい。違うか?」

「違わないよ。何も」


 私のことを見てくれる人はたくさんいる。誰もいないなんてことはない。それはただ私が私自身の殻に閉じこもっているだけだ。それを忘れないで、私はこれからも前を向かなくちゃ。それが、私を信じるということなんだろう。


「ありがとう。レイ君は……優しいね」

「俺が?」

「うん。優しくて、強くてかっこいい。芯があるのは素敵なことだよ」


 レイ君はその言葉に、少しだけ笑った。


「そうか」


 まさかそんな顔をするとは思わなくて。ちょっと予想外だった。なんとなく気恥ずかしくなって私は顔を逸らす。私の心臓は大きく音をたてていた。なんでもない、と私は自分に言い聞かせる。

 だってなんでもなくなかったら、どうして私はこんなにも──。


「なんか、どきどきする……?」

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