5 落ちこぼれの友人はかわいい
すっかり日も落ちた道を、私はリエーとともに寮へ向かって歩いていた。
リエー・デ・セクレットは初等部からの友だちで、オーボエクラスの生徒だ。私の一番の、ううん唯一の友だち。
といっても私がリエーについて知っていることは少ない。セミロングのくるんとした髪をサイドテールにしていることとか、その理由が好きな人に似合っていると言われたこと。目が悪くないのにメガネをかけているのはその人に可愛いと言われたから。成績は優秀で私とたくさん話してくれるくらい優しいことと、友だちがたくさんいるってこと。
「カモミ〜!!」
「ふぇあっ!? なに!?」
急にリエーに大きな声で呼ばれたかと思えば、じっとりとした目を向けられていた。……あ、話聞いてなかった。
「話聞いてなかったんですね、そうですね。私のことなんてどうでもいいんだ……。なんだよせっかく人が話しているというのに。なんなんだよカモミというやつは〜」
ふいっと顔を横へ向ける。拗ねているんだな、なんてすぐに分かった。
「ごめんごめん、なんだっけ?」
私が尋ねるとリエーは顔を赤くして「たはは」と笑った。そしてその後に下を向く。ああ、好きな人の話だな、って私はすぐに気づいた。リエーがいつも以上に可愛い顔をするときは大抵その人の話なのだ。
「んん……私の好きな人が今日ティトル校に来てたよって話」
「え、ほんと!?」
「ほんと。聖奏団の用事で来てたみたい。……ただクラスが違うから全然話せないんだけどね」
「へぇ〜、その人はなんのクラス?」
リエーは少し目を瞬かせると、小首を傾げた。
「あれ、言ってないっけ?」
「なにが?」
二人して小首を傾げたところで、カァカァ鳥が鳴き声をあげながら空を飛んでいった。
「カモミと同じフルートだよ」
「フルート!? どうしてリエーはフルートにしなかったの!? ええ、びっくり……」
「それも前に言ったよ〜。同じクラスだと団に入った時にグループの組み分けが許可されないんだって。同じクラスだと確かに楽しいこともあるけど、でも、これから先のことを考えたらグループが同じの方がいいのかなって」
恋する乙女の顔、というのはまさしくこういう顔なのかなと思った。とっても可愛いから、私はあるおとぎ話を思い出した。お母さんが教えてくれたどこだかの話。あんまりにもかわいい女の子がいると、死神が連れて行ってお嫁さんにしてしまうとか。
「……お願いだから、連れていかれないでね」
「うん何の話かな?」
「はっ、また私は口に出してた!?」
ぷふっ、とリエーが吹き出す。私は顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。思わず下を向いてしまった。ああ、どうしてこんなにも思っていることをそのまま言っちゃうんだろうなぁ。
袖を小さな力で引かれた気がして、俯かせていた顔をあげると「それなんの話?」ってリエーが聞いてくれた。うん可愛い。
わたしはわざとらしく一つ咳をした。
「これはお母さんから聞いた話なんだけどね、この国の古いおとぎ話なの。
昔々、ある死神がこの国にやってきてかわいい女の子に目をつけました。その女の子がたいそう気に入った死神は、お嫁さんにしようと考えます。
ですが、その女の子はとても優しい子でもあったので、死という負の概念を司る死神が手にすることは出来ません。そこで女の子の悲しさや辛さ、苦しみなどの心の小さな闇の欠片から少しずつ女の子の体に入りこんだのです。
女の子が意識を失っている間、死神はその体を操って十二人の白き乙女の命を刈り取ります。そうすることで、気付かぬうちに女の子はその身に少しずつ罪をためていたのです。やがて死神は、女の子の意識があるうちに体を動かすことができるようになり、女の子は心までも罪に支配されていきました。
そして満月の夜、その女の子の体から死神がずるりと出てきたのです。驚く人々の目を浴びながら、死神は女の子の命を刈り取りました。お嫁さんにするために必要なのは魂だけで肉体はいらなかったのです。
その後、神聖なる力を使って死神を封印することに成功しましたが、その女の子の魂は今も死神に捕らえられています……。おわり」
話終わると、リエーは興味深そうに遠くを見ていた。なにか考えている時のリエーはどこかを見ていることが多いのだ。探究心に満ち溢れているリエーなら好きそうな話をしたからなぁ。
「ああ、そういうこと」
リエーはぽつりと呟くと私を振り返った。まるで答え合わせのようなリエーとの考察の時間は、他の人と共有できないほど幸せな時間だ。思わず口角が上がってしまう。
「女の子は歴代王族のなかで最も可愛らしい方だったと言われる姫君で、十二人の女の子は歴史ある十二の家々に連なる方なのね」
「神聖なる力は神聖力。罪をためることはその神聖力の減少を表す……らしいよ」
「確かにこの国の昔話みたいね……。というかカモミのお母さんほんと何者なの? だってこれ王家しか知らなそうな内容なのに……」
たしかに。そういえばお母さんがフルー男爵家に入るまでの話は聞いたことがないな……。今度家に帰った時お母さんの部屋を色々見てみようかな。
「でも知ってる人は知ってる話って言ってたよ。もしかしたらお母さん、どこかの貴族の人だったのかも」
「カモミと同じで謎ばっかりだね……」
「私にとってはリエーの好きな人も謎ばっかりだよ?」
「そうよ、元々その話をしてたのよ」
いつの間にか話が脱線してたんだよね……。たしかフルートクラスで聖奏団の男の人で、今日ティトル校に来てた、とか?
「……あれ待って? 私今日その人に会ったかも」
「え? ……嘘でしょ?」
「ほんとほんと。廊下で思いっきりぶつかったんだよね」
リエーは私の腕をがしっと掴むと顔をギリギリまで近づけて低い声で「どんな人?」と聞いた。そんなリエーから少し距離を取りながら、私は必死でその人のことを思い出す。
「赤茶の髪と瞳で、野性的って言葉が似合う背の高い人かな。聖奏団より聖守団に居そうな人」
その言葉にリエーの瞳が一瞬だけ揺れる。あれ、と思った時にはリエーは真面目な顔で私を見ていた。
「それ、私の兄さんだ」
「……お兄さん!?」
「そう。私ってほら今の家と血が繋がってないんだよ。私のお母さんの親友の家がセクレット家なんだ」
だから、瞳が揺れたのかな。いつもと違ってなんだか壊れてしまいそうな様子だったけど。……家と上手くいってないのかな。
「この前の休みも急にガーデンパーティするから帰ってこいって言われて向かったら、何でもない日なのにプレゼント大量に渡されて……」
あ、これ仲良いやつだ。直感的に私はそう思った。
「まあ、入団したら時間がもっと取りにくくなるからかもね」
「二ヶ月後、だもんね……」
入団試験。私は……果たして受かるんだろうか。いつまでもこんな状態ではいられないのに。私の気持ちを察したのかリエーがぎゅっと私の手を掴む。
「絶対、二人で入団しようね」
私じゃなくて遠く先を見据えているのがリエーらしい。私もいつまでも俯いてばっかじゃいられない。おすすめの本だってカバンにたくさん詰めて持って帰ってきたわけだし!
「うん、がんばろ!! 目指せ入団!」
黒い空に向けて手を真っ直ぐに伸ばす。せっかくここまで頑張ってきたんだから、最後まで諦めないでいよう。そしたらきっと、「もしかしたら」が私を迎えに来るから。
そんなこんなで、私たちは寮へと帰ってきた。全寮制でクラスごとに別の建物になっているから、リエーとはここでお別れだ。
「じゃあ、私こっちだから」
私が寮の方を向いた時、リエーが何かを口にした。
「ん、何か言った?」
「ううん何も! じゃあまた明日ね!」
リエーから出された手を掴む。そのときだった。リエーの後ろから、リエーを呼ぶ声がした。
「リエー!」
女の子だ。オーボエクラスの子なのかな、なんて聞く前にリエーが私から手をするりと離してその子たちに向けて大きく振った。
「今行く〜! じゃあまたね!」
たくさんの友達に囲まれるリエーを見ると、心がきゅっとなる。楽しそうでいいな。幸せそう。どうしてリエーは。私には誰も、誰もいないのに。
リエーは、私の一番じゃないことを私はよく分かっていなかったらしい。だからこんなもやもやした気持ちが集まってくるんだ。
「マイナス思考よくない!! プラスに考えよう!!」
言葉に出して鼓舞して見るけれど、なにかが胸の奥につっかえている。
「あ、そういえば。さっき何を言ってたのかな……」
私はわざとそう呟いて寮の扉をくぐった。そうでもしないと耐えられないから。理由があると思わないと、心が苦しくなるから。うまく聞こえなかったフリ、出来ただろうか。
「神聖力が使えないのに……受かるわけがないじゃん」
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