第二章 March of Ghost 34
――本質的ナ闇ハ減ッタガ、人間ノ造リ出シタ心ノ闇ハ、増エル一方ジャ
右近は嘆くようにそう言うと、溜め息のような吐息をついた。愛美は重たい通学鞄を、右肩から左肩に持ちかえると、
「どう言うこと?」
左右を歩いている二匹の山犬神に尋ねた。辺りに人の姿はなかったが、愛美はできるだけ声を低めて言った。普通の人間に彼らの姿は見えない。彼らと会話している愛美の様子は、他人の目には独り言を呟いているようにしか映らない。
一人で笑ったり怒ったり・・・かなり恐い光景だろう。愛美の問いに、右近ではなく左近の方が答えた。
――其方ニハ見エル筈ジャ。アノ影ノ中デ、蠢ク奴ラヲ。人間ノ心ノ歪ミガ作リ出シタ邪鬼ドモヨ
左近は立ち止まると、建物の陰を見つめた。愛美もその視線を追うと、ビクリと身体を震わせた。
ビルとビルの隙間の細い路地は、光が差し込まない為昼間でも薄暗い。闇と言うには程遠いが、その暗がりは夜の闇よりも濃い瘴気に包まれていた。右近と左近の持つ、人に畏怖の念を呼び起こす一種侵しがたい荘厳なまでの気配とは違い、吐き気をもたらすような醜悪さだ。
両生類のようにヌメヌメと光る黒い膚。緑色の瞳を持つそれは、威嚇するかのように愛美達に牙を剥いた。
右近が、気に入らないと言いたげに低い唸り声を洩らすと、邪鬼達は怯えたように小さくなった。邪鬼は、餓鬼草子に描かれる餓鬼を思わせた。
――オゾマシイ奴ラヨノ。我等トハ違イ、邪鬼ハ人ニ害悪ヲ成スダケノ、邪ナル存在ヨ。自分達ガ造リ出シタ闇ニ侵サレ、破滅スルノハ人ノ勝手ジャガナ
右近は、あまり人間にいい感情を抱いていないらしい。ことあるごとに人間を見下し、嘲るような発言をする。ついでに言えば、彼は少し気が短い。左近が、愛美に注意を促すように言葉を挟んだ。
――見テミィ。人間ノ心ノ造リ出シタ闇ガ、アンナニ浸食シテキテオル
左近の視線を追って見ると、あちらの街路樹、そちらのショーウィンドウの下と言った具合に、人の目には見えない闇が辺りを支配していた。愛美はそれを知った瞬間、気分が悪くなってよろけた。
初秋の鈍い光の中で、その闇だけが黒々と自己主張している。
「どうして。あんなもの、今まで見えなかったのに?」
――見ル能力ガアッテモ、ソレヲ見ヨウトシナケレバ、何モ見エヌワ
愛美の言葉に右近が吐き捨てるように言った。左近が愛美に諭すように言う。
――辛イカ。邪鬼ノ出ス瘴気ハ、人ニ悪影響ヲ及ボス。ソノ姿ガ見エヌ者トテソレハ同ジ、気付カヌ内ニ、闇ニ侵サレトルノヨ。闇ヲ払ウノハ、陰陽師ガ務メ。人ガ撒イタ種ナラバ、人ガ刈ルノガ筋ト言ウモノ




