第二章 March of Ghost 35
愛美は、へなへなとその場に崩れ落ちた。貧血でも起こしたのかと、心配したらしい買物袋を下げた主婦が、愛美を助け起こしてくれた。
礼を言おうとして顔を上げた愛美は、その主婦を見て小さく息を飲んだ。四十代半ばぐらいの人の好さそうな女の右肩に、両眼の飛び出た邪鬼がとり憑いていた。
「顔色が真っ青よ。どこかで休んだ方がいいわ」
気遣いを見せる主婦に、愛美はしどろもどろになりながら大丈夫だと言って、逃げるようにその場を離れた。
――見ルガイイ。邪鬼ドモニトリ憑カレル、哀レナ人間ドモヲ。闇ヲ駆逐シ、我等ヤ呪者ヲ葬リ去ッタ人間ドモガ、ソノ所為デ苦シンデオル。其方モスグニ気付ク筈ダ。闇ノ恐ロシサヲ・・・
右近はそう言いながら、笑っている。愛美はビルの壁にもたれて息を整えると、周りの歩行者を気にも止めずに言った。
「私が苦しんでるのが、分からないの。あなた達神様なんでしょ。本当はその闇を払えるんじゃないの?」
左近と右近とが声を揃えて、如何にもと答える。
――甘エルナ。我等ノ役目ハ、山ヲ守リ、〈明星〉ヲ守ルコト。其方ノ役目ガ陰陽師トシテ闇ヲ払ウコト。我等ガワザワザ、導イテヤッテイルコトニモ気付カズ、何タル暴言、何タル侮辱・・・。ダカラ人間ハ、嫌イナノジャ。困ッタ時ダケ、信ジテモイナイ癖ニ、我等ヲ頼リオッテ
右近の茶褐色の毛が逆立ち、青い光が立ち上って見えた。道行く人は、右近と左近の姿は見えない筈だが、何か怯えた顔で辺りを見回している。
愛美は、右近の腸がちぎれるような悲痛な言葉を聞いて、自分の身勝手さを思い知った。右近と左近を普段は邪魔にしながらも、都合のいい時だけ利用する。
何たる思い上がりだろう。愛美は、心から謝罪を込めて二匹に頭を下げた。側を通った中学生の一団が、愛美を奇異な目で見たが、もう気にしなかった。
――右近モ本気デ言ッテイルノデハナイ。本当ニ人間ガ嫌イナラ、最初カラ厳照ノ頼ミモ聞カヌモノナ。我等ハ其方ニ、早ク〈明星〉ニ相応シイ陰陽師ニナッテ欲シイノジャ。歪ンダ闇ヲ正ス者ニ・・・
右近は、左近の言葉に不貞腐れたようにそっぽを向いたが、気をとり直して愛美を見ると言った。
――誰カニ頼ルナ。自分ノ身ハ自分デ守レ。コレハ其方ノ、戦イジャ。其方ガ闘ワネバ、誰モ其方ト其方ノ愛スル者ヲ、救ウテハクレヌゾ
右近から立ち昇っていた、光は消えていた。愛美を見る右近と左近の目は、父と母が幼い頃の自分に注いでいた視線のように温かく優しかった。
(私が闘う。そんなの無理よ)




