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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
26/209

銭湯と電話

 俊藍の手を借りながら宿の一階に降りると、カウンターに居た黄色のチャリムのおばちゃんが私をみて朗らかに笑った。


「元気になったんだね!」


 なんでも、このおばちゃんが女将さんで、ここ数日の病人食をわざわざ作ってくれていたらしい。

 お礼を言ったら豪快に肩を叩かれてふらついた。


「いいんだよ! ここの料理は全部私が作ってるしね。それよりあんまり旦那さんに心配かけるんじゃないよ!」


 旦那さん?


 思わず、私を支えてくれていた俊藍を見上げたが、本人は素知らぬ顔だ。

 まぁ、私一応、逃げてる身だし。ここは素性を偽っておくか。

 あえて言及は避けて、女将さんが教えてくれた三軒隣りの銭湯へ行くことに。  


 戸のない開けっ放しの宿から外へ出ると、日差しが眩しかった。まぁ二日ぶりだし。

 そうしたら、後から出てきた俊藍に借りてきたのか網笠を被せられた。

 なんか至れり尽くせりの人だわ。


 宿の外の道は人通りの多い舗装のない道。この街では舗装のあるのは関所ぐらいなんだそうだ。

 道行く人の格好は、城下で見た人たちより着物が多くて、布の看板より木の看板が多い。


 銭湯はほとんど一日中やってるらしくて、お湯の張り替え時間以外はほぼ二十四時間営業。(時間の数え方は知らないんだけど)

 男湯と女湯と分かれてるから入口で俊藍と別れると、俊藍に渡された銅貨三本を番台のお姉さんに渡す。すると手拭いと石鹸渡してくれた。おおすごいな。

 脱衣所で荷物置いて(まぁ貴重品なんか全然持ってないから)いざって入ったら懐かしさで泣きそうになった。


 湯気の漂う木の浴槽は二つに分かれてて、体を洗う用の浴槽と体をつける浴槽と分かれてる。

 それ以外は日本の古き良き温泉!

 朝風呂の常連らしいおばちゃん達に、手拭い使っての石鹸のうまい泡立て方教わったり、女の事情をそれとなく聞き出したり(女の子は色々あるんだよ)して、入ってきたお姉ちゃんたちに(美人なうえにナイスバディだったよ!)美顔方法教わったりして、のんびり湯船に浸かってたから、お風呂から出たらちょっとのぼせてた。

 朝は風呂の水も浴槽も奇麗だから入るの気持ちいいんだってさー。

 

 脱衣所から出て、入口近くの待合所では、もう俊藍がお茶飲んで待っててくれてたよ。ごめんね。

 しかし、濡れた長い黒髪垂らした美形はまたさまになるからムカつくな。

 それにしても、


「俊藍、髪濡れてる」


 アンタまで風邪引くじゃないか!

 適当に拭いてきたんだろう。肩にかけてた手拭い奪って、髪をわしゃわしゃやってやる。

 始めはちょっと驚いたように頭が動いてたけど結局大人しくなった。よしよし。


「可愛い旦那さんじゃないか」


 くすくすと可愛い声で一緒にお風呂に入ってたお姉さんたちに笑われたじゃないか!

 ああ、濡れたブロンドが美しい!


「いい男だからウチのお店を紹介してあげようかと思ったんだけど、こんな可愛い奥さんいるんじゃあねぇ」


 奥さん?


 いやいやちょっと待ってくださいな!


 呼びとめる間もなく艶やかなお姉さんたちはいってしまった。

 なんて誤解を。心が痛いわ。


「ねぇ、俊藍、今からでもあのお姉さんたちのお店聞いてこようか」


 走れば間に合うはずだ。


 そうしたら、どこから話を聞いていたのか、周りに居た人たち全員に止められた。

 何故だ。



「―――ねぇ、俊藍さん。何か私に隠していることはありませんか?」


「さぁ?」


 銭湯を疑問抱えたまま出て、ついでだから皇都へ連絡をつけようという道すがら、隣を歩く無駄美形を見上げても、帰ってくるのは昼行燈な答えだけ。

 いっぺん締めてやろうか。

 

「どこに行くんですか?」


「ギルドだ」


 なんでも、ギルドはチョヌアっていう通信機器を一手に扱っているんだって。


「じゃあ、ギルドって、北の国が作ったんですか?」


 そう言ったら、ちょっと驚いた顔をされた。

 

 普通に考えたら気付くだろう。

 中立で、色んな技術持ってて、国と国に左右されないって。


「ギルドは、北の国に本部がある組織だ」


 やっぱりな。

 そう頷く私を、俊藍は少し見つめてから溜息をついた。


「お前は、頭が良すぎる」


 そんなこと言われたことありません。むしろ出来は悪い方です。

 否定した私に向かって俊藍は、分かってないと呟くだけでそのままそっぽを向いた。

 分かってないのはどっちだ。


「この国では、お前のように学のあるものの方が珍しい」


 学校はある。識字率も高い。でも、専門的な知識や物の考え方を出来るのは一部の者、それこそ特権階級に多いんだってさ。

 だからって、私に学があるとは思えないけれどね。


 でも、俊藍はそういうことが言いたいんじゃなくて、そういうこの国の状態が嫌なようだった。


 やっぱり、この人、よくわからない。


 銭湯から幾つかの角を曲って、大きな建物が見えてきたと思ったら、それがギルドだった。

 見た感じじゃ三階建の瀟洒な西洋風。他の建物がどっちかというと木造の和風、中華風だから石造りの建物は結構威圧感がある。


 俊藍に連れられてはめ込みガラスのドアを押して入ったら、(そういやガラスって珍しいわ。街でほとんど見かけない)いつかクリスさんに連れられてきた時よりも少ないけどずらっと受付が並んでて、そのお姉さんに何か言うのかなって思ったら、俊藍はお姉さんたちの奥に居た、ちょっと偉そうな服着た(なんか飾りがゴテゴテついてるチャリムなんだよ)中年のおじさんを呼んだ。

 おじさん、俊藍に呼ばれて、一瞬しかめっ面したんだけど今度はあって声上げて、私たち二人を受付の奥の部屋へと手招きした。

 何事。


 奥の部屋は、支柱に天板乗ったみたいな机らしきものが一つあるだけの薄暗い部屋。

 おじさんは深々とお辞儀して部屋出ていくし、俊藍はそれが当然みたいな顔するし。

 私はおまけみたいにして付いていくしかないじゃない。

 だってさー二人とも石鹸と手拭い持ったお風呂帰りだよ? 石造りの重厚な部屋の中でかなり間抜けだ。


 俊藍はほとんど迷いなく天板の上に手をかざすと、何もなかったはずの板からぼんやりと複雑な模様の光が浮かびあがってきた。

 あの模様、見憶えある。

 ギルドで私が契約した時の、あの石版に似てる。

 そんなこと思ってたら、その複雑な模様の淡い光が四角い像を空中に結んだではないですか!

 空中のスクリーンには私の読めない文字が浮かんでは消え、浮かんでは消えして、最後にどこかの部屋の映像が出たと思ったら、一人の、見憶えある女の子が出てきた。


「クリスさん!」


 思わず声を上げたら、チャリム姿の栗毛の女の子は驚いた顔で俊藍の脇に出てきた私を見た。

 おお、これテレビ電話なの? 音も映像もすごい奇麗!


『ヨーコ!』


 ああ、やっぱりカタカナ呼び。社長、私の名前知ってるはずだよね? 漢字教えといてよ。


『今、どこなの!?』


 ああ、やっぱりこの子は心配してくれてたんだ。純粋に嬉しいわ。


「わかんない」


 ごめんね。アホで。そういや聞いてなかったんだよー。


「ヘイアンの森の麓の、フリリングの街だ」


 代わりに答えたのは俊藍。

 偉そうに。

 でも、クリスさんは弾かれたみたいに頭を下げた。おおい可愛い顔が見えにくいじゃないか。でも何か強張ってる?


『―――失礼いたしました。御無事のご帰還、お喜び申し上げます』


 え? なにそれ。


「よい。それより、彼を出してくれ」


『かしこまりました』


 私を置き去りにして、クリスさんは画面から消えて、あんまり見たくない顔が出てきた。

 俊藍と同じ黒髪でも私と同じ世界の黒髪。


『―――初めまして』


 最後に会った時よりも、どこか表情を固くした顔の北城社長だ。


「お初にお目にかかる。北城宰相閣下」


 黒い詰襟の御仁はちょっと眉をしかめた。

 でも、俊藍はあまり気にせず少し口の端を上げた。


「……なるほど、ひいおじい様によく似ておられる」


『―――戻られたのですね』


「ああ」


 訳が分からん。でも口を挟める雰囲気でもないから黙ってたらふいに社長がこっちを見た。うお、そういやあっちからもこっち見えるんだ。


『どうして、そこにいるんだ? 君は』


 心配したとか社交辞令でも言えないのかこの人は。


「この人に助けてもらったんですよ。森までさらわれてたのを」


『なら、早く戻ってこい』


 はぁああああ!? なに顔色一つ変えずに言ってくれてるんですか! こちとら死にかけたんだよ! 派遣社員だからって何でも言うこと聞くと思うなよ!


「彼女は、魔女に預けに行く」


 盛大に文句を言ってやろうとしたら俊藍にさえぎられた。くそ。邪魔すんな!

 でも私が文句を言うよりも、堪えた顔してるな社長。なんか悔しい。


「葉子はそちらには戻りたくないそうだ。魔女は彼女を預かると申し出てくれている」


『葉子……?』


 堂々としてる俊藍に何か負けた気がするからってこっちを見るなよ社長。

 社長はじっと私を見たかと思うと(近頃よく見つめられる気がする)怪訝そうな私の視線をかわすように目線をそらせた。なんだよ。その珍獣とは目が合っちゃいけないみたいな? うっわ、相変わらず腹立つ社長だ。

 俊藍と再び対峙すると、今度は俊藍に負けない気迫でこちらを睨んでる。怖いんだけど。


『お言葉ですが、彼女は私と同じ世界から飛ばされてきた者です。同じ世界に居た私が側にいた方が彼女は安心すると思うのですが』


 言いたいことを言ってくれる。


「あの!」


 我慢できずに横から俊藍の脇に立って社長を睨んでやった。この野郎、怯みもしない。


「私、言いましたよね? あなたの周りに居たんじゃ、命がいくつあっても足りないから側には居たくないって」


 巻き込まれてこちらの世界に来てしまっただけでもう充分だ。


「私は死にかけるのも殺されるのもごめんです。他人を傷つけるのも大嫌いです」


 平和、平凡、それで結構!


「あなたに関わって私の人生が左右され続けるのも、もうたくさん!」


 運の悪い私は、傷つけられるのには慣れている。かなり不本意ながら。

 だから、傷つけられたらどんなに痛いか知っている。

 些細な言葉が、何気ない一言が、どんなに人を傷つけるのかも。


『―――泣くな』


 泣いてない!

 あんたこそ泣きそうな顔するなよ! この冷血社長!

 

 どうして、こんな時に限って平気な顔をしてくれないんだ。

 俺様男はもうたくさん。


『わかった』


「何が!」


『魔女のところへ行っても、元気で』


 いつの間にかうつむいていた顔を上げると、社長がふっと笑った。


『君が、無事で本当に良かった』




 だから、どうして、そんな甘い声で、甘やかすみたいに微笑むんだ。

 

 俊藍といい、社長といい、こんな親父が二人も居たら、娘は絶対家出する。




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