お粥と宿
やっぱりな。
宿についた途端にぐらっときたからヤバイなーと思ってたんだよ。
異世界に来てえーと、一週間経ったかな。
またベッドの上です。
まぁ、度重なる心労と疲労のおかげさまで結構キてたらしい。年はとりたくないもんです。
体が丈夫ということが唯一の自慢だったのに、街についてご飯食べて宿とって、買い物行こうとしたら、気を失うとかいうのをやらかしましたよ。
山を下るのは結構楽しかったんですよ。気持ちいいし、俊藍は大人しいし。
自分のことは全然話さない俊藍だけど、森で見つけた鳥のこととか(こちらでは青い鳥が一般的でぜんぜん珍しいこともないらしい)薬草のこととか(これがものすごく詳しいんだ)話してくれて優秀なガイドをつけて山歩きが出来た。私のペースとか体力とかも考えて休憩いれてくれるしね。街についたときは感動ものでしたよ。文明って素敵。
でもまぁ、意外と瘦せ我慢するタチだったのか自分でもびっくりするほどの勢いで倒れました。
ああビックリしたー。
それが一昨日のことで、丸二日は寝込んでました。今度は意識はありましたよ。
だからさぁ、
「もう自分で食べられますからそのお粥の鍋ごと私にください」
れんげ持って私がパクつくの待つのそろそろやめてくれませんかね俊藍さん。
卵とミツバみたいなのが入った美味しそうなお粥なんだよ。ゆっくり食わせてくれ。
布団の上にお盆を置けとポンポンやってたら渋々置いてくれた。なんでそんな残念そうな顔するかな。
「もう大丈夫なのか?」
俊藍はテーブルに備えてある椅子をベッド脇まで引っ張ってきて座った。だからじっとこっち見るクセ治してくんないかな。
それを無視してフーフー言いながらお粥を食べる。ああ、五臓六腑に染みわたる。美味しい。
「大丈夫です。ありがとうございました」
この二日というものそれは甲斐甲斐しく俊藍は世話してくれた。食べさせてくれるは、着替え手伝ってくれるは、お手洗いに行きたいと言えばおぶってくれてねぇ。恥じらいは捨てました。ホントに動けなかったから。
宿もそんな安宿ではないらしくて、ほとんど木製だけどベッドもチェストもテーブルも椅子もついている。広くはないけどいい部屋だ。唯一萎えるのが、俊藍が同じ部屋だということだけ。まぁ、介護には必要だっただろうけれども。
「ちゃんと食べて少しずつ動けばどうにかなります」
本格的に旅が出来るほど動けるようになるには今日一日ぐらいは無理できなさそう。二十四にもなると自分の体調管理ぐらいはしないとね。無理は出来ないんです。
「そうか」
俊藍の言葉は少ないけどほんの少し微笑んでるようにも見えるから、私の回復を喜んでくれているようだ。でも美形のくせに昭和の親父かアンタ。
「これから、どうするんですか?」
ほとんど私のために山を下りたのだ。私は彼の手助けがなければ、あの城があるという皇都にも戻れないだろうし、ここで捨てていかれたらまず宿の払いが出来ないのだが。
あ、でもあのギルドで契約してるからどうにか証明して何とかならないだろうか。
そんなことをつらつらと考えていたら、俊藍はやっぱり私を見つめたままで何か考え込むように口を開いた。
「お前は、あの城に戻りたいか?」
あの城、とはやっぱり皇都のか。
「いいえ」
クリスさんぐらいは心配してくれているだろうが、社長の巻き添えをこれ以上食って死にたくはないので、正直言って戻りたくない。
「ならば、俺と来い」
来いって、あなた。
「ちゃんと説明してください」
言葉が足りんのだよ。
俊藍の方も私が納得するとは思っていなかったらしく、頷いて続けた。
「ここからダホーの川を超えて死の山の向こうの端に、魔女が住んでいる。お前のことは彼女が面倒を見てくれると言っている」
遠方そうな地名がきましたね。しかも魔女?
「確か、あなたに呪いの解き方を教えたっていう?」
「そうだ」
そう何度も頼みごとしに行っていいものなのかな。でもまぁ、その魔女さんなら私のことも多少は分かってくれそうだ。
もしかしたら、元の世界に連絡つける手段も知っているかもしれない。
気難しい人だろうと齧りついてやろうではないか。
でもさ、
「いつの間に、私のことをその魔女さんに知らせたんですか?」
「チョヌアで……と言ってもわからないか」
なんでも、魔術回路を利用した電話みたいなものらしい。魔術って便利なのねー。だったら、人を一瞬で運べるような魔術はないのかと訊ねたら、それは世界の大則というやつで禁止されているんだそうな。禁止条項ってのがあって、それを監視している大則の番人が北の国に居るんだってさ。だったら戦争禁止すりゃいいのに。
そう言ったら俊藍は苦い苦い笑みを浮かべた。
「この大則は、戦争を公平に行うために北の大国が定めた法則だ。彼の国はどの国とも交流を持たない中立国だからな」
領土はほとんどないが、魔術の技術が非常に優れていて、本気になれば大陸をすぐにでも掌握できるといわれている国らしい。じゃぁ実質北の国が大陸の覇者なんじゃないかと言えばそうでもないらしい。北の国は大陸をどうこうしようって気がさらさら無いんだって。難しいな。
「魔術自体が、ほとんど秘術に近い。扱える者は特殊な訓練を受けた者のみだ」
だったら、
「どうして、私はこちらに飛ばされてきたんですか?」
人の移動を禁止した大則。
ほとんどの人が使えない魔術。
「大則で禁止されているのは、この世界でのことだ」
つまり、異世界間の移動は禁止されていない。
「しかし、人為的な異世界との移動には膨大な魔術の知識と術師が必要になる。―――余程のことがない限り、行えるものではない」
その、余程のことがあって、社長は呼ばれたのだ。
まぁ私には全然関係ないんだけど。
「そーいう難しいことに巻き込まれなければ、何とかやっていけそうですね私」
卵粥も食べ終わったし、難しい話も聞いたし、あとは悩んでも仕方ない。色々疑問はあるけどね。
俊藍は考えるように目を細めたけれど、そうだなと言って息をついた。
「俺が守ってやる」
俊藍のカッコイイ台詞に思わず目がジト目になってしまった。
「―――なんだ、その目は」
「いえ。そういう男の言葉ってアテにならないなと思いまして」
社長も悪いようにはしないって言いながら私のこと殺しかけましたからね。
信頼はしてるが信用はできないわー。
そうふてくされた顔しなさんなって。
「俊藍のことは信頼してますから」
これで美形のご尊顔がキラキラしく浮上してくれるんだから言葉って安いもんだ。
おお、なんか悪女っぽいぞ自分。
「そういや銭湯あるって言ってましたよね!」
そうなんだよ。宿にはついてないけど、街には何軒か銭湯あるんだって!
この街についてから湯って文字見つけてたりしてて、行きたい行きたい言ってたんだよねー。
わくわくしてたら、マントに私くるんでそのまま担いで行こうとなさるから全力で抵抗した。
そうしたら、観念したように俊藍は見覚えのない服を一式取り出してきた。
「あの若草のチャリムだと目立つだろう」
確かに。結構気に入ってたんだけど汚れたしね。布団の上に広げてみたら、黒襟の渋い紫の着物だった。幅の狭い帯も同じような渋い青。それに同じような色のチャリムの上着と七分丈のズボン。きっと、今俊藍が着ている深緑の服と似たような感じになるんだろう。というか靴と、女物の下着まであるよ。
「―――これ、俊藍が買ってきたの?」
「そうだが?」
なんか、一切悪気も気遅れもない顔で言われるとこっちが怯む。
「……ありがとうございます」
お礼を言って、俊藍を部屋から追い出した。だってもう手伝ってもらう必要ないしさ。今着てる着物は、確かに俊藍のもので、着替えさせてもらった記憶はあるんだけどね。さすがに下は病気で動けなくても無理だから。手をかけようとした俊藍の手を思い切りつねった記憶はおぼろげながらある。
二日も寝ていただけに動きのおかしい関節に悪戦苦闘しながら着替えて、部屋の外で待っていた俊藍を呼ぶと、彼はなぜか満足そうな顔をした。美形だけど何か気持ち悪いな。
「熱でも移りました?」
「あの若草色のチャリムは、お前によく似合っていたからな」
だから早く脱がせたかったのだ、と呟いたのは聞こえなかったことにしよう。




