2:観光
居住地としている神殿が置かれた場所から、遠く、遠く、この世界の北海と言われる、雪と氷塊が荒風に乗って肌を打ち付けるような、寒々とした試される大地。その大地へと、空から落ちてくる球体が一つ。
空気を割っているかのような甲高い音と、白い尾のように雲を生成しながら、地上へと近づいてくる。
球体は轟音を上げて地上へと突撃した。慣性で百メートル程滑って、地上を抉りつつ、止まった。
表面に霜をつけた球体が変形する。球体の側面が開いて中から人が飛び出した。
「とうちゃーく」
それはこの世界の神の一神となった俺である。
「わーいとうちゃーく、って寒い! 超寒い!」
弟子一号が俺の真似して球体から飛び出ると、寒暖差に驚いて直ぐに球体の中へと戻ってしまう。俺にとって寒暖差はさほど問題ではない。寒いけども、さして身体に影響はない。人間じゃないしね。
「うっぷ・・・ほら防寒着を着て」
乗り物酔いのせいで、顔を青ざめさせている弟子二号が弟子一号に防寒着を着せていた。
「ありがとベヨちゃん」
微笑ましい弟子同士のやりとりを横目で視界に入れつつ、周りの状況を確認する。
球体。名称は移動ポッド君マークⅡ。聖遺物であり、長距離間移動を目的として作られた代物。外見の大きさは大人の男性が一人座って入れる程度の大きさ。しかし中は八畳間程の広さがある。ソファもあれば、冷蔵庫もあるし、空調も完備されていて快適空間である。どこか遠出する時に俺がよく使う。
「もうちょっとマシな移動方法はないものですかね」
防寒着の他に、雪で肌焼けしないように黒いニットを鼻まで上げて、遮光ゴーグルをつけた弟子第二号が、悪態をつきながらポッド君から出てくる。
「技術が進歩したからと言っても、ここに来るのに一週間以上かかるんだもん。六時間で行けた方がお得でしょ。道中どんな危険があるかもわからないしね」
「いつも冒険には危険が付き物だとか、どうたらと説いている師匠がそれを言いますか」
「俺だけの旅ならいいんだよ。だって滅多な事では死なないし。俺は君達の保護者でもあるんだよ」
「それもまた師匠が言うと胡散臭いですよ」
酷い言われようだ。
話しながら周りに人影がない事を確認する。事前の情報通り氷原に落ちたようで。頭に入っている事前情報ならばここから一時間ほど歩いたところに、集落があるはずだ。
「よっこいしょ。おぉ見れば見る程白銀の世界だ」
弟子一号も防寒着を完備し終えたのでポッド君から出てきた。二人が出てきたところで、ポッド君に俺の魔力を送り込んで、縮小させる。俺からできた聖遺物なので、俺の魔力を注ぐことで起動停止が可能になっている。
ポッド君を防寒着のポケットにしまってから、進行方向を向く。
「それじゃあ観光に行こう。レッツゴー」
「れっつごー」
「偵察ですけどね」
場が白けた気がする。元々か。
北海。日出国よりも更に北に位置する場所。そこには遊牧民族が暮らしていて、季節ごとに住まう位置を変えながら生活している。
なぜ三百年前の戦いに巻き込まれなかったかと言うと、あまりにも物資や土地が保持していても徳が無いために放置されていた。実際に見ても氷原しかないし、ここに作物が育つとも思えないな。しかし今ならば使い道は考えられるかもしれないな。
最近――神になって最近、この世界も一人の人間のおかげで技術の進歩が目覚ましく、この北海にまで観光でやってくる物好きな人間が増えてきた。昔で言う冒険者って奴等だ。それまでは噂だけだった遊牧民も、現実性が帯びて、実際に存在する者だと証明された。
その噂が現実になったせいで、ゴルゾーラ教のジィブンと言う神が浮き上がってきた。猟海神ジィブン。権能が一切説明されなかったので、ゲームが始まるまで一年の情報収集と準備期間を持って、ゲームに参加する俺が観光ついでに偵察に来たのであった。
「なんもなーい。前に進んでるかもわからなーい。つまらなーい」
どれだけ進んでも、氷原しかない代り映えのしない景色に、弟子一号が不満を漏らす。確かにこれは面白くはない。ただの苦行だ。ではここで年長者ながら、駄々を捏ね始めた子供に面白い話を一つ。
「ねぇこの氷原の下は何だと思う?」
「え? 海じゃないの?」
「残念。海じゃないんです」
「え!? そうなの!? じゃあなんだろう・・・土?」
「ぶっぶー」
「えー、何々? 答えは答えは?」
弟子一号は俺の防寒着の裾を引っ張って答えを催促してくる。
「ドラゴンだよ」
「ドラゴン? あー、師匠嘘ついてる。私のこと騙そうとしてる!」
「太古の昔、この北海はドラゴンの巣だったんだよ。それはもう色んなドラゴンが住んでいたんだ。だけど氷河期が訪れて、ドラゴン達は暖を取る様に集まって、この土地で氷漬けになったんだよ。この踏みしめている凍った大地はそのドラゴンで出来ているんだ」
「へぇ凄い!ベヨちゃんは知っていた?」
「えぇ。氷原というのは雪がより固まって、氷になったのを指す言葉と言うのは知っていますよ」
「嘘じゃーん! 師匠の嘘じゃーん」
「どうして俺よりベヨちゃんの言う事を信じるのさ」
「師匠が嘘つきだから」
どうやらほとほと信用がないみたい。離乳食とか食べさせたり、おしめとか変えてあげたのにな。どうしてこんなに信用が地に落ちてしまったのだろうか。
「師匠はベヨちゃんって呼ばないでください。鳥肌が立ちます」
「大丈夫? 寒いからじゃない?」
「寒いは寒いでも、薄ら寒いですね」
「口だけ達者に成長しちゃって、俺は悲しいよ。そんなことよりも氷原は雪が氷って出来上がったものだけど、その地層の中には何が眠っているかは、誰も証明できないんだよ。つまり、未知の世界。想像の世界だ。だからこそドラゴンで出来上がっていると言っても過言ではない」
「そっか! そうだね! 凄い凄い! 流石師匠!」
「過言ですよ」
両者両様の答えであった。どっちも可愛げがあって素晴らしい。
「実際の話。この下に何があるか分かっているのは神でもいないよ。常識では計り知れない事があるかもしれない。過度な予想とはいわないけど、柔軟な発想は持っておいた方がいいよ」
ちょっと説教臭くなってしまい、弟子一号と弟子二号は頷くことで返してきた。これでは観光の愉しい雰囲気を、自分でぶち壊してしまったではないか。お菓子とか上げても喜ぶのは弟子一号だけだしな。
「じゃあ実習してみよう」
考えた挙句でた答えは荒い方法での話の転換。俺は右腕を振り上げて地面に刺す様に叩きつけた。流石に直接氷原に手を突っ込めば、肌に染み入る突き刺すような冷たさを実感できた。
突っ込んだ手を握ると、氷原に亀裂が出来た。そのまま地面を持ち上げる感覚で氷原の一部を持ち上げた。
氷の層が綺麗に出来上がっていて、それだけだった。
「とのことで、ドラゴンは発見されませんでした」
「残念でしたね」
「残念」
弟子に気を使われてしまった。
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騙されたと思って試してみては如何でしょうか・・・何卒宜しくお願い致します。